水谷楓牙の油断
ファングファイター討伐へ向かうための道中、山と山に挟まれた小さな小川のほとりを歩いていっている。
小川の水は澄んでいて、小さな魚たちが泳いでいた。
「なあ、俺たちが居なくてもファングファイターの目標人数には達してたんじゃないのか?」
俺はふと思った疑問を木下さんに投げ掛ける。
木下さんは少しにやっとして話した。
「いや、実はなファングファイターの洞窟は途中で2つに別れていたんだよ。んで、どっちにファイターが居るかわからない。半分ずつ行ったら3、4人しか居なくて太刀打ちできないだろうと思ってな。一端町に戻ろうとしてたんだ」
「なるほどな。でも俺たち3人が加わったって、目標人数には達してないぞ」
「それは大丈夫。こっちにだって作戦はあるんだ」
そう言うと木下さんは自分の持っていた斧を振り回し、ポーズを決めた。何だか三森さんとそんなに変わらないような……
少し不安に思いながら後ろを振り返ると、岡さんと滝さん、山本さんが3人で話をしていた。どうやら打ち解けたようだった。まあ実際岡さんと山本さんは既に知り合いだったのだが。
さらにその後ろを見ると、三森さんと藤田さんが2人で何か会話しながら歩いているみたいだった。時々三森さんが短剣を振り回しては、藤田さんがシャドーボクシングの動きをしている。一体何をしているんだ。
1時間ほど歩いたところで休憩をとった。周りは木に囲まれていて、小川が流れているだけだった。もうかなり上流の方なのか、小川にある石はゴツゴツしていて、ほとんど岩だった。
俺はその岩のひとつに立って乗ると、今俺たちが一緒に行動している仲間が全員見えた。そうかこれだけいるんだ、油断さえしなければバッドアップルよりも弱いモンスターにやられるわけがない。
そうしていると、木下さんが仲間みんなを木の陰に呼んだ。作戦会議をするようだった。
木下さんが岩の上に座り、円を作るように俺たちは座った。みんなが座ったのを確認すると、木下さんが説明に入った。
「えー。作戦と言ってもあの分かれ道からだ。どれだけあの先に続いているのかはわからんが、そんなに長くはないと思う。そこでまず、このチームを3つにわける」
「3つ? 2つじゃないのか?」
三森さんが木下さんに訊ねる。
「ああ、3つだ。1つ目はリーダーが俺で、滝、藤田、三森の4人。2つ目はリーダーが水谷楓牙で、金島、岡、ダリーの4人。そして最後にウワーヌと山本だ」
ふむ。3つに分けたが均等って訳ではないんだな。一体どうするのだろうか。もう日は傾きかけている。明日は日曜なのでいつまで起きていても問題はないのだが……
木下さんが作戦をさらに伝える
「まず、4人のグループが2つの分かれ道を別れて進む。3つ目のグループは分かれ道で待機。どちらかのグループが目標を発見すると、遠距離が得意なやつが、この知らせるボールをどうにかしてウワーヌのもとまで届かせろ。そうすれば山本がもう片方のグループにそのボールを投げて知らせる。そして山本とウワーヌは戦闘に加われ。これで目標人数には達する」
なるほど。確かに説明を聞くだけでは素晴らしい案だと思う。ウワーヌさんと山本さんを中継に置いたのはいい作戦だ。ウワーヌさんはあの大剣では早く走ることができない。一回中継まで戻ってさらにもう一度別のみちに進むにはちょっと遅すぎる。逆に山本さんは足が早いので直ぐに応援に行くことができる。5人であれば時間稼ぎもできるだろうし、もしかしたら倒すこともできるかもしれない。
ふと木下さんを見ると暗い顔をしていた。そして口を開いた。
「けど、この作戦は結構ギリギリなんだ。4人でファングファイターと戦えるとは思えない。だからどれだけ早くウワーヌと山本さんが着けるかにかかっている。頼むぞ」
山本さんは少し不安そうな顔をしていたが、顔をあげると、明るい表情で頑張る意思をみんなに伝えた。ウワーヌも同じだった。
「よしっ! じゃあいくぞあと10分くらいだ」
そういって我々一行はファイターの洞窟へと歩を進めた。
すべてを飲み込むかのようなブラックホール。奥からは何やらうめき声が聞こえる。俺たちは先が全く見えない洞窟にたどり着いた。大きさはハンドボールのゴールくらいだろうか。みた感じ、洞窟自体はしっかりしている。
「よし。行くぞ」
そう言うと木下さんは松明を3つ取り出して、俺とウワーヌに渡して、もうひとつは自分が持って火をつけた。
しばらく進むと木下さんがいっていた通り、洞窟が二手に別れていた。近くで水の滴る音がする。とてもはっきりと聞こえた。
「じゃあ作戦通り行くぞ。いいな!」
そう木下さんは告げると1つの道へ進んでいった。俺たちはその逆の道へと進んだ。
どれだけあるいたのだろう。体感的には1時間は歩いたのではないだろうか。時計を見るとまだ5分しか経っていない。ほんの数メートル先も見えない恐怖。それは直ぐに襲いかかっていたのだった。
……。何か寝息が聞こえる。俺たちは少し立ち止まると、ゆっくり前へと進んでいった。するとそいつはいた。ファングファイターだ。
恐ろしいほどの牙とさらに攻撃力の高いパンチ。どっちかでも食らうと致命的なダメージになるだろう。岡さんが自分で口を塞いだ。そこまでの恐怖だったのだ。
そうだ。このまま起こさずに仕留めれば安全なんじゃないのか。そう思ったとき事態は大きく動いた。
どん!
何かがぶつかる音がした。金島さんだ。彼がつまずいて、ファイターに当たったようだ。ファイターは目を覚ますとゆっくりと俺たちに近づいてきた。
俺は急いでボールを取り出し、矢にくくりつけるとと山本さんのいる方へ向けて放った。
「すみません!」
金島さんが謝っているが、それに対応している暇はない。早く指示を出さなければ!
「金島さんは前でひたすら攻撃に耐えて! 俺とダリーさんで攻撃を加えます! 岡さんは即時回復のポーションなんかで援護! よろしく!」
そういって金島さんを送り出した。
近くに松明を置き、それと戦う。しかし松明の光では全然遠くまで見えない。相手はこちらを見えているのだろう。迷いなく攻撃してくる。しかし油断さえしなければなんとかなりそうだ。
一進一退の攻防が続く。いや、少し押されているか。ポーションでステータスを底上げしても敵わない。もう十分な時間がたったのではないだろうか。俺たちに、特に金島さんに疲労の色が濃く見え始めた。
「くそっ! 応援はまだか!」
「まだ……。だね」
ダリーが答える。その時だった。金島さんの盾が壊れたのは。
その隙を狙いファイターの重い一撃は金島さんの腹に直撃した。
「金島さん!」
金島さんはまだ生きているようだが動かない。ファイターはゆっくり金島さんに近づくと口を大きく開けた。
その時俺が駆け出すより先にダリーが駆け出した。
何やらぶつぶつ呟いている。
金島さんとファイターの間に立つと一閃。ファイターは鈍い音を轟かせながら洞窟の奥へと突き飛ばされた。ダリーはその真っ暗な闇へと吸い込まれるように入っていった。
急いでついていきたいがまずは金島さんの安否が心配だ。急いで金島さんのもとへ駆けつける。
息はしている。どうやら金島さんはなんとかなるようだ。岡さんが即時回復のポーションを出していると、奥からダリーが戻ってきた。
「仕留めた」
そうポツリと呟くとダリーはその場に倒れこんだ。少し奥に進むと、確かにそこにはファングファイターの死骸があった。一体何だったのか。ダリーってここまで強かったのか?
そんな疑問に岡さんが答えてくれる。
「ダリーってあれでもこの世界の5本の指に入るのよ。知らなかった?」
その言葉を聞いて驚いた。こいつがあの柊と同じ5人の内の1人……。
「まあその中でも一番低いって嘆いていたけどね」
この世界の記憶共有者を強い順で並べた5人。
3番目が柊。そして5番目がダリーだということか。噂によるとあと3人のうち2人は殺し屋らしい。
しかし確かにダリーが5人の内の1人ならファイターを倒せたのにも納得がいく。でもそれなら直ぐに本気で戦えば良かったのでは?
「恐ろしいほど疲れるらしいのよ」
考えていたつもりが言葉に出ていたらしい。岡さんが律儀に返答してくる。
しかしもうひとつ疑問がある。どうして木下さんはこのダリーがいるのにさらに仲間を増やそうとしたんだ? ダリーが居ない方がファイターに当たったらいけないからか? 少し聞いてみることにした
「どうしてダリーが居るのに俺たちを誘ったんだ?」
岡さんは少し黙ると静かに話し始めた。
「うーん。これはただの推測なんだけど、私たちのパーティに殺し屋が居るのではないかなと思っているんだ。それで一番強いダリーが怪しまれていたわけ。でも見た感じ大丈夫そうだね。この件はなかったことにしましょう」
俺はその言葉になにか返事をしようとしていたが、足音が聞こえたのでやめた。
やっとウワーヌさんと山本さんが着いたのか。ずいぶん時間がかかったな。そんなに歩いたかな俺たち。そう思って後ろを振り向いた。
後ろにはよく見た青年、藤田さんとその仲間たちが立っていた。4人とも無事のようだ。
……。4人? あれおかしくないか。
「おい、山本さんたちは?」
「え?知らないよ。もう応援に来てたんじゃないの? 僕たちは行き止まりにたどり着いたから引き返してこっちのみちに進んだだけなんだけど……」
「「え?」」
まさかそんなことがあろうとは……。油断していた。ウワーヌさんと山本さんが何者かに連れ拐われたのだ。