どうやらここは異世界のようです。
違和感の正体が分かったら次は触って確かめたくなるの人の性というもの。
恐る恐る手を伸ばして、ギュッと耳を鷲掴みにする。
多少力が入ってたかもしれないけど、けしてビンタの仕返しじゃないですよ。
「うわっ!」
俺から飛び退いた相手が、腰に下げている剣に手をかけた。
あたりに殺気が漂い始める。
発しているのは目の前の犬耳の青年。
ヤバイ!
今動いたら確実に死ぬ。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
心音ってこんなに大きかったっけ?
暑くもないのに背中を汗が流れていく。
「何故耳を触った」
先程とは違う硬くて冷たい声。
鋭い視線に射すくめられて体が動かない。
「ご、ごめんなさい。ほっ、本物か・・・たっ、確かめたくて」
勇気を振り絞って声を出すが、震えて上手く話せない。
「本物に決まってんでしょう?何言ってるの?」
「今まで・・見たことないです!」
「はぁ?見たことないって何を?」
「耳」
「はぁ!?」
俺の言葉が理解できないのか眉間にシワが寄っている。
「犬耳です!見たことないんです」
「えっ?って犬族がいない場所にいたの?」
「違います。犬族どころか人間以外他にいません」
「えっ!?」
そんなに変なことを言っただろうか、驚愕に男の目が見開かれた。
少し考えるような素振りの後、男の手がゆっくりと剣から離れた。。
まだ警戒は解いていないのだろう、いつでも剣を抜いて斬りかかってくる体制は変えていない。
「どこから来たの?」
「どこって・・・日本」
「ニッポン?知らないな。何しに来たの?」
「気がついたらここで倒れていたので、自分でも何のために来たか分かりません」
「馬鹿にしてる?」
少し和らいだ瞳に、嫌悪の表情が現れる。
「馬鹿にしてません!本当なんです!日本で事故に遭って、死んだとおもったらここで倒れてて!気づいたら虎もどきに襲われてたんです!」
早口で一気にまくし立てながら必殺ポーズを取る。
両手を顔の前で組んで相手を上目遣いに見上げるポーズ。
恋愛シュミレーションで学んだテク。
ちょっと小首をかしげるのも入れると最高です。
本来は女性が男性にするポーズです。
男の自分がやって、逆効果だっらどうしよう。
汗が額を伝っていく。
ここで、間違えば自分の人生は終了のような気がする。
殺されないまでも見捨てられたら、確実に生きていけない。
助かるためならばなんだってする。
そんな緊張感が自分の中を支配している。
暫くの沈黙の後、相手が大きく息を吐きだした。
すると、男の周りから殺気が四散する。
見えない糸に縛られてるかのように固まっていた体の力が一気に抜けた。
俺はその場に崩れ落ちた。
「とりあえず、付いて来てもらうから」
「えっ?」
崩れ落ちたままその言葉に顔だけ上げる。
「疑いが晴れたわけじゃないからね、十分怪しいんだよ。わかってる?」
「もちろんです」
必死に首を縦に振る。
連れてってくれるんだ。
ついた先が牢屋でも構わない。
ここにいるよりはずっとマシなはず。
・・・多分、大丈夫だよね。
着いた先で即死刑なんてならないよね。
とりあえず自分の状況を説明すれば最悪の状態は回避できるはず!!
よく考えれば、考えなくてもそうだけど。
普通は怪しいよね。
聞いたこともない国から来て、目的も喋らない人間なんて。
日本だったら不法入国になるのかな。
ってことは強制送還?
むしろ歓迎です。
是非日本に送り返してください。
「動ける?本気の殺気向けちゃったからまだ動けない?」
「だ、大丈夫です」
膝に手を当てて起き上がる。
多少膝が笑っている感じはするけど歩けないほどではない。
「よしっ」
気合を入れて一歩踏み出す。
「動けるんなら大丈夫だね。ちょっとトラット解体しちゃうから」
それは全然構いません。
それよりも気になるのは、
トラットってなに?
「あの~」
「何?」
「トラットってなんですか?」
「えっ、トラットも知らないの?」
「知りません。危険なんですか?」
「危険もなにも・・・あれだよ」
指差す方向を辿っていくと・・・
忘れてました。
虎もどきの存在。
うん。絶命してますよね。
胸から背中にかけて袈裟斬りっていうのかな・・・切り裂かれてるし、額の角は折れて大量の血が流れてます。
先程手をかけていた剣で切られたのかな?
しかしたら、こうなっていたのは自分だったかも。
そう思ったら全身の毛穴が開いた。
「ちょっと待ってて」
そう言った男は虎もどき、もといトラットに近づいていく。
何をするんだろうと見ていると。
牙を抉りとり、皮を剥ぎ始めた。
うわ~、グロイ!
「よしっと、牙は薬になるし、毛皮は防具になるんだよ」
あ~、ゲーム内では良くしていました。
倒したモンスターからアイテムを頂戴するんですね。
でも、実際に解体しているのを見るとすっぱいものが喉を通り過ぎていく。
「ん~、やっぱり全部持ってっちゃお。ごめんね。ちょっと時間貰うよ」
俺に声を掛けながら、男は大量の肉の塊を作ってる。
そんなに持てるのだろうか?
立っているのも疲れるのでその場に腰を下ろしながら相手を見つめる。
手伝う?
無理に決まってるじゃないですか?
ゲームの解体とは全く違います。
「えっと、その大量の肉はどうするんですか?」
「ん?これに入れる」
そう言って見せられたのは、小さめのリュックサック。
入るのか?
そう思ってていると、彼はどんどんと肉の塊を中に入れていきます。
しかし、袋の大きさは変わらない。
なるほど、どうやら四次元へ収納されるようです。
フムフムと分析しながら彼の行動を見つめます。
男は鼻歌でも歌いそうな雰囲気で器用に解体を勧進めていく。
全ての肉は削ぎ落とされトラットは、残すは骨ばかり。
「あっ、名前なんていうの?俺はね~リョク」
獣の血だろうか、真っ赤に染まった手を俺に向けないで欲しい。
骨すらも分解してリュックに詰めながら声をかけてきます。
「渋谷一海です」
「しぶや・・かじゅみ?」
「か・ず・み」
「かじゅ・・・かじみ?」
「かずみ」
「か・・・ずみ?」
「正解です」
全てを収納するとリョクさんが立ち上がりました。
カバンから小瓶を取り出すと血に染まった手を洗い流しています。
そろそろ、出発するのかな?
慌てて自分も立ち上がります。
「よし、そろそろ行・・・」
ぐぁ~~~ぎりゅりゅりゅりゅ
その途端自分のお腹が大きな音を立てました。
考えたら昨日から何も食べていません。
心なしか喉も乾いてきた気もします。
「今の声は!」
リョクさんが警戒し始めました。
剣に手を掛け、辺りを鋭く伺っています。
言えない・・・
お腹の音なんて・・・
するとお腹が再び大きな音を立てて鳴きだします。
顔に血が上がって耳が熱くなってきました。
今頃真っ赤な耳をしているでしょう。
リョクさんの視線がゆっくりと動き俺の視線とぶつかりました。
「もしかして・・今の・・・」
すみません。
恐竜の鳴き声のようでしたよね。
お腹の音です。
リョクさんの顔が見れなくて下を向いてしいます。
うひゃひゃひゃひゃ
変な鳥の鳴き声だと思って顔を上げると、リョクさんが笑ってました。
あなたの笑い声も変です。
「凄いお腹の音だね。とりあえず先に食事でもする?幸い肉はいっぱいあるから」
リョクさんは枯れ木を集めて、手早く火をつけ始めました。
原始的です。
木を擦って摩擦で火を起こしています。
しかし、手馴れているのかあっという間に火が付きました。
こちらにはライターとか着火マンとかないのだろうか・・・。
火がないということはきっと電気とかガスとか文明の力はないのだろう。
俺、この世界でやって行けるのでしょか?
というか今更ですが異世界ですよね。
既に、地獄なんて思っていません。
異世界ですよ、ここ。
俗に言う、小説とかでも読んでいた異世界トリップってやつですよ。
実際に体験するとは思っていませんでした。
チートスキルなんて持っていませんよ。
ステータスバーなんて素敵なものは表示されませんよ。
魔法も使えませんよ。
何もない自分がこの世界で生きていけるのでしょか?
少々どころかかなり不安です。
不安に押しつぶされそうな気持ちを抱いて、膝を抱えながら、目の前で食事の支度を進めるリョクさんを見つめます。
只今真剣な表情で、肉の塊に落ちていた枝を通しています。
まるで獲物を狩る時のような真剣な眼差し。
格好いいよな~とか顔ちっちゃいよな~とか手足長いような~とか思ってたのは内緒です。
けしてホモではありません。
羨ましいだけです。
モテる男とはこういう容姿の男なんだろう。
性格も良いし。
初対面の名前も知らない男を命をかけて守り、食事の支度すら手際よくこなす。
惚れない女がいたら見てみたいです。
自分もちょっと憧れてしまいます。
重要なことなので、繰り返して言います。
ホモではないです。ゲイでもないです。
リアル女性に興味はないけど、理想はあります。
胸が最低でも85以上あって、ウエストは58センチ、ヒップは78センチってところですね。
体重は45キロ位。身長は150センチが理想です。
どうでもいい話ですけどね。
暫くするといい匂いが漂ってきました。
この匂いにつられて、肉食の獣とかやってきたりしないんでしょうか。
警戒するように俺は辺りを見渡します。
ところが、俺の心配を他所にリョクさんは警戒心を見せずに鼻歌なんて歌っています。
「あの・・・匂いで獣とかやってきたりしませんか?」
「ん?大丈夫。さっき枝拾うついでに結界石おいてきたから」
「は~~、便利なんですね」
「常識だよ。森に入るなら必ず持って入るものだし。持ってない方が不思議」
不思議と言われても、存在自体知らなかったんだから不思議でもなんでもないです。
持ってなくても当然なんです。
なんせ違う世界からやってきたんですから。
ふてくされながらも、リョクさんから差し出された肉の塊を受け取りました。
うまい!
この一言につきます。
塊が大きすぎて、ちょびちょびとしか食べれないですけど美味しいです。
別段口が小さいわけではありません。
塊が大きいんです。
肉自体に甘さがあります。
そして、絶妙な塩加減。
全部は食べれなかったけど・・・肉一キロとか胃がもたれしまいます。
胃腸はあまり強くないんです。
ちなみにリョクさんは自分の分をぺろりとたいらげて、俺の残った分も食べております。
細身の体の何処に入るんでしょう。
疑問に感じながらも、リョクさんに分けてもらった水を飲み一息つく。
生き返るってこういうことを言うのでしょうか。
水が美味しい。
初めて水が美味しいと感じました。
日本にいた頃は何も考えずに飲んでいた水のありがたみを感じます。
そうすると自然の摂理がやってきました。
「あの・・・ちょっと・・・」
「ん?」
「自然現象が呼んでるんで行ってきてもいいですか?」
「自然現象?・・・あぁ、いいよ。でも、遠くに行かないでね」
理解したのかちょっと顔を赤らめたリョクさんはくるりと俺に背を向けました。
後ろを振り向かなくたって、いくら男同士でもこの場ではしません。
すぐ側の木の後ろに回って、ズボンのファスナーを下ろす。
そして、いつものように・・・
いつものように・・・・
「ぎゃぁ~~~~~~~~~!!!!!!」
俺の大きな悲鳴が森にこだました。
口調が決まらない。
とりあえず切りのいいところまで進んだら改めて口調を統一したいと思います。