とんでもない事になっているみたいです
風が・・・
風が巻き起こっている。
室内なので風など吹いていないはずなのに、俺を中心に風が巻き起り始めた
黒く濁っている風だ。
風を纏いながら腰が抜けヘタリ込んでいる幼女の元へと近づく。
と、突然大きな音がして、自分の前に誰かが立ち塞がった。
たった一匹の害虫を駆除するのに、さっきから何度も邪魔が入り込ん煩い。
邪魔する物は全て排除する。
怒りの感情と共に纏っていた風の威力も上がっていく。
「一体何が起こっているんだ?」
駆け込んできたのはリョクとシャクだった。
二人は三人がお風呂に入っている間に今後の事を執務室で相談していた。
相談内容はもちろん一海と涼のことだった。
そこに息を切らしながら飛び込んできたのはパールスの付き人だった。
報告を聞いた二人は付き人にこの事を誰にも離さないように告げて慌てて浴槽へと急ぐ。
そして飛び込んで目にした光景に驚き、呆然とした。
浴室の壁は剥がれて床がめくれ上がり、ドアを開けた瞬間に物凄い突風で目を開けるのも辛いくらいだ。
「シャク君!」
床に倒れながらも必死に身を起こして自分を見つめる涼の元へと駆け寄る。
「涼ちゃん!」
一瞬裸体の涼に赤面するものの気を取り直して真顔になったシャクはその体に上着を脱いで着せかける。
ここに一海がいたら完璧に突っ込まれて金銭の要求をされていただろう。
安堵の息をつき、気づいた。
一海がいないことに。
「一海ちゃんは?」
問いかけるシャクの言葉を無視して涼は、まさに剣を敵と思わしき風に向けて構えているリョクに手を伸ばす。
「戦っちゃダメ!」
「えっ?」
あまりにも切羽詰まった必死の声にリョクは警戒しながらも涼に視線を投げる。
何が起こっているかも分かっていない状況に警戒心を解くことは出来ない。
「あれは!一海なんだ!」
「えぇ!?」
その言葉にリョクの視線が涼と風の塊を何度も往復する。
「信じられないんだけど」
「それでも一海なんだ」
初めて見る涼の真剣な眼差しにリョクは信じるしかなかった。
「一海を・・・みぃを助けて」
涙を流しながら懇願する涼にリョクは困惑した表情を支えているシャクに向ける。
同じくシャクもその言葉に戸惑っていた。
「助けるって・・・どうやって」
勢いを増す風の向こうに一海がいる。
しかし、助ける方法が見えない。
途方にくれていたその時、カタンという音がして二人は警戒を強めてそちらに振り返る。
「・・・・パールス?」
そこには、腰が抜けているパールスの姿があった。
存在を確かめた二人は一瞬気を抜いた、その瞬間鋭い風が襲いかかる。
「うわっ」
襲いかかる鋭い風が身を切り裂く。
シャクは涼をリョクはパールスを咄嗟に庇った。
「痛って~」
それほど傷は深くはないが、たった一撃で多数の傷を二人は負った。
剣で切られたかのような鋭い切り傷。
「ただの風じゃないのか?」
「分からない。油断するなよ」
「あぁ」
中に一海がいると思うと思うように動きが取れない。
リョクはもどかしさに唇を噛み締めながら風の塊を睨みつける。
「あれは・・・あれは人間じゃありません」
「えっ?」
「あれは人間じゃない!」
ガタガタ震えながらリョクの腕の中のパールスは悲鳴に似た叫び声を上げた。
「人間じゃないって、あれは一海ちゃんなんだろう?」
「違う!」
首を振って否定するパールスの言葉に二人は更に困惑した。
「あれは、あれは!魔王です!」
「「ま、魔王?」」
パールスの予想外のセリフに二人は唖然とした。
この国には誰もが子供ころ読むおとぎ話があった。
この世界に魔王と呼ばれる世界最強の魔獣がいた。
身の丈5メートル、男性とも女性とも言えない絶世の美形。
その琥珀色の瞳を見ただけで人々は魂を抜かれ、魔王が通った後は何も存在しない。
恐れた人々は魔王討伐に向かった。
しかし、魔王を怒らせた人々は腕ひと振りで全滅し、国すら滅ぼされていった。
そこに立ち上がったのが勇者だった。
勇者は4人の仲間を引き連れて魔王の元に向かい、見事討伐して戻ってきた。
勇者は生き残った人々を集め国を作った。
その後、魔王は復活することなく勇者とその仲間が暮らす国は平和に過ぎていった。
めでたしめでたし。
それがこの世界に広く伝わっている架空の話。
だが、実際はおとぎ話などではなく本当にあった話だ。
事実は一部の人間にしか伝えられていなく、そして聞いた人間は決して漏らしてはいけない禁忌の話。
この世界の王子は15歳になると例外なく王から伝えられた。
その内容の意味と重さを受け止めなければ行けなかった。
おとぎ話とは違う真実の話を。
だが、まだ15歳にも満たず皇女であるパールスが知ることは一生ない。
二人はこっそりと視線を交わし頷く。
「パールス。お前自分が何言ってるか分かっているのか?」
「頭打ってるんじゃないか?先に脱出しろ」
呆れた視線を投げかけるられたパールスは必死になって否定した。
「違う!違うの!あれは魔王なの!」
「あれはおとぎ話であって」
「それが違うの!」
「おとぎ話が違う?」
「あの話はこの国の実際にあった話なのよ!」
「馬鹿な事を」
パールスの言葉を鼻で笑ったシャクは一蹴した。
いくら言っても信じてくれないパールスは唇を噛み締めた後に何かを決心した顔で二人を見つめる。
「だって・・・だって、私が召喚したんだもん!」
パールスの叫びに二人は、声も出せないくらい驚いた。
予想外の言葉に一瞬時間が止まっていた。
「しょう・・かんした・・だって?」
リョクはパールスの言葉をゆっくりと反芻下した後、怒りに表情を歪めた。
「お前は!」
リョクはパールスの胸ぐらを掴む。
「お前は自分が何をしたのか分かってるのか!?」
「だって・・」
「だってじゃない!本当か?本当に召喚したのか?」
切羽詰まったリョクの強い言葉にパールスは小さく頷いた。
「マジかよ・・・お前!何をやったのか分かっているのか?」
「だって・・」
「だってじゃない!子供だからといって許されることじゃない!」
「お前がやった事は決して手をやってはいけないんだ。これはこの国だけじゃない。この世界全体で決められた掟なんだ・それを・・・」
「しら・・・知らなかったの・・・」
「知らなかったですむかよ!少し考えればやっていい事と悪い事の区別がつくだろう」
「こんな事になるなんて思わなかったの!」
「思わなかったですむかよ」
パールスを突き放すようにして手を離したリョクは、自分を落ち着かせるために何度も深呼吸をする。
ここで言い争いをしていても自体は変わらない、
リョクは一海のいる風を見つめる。
「シャク。どうすればいい?」
その言葉にシャクは必死に考える。
だが一海を助ける手段が何も思い浮かばない。
その時、シャクの腕がそっと引かれた。
「ねぇ、みぃが魔王ってどういう事?この世界に魔王なんていないいでしょう?そう言ったよね」
必死の涼の問いかけに二人は口を積むんで顔を背けた。
「みぃを殺すの?助けるんだよね!」
「絶対助ける。殺さないし殺させない」
力強い声でリョクが答えた。
「どうやって?」
「それは・・・」
涼の問いに答えることができない。
助ける方法なんて思い浮かばない。
正面突破はぶ厚い壁に阻まれるし、下手に魔法を使ったら中にいる一海にまで被害が及んでしまうかもしれない。
「シャク君。俺を飛ばせる?」
「えっ?」
「俺をあの風の中心に向かって放物線に飛ばせる?」
「えぇ?俺が涼ちゃんを投げるの?」
「そう」
「上からってこと?」
「涼ちゃんには危ないよ。俺が行く」
「いや!俺じゃないとダメだ」
「行くなら誰が行っても同じだと思う」
シャクの言葉に涼は首を静かに横に振った。
「俺はみぃの兄貴みたいなものだから、弟が暴走したら止めるのは兄の役目だろう」
「でも!」
「それに、みぃは俺のこと待ってる!」
「無理だよ!涼ちゃんは見えないかもしれないけど首に閉められた手の跡が残ってる。それは一海君がやったものだろう?」
「それでもだ!俺が行く」
涼の目を見つめると譲るつもりのない力強さが宿っていた。
「分かった」
「リョク!」
「上手く行く保証ないよ。死ぬかも知れないよ」
「おう!どんと来いだ。いざとなったらみぃを道連れにしてやるよ。あいつを一人にはさせない」
「そこまでの覚悟なら俺も止めない。でも、帰ってきてね」
「シャク君は心配性だな。言ったろいざとなったらって。最終手段だ!」
風の渦に巻き込まれないギリギリにリョクが腰を屈め腕を前に出してこちらを向いている。
「行くよ!」
走り出した涼は差し出された手の力を借りて飛び上がった。
そして、風の中心へ消えていった。
涼は考えていたのだ、旋風とか台風なんかは良く中心では風が吹いていないことをニュースなどで見たことがあった。似ているこれも中心から行けば上手くいくんじゃないかと。
全く無風というわけではなく、飛び込んだ時むき出しの足に微かに痛みが走る。
だが、落下地点を見れば一海の姿が見える。
なんとか体制を整えて後ろに着地することができた。
そして、彼女が振り向くよりも前に、後ろから抱きしめる。
「迎えに来たよ。帰ろう」
一海の体は何も着ていない上に長時間風に当たっていたせいかとても冷たかった。
回した腕に力を込めた。
「みぃ?」
自分の声が聞こえないのか一海はいくら呼びかけても微動だにしない。
ふっと顔を覗き込むと、目を見開き無表情のまま涙だけを流している。
慎重に正面に回った涼はゆっくりと彼女の頬に両手を添える。
氷のように冷たい。
その温度に眉を顰めそっと額を合わせて、一番近くで何も映していない一海の瞳を覗き込む。
「みぃ~。迎えに来たよ。か~えろ」
幼い頃迎えに言ったみたいに呼びかける。
すると、ふと瞳が揺れた。
「一緒にいよう。ずっと、一人にしないから」
一つ瞬きした一海の目から先ほどと違った涙が零れ始めた。
「嘘・・き」
「ん?」
「嘘つき。黙って旅行に行っちゃうし連絡一つ寄越さないし、帰ってくるのも突然だし。いつも俺を置いていっちゃうじゃないか」
「置いていってないぞ」
「・・・嘘」
「心は一緒にいたからな」
一瞬涼の言葉にキョトンとした後、一海は静かに笑った。
「くっさ~。そんなセリフおじさんに似合わないよ」
「そっか~?帰ろうか」
コクりと一海が頷くのと同時にその体から力が抜ける。
思ったよりも重くて、支えきれずに倒れることは避けれたが一緒に崩れ落ちてしまう。
膝に感じる一海の重みに微笑みながら、辺りを見回すといつの間にか風は止んでリョクとシャクが焦って駆け寄ってくるのが見えた。




