二話
美味しいご飯で腹の膨れた俺は、午後最初の授業を居眠りして過ごした。これは満腹でいい感じに眠気も誘うだろう昼食後に、英語などと言うものをやる学校側に責任があるのであって、俺は決して悪くない。
だから、現在俺が置かれている状況は不当なものなのだ。
「つぶあん。お前っていい度胸してるよな」
笑いながらそう言って声をかけてくるのは、この学校に入って最初に出来た友人。鈴木 鐘太だ。名前同様、無駄にうるさい奴だ。
「入学してそろそろ3ヶ月。いい加減どの先公がどういった奴か把握しておくべきだろ。てか把握してるだろ」
相手をすると増長するので、俺はさっきからずっと無視しているのだが……いっこうに黙る気配が無い。アレなのか? 鈴にしろ鐘にしろ一度鳴り出すと暫くうるさいと言う法則はその名を冠したコイツにも当てはまるのか?
「多分お前だけだぜ? あろうことか英語の授業で居眠る奴は」
「だーっ! もううっさいわ! こっちは必死なんだよ邪魔すんな!」
いい加減我慢の限界になり、俺は思わずがーっと吠える。
俺は今、居眠り三冠達成を果した罰として、特別課題と銘打たれた翻訳作業を死に物狂いで行っている。
そう。翻訳。英語で書かれた薄い文庫タイプの詩集を35ページ翻訳して提出しろと言われたのだ。これを無事五時までに仕上げれば、今回の三冠は目を瞑ってくれるという。ただし、出来なければ来学期。他の三冠達成者が出るまでパシらされる。なにをさせられのかさせるつもりなのかは知らんが、それだけは絶対に嫌だ。
だからこうしてがんばっているというのに、コイツはニヤニヤと煩い煩い。なんなんだよ。嫌がらせか?
「怒るなよつぶあん。てか、怒る時くらい表情筋を活用しようや。無表情で怒るっつーのはちょいと間抜けだぜ?」
「つぶあん言うな。……言うほど無表情だったか?」
「あ? 気にしてんの。無っつーほどでもないがな。なんか微妙だった」
そうか、と呟いて俺は英語の詩集との格闘を再開する。
くそぅ。言い回しが独特だったりして普通の訳しかたがいまいち当てはまらない。てか、絶対これ習ってないって。無茶だってクソッたれ!
今は放課後で、教室には俺と鐘太しかいない。昴も同じクラスだが、あいつは部活に行ってる。手伝おうかと言ってくれたが、流石にこれは俺の自業自得だ。謹んで断わった。付き合わせるのは悪い。
鐘太がここに居るわけは知らん。こいつは俺と同じで部活にははいっていない。そんな暇があるなら子猫ちゃんとにゃんにゃんしたいというのがこいつの弁だ。だと言うのに、なぜかコイツはこうして邪魔をしやがる。一発殴りたいが、それをしている時間が惜しい。
この学校は男女交際などに厳しくは無い。だがそれは認めていると言うわけではなく、各々の判断で責任と自覚を持って行動しろ。と言うこの学校の理念に基づくもので、何か問題を起こせば即座に重い処分を受けることになる。過去に何人かまとめて退学処分にされたこともあるという噂を耳にしたことがある。
それでもこいつは普通に股かけしている。二桁に届くか届かないかの数らしい。
確かに、こいつは女受けしそうな容姿だし性格も悪くない。それでも、度が過ぎればいずれ刺されるだろう。それはそれで愉快だし、俺の知ったことではないが。
「はーい。残り10分。がんばれつぶあん負けるなつぶあん」
「うっさい黙れ気が散る!」
残り10分。対して現在のページ数は32。あと3ページ残っている。無理かもしれないと思わせる時間とページ数だが、こうなりゃやけだ。単語と文法から適当に訳していくしかない。多分、ギリギリで間に合う。間に合え!
「チッチッチッチ……」
時を刻む音を口ずさむ騒音装置を音で殴ることを胸に固く誓った。