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諸事情により  作者: 鳩梨
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一話

 世界を運営しているのが神様だとするなら、きっと神様は茶目っ気たっぷりのじいさんか、いい加減ボケたじじぃかのどっちかだと思う。

 別に、この世界に不満があるわけじゃない。

 それでも、俺はほとんど本気でそう思っている。

 前者なら少々茶目っ気が過ぎるぞと恐れ多くも進言したいし、後者なら誰か他の奴が変われと思う。

 まぁ、何がいいたかと言うとだ。間違っている! と声を大にして叫びたかったりするわけだ。

 誰でも一度はあるだろう。とにかく叫びたい時が。あるいは事が。無いと言うのであればそれは虚偽と勝手に断定するのであしからず。――いや。訂正。マッハで訂正。つまらない奴と言う位置付けで行こうと思う。

「ねぇ、おいしい?」

「あ? ああ」

 どことなく不安なそうな声で問われ、俺はくだらない思考を中断して母音のみで答える。

 平日。場所は私立厳島高校、屋上。時間は昼。

 俺たちは今、本当は進入禁止の屋上で朝食を取っている。屋上には俺たち以外には誰もいない。当然だ。進入禁止なのだし、それを無視してこんな所にいるのがばれたらそこそこ重い処罰が下る。

 そんなことは俺たちもよくわかっている。だが、それでもここで朝食を取っている。しかも毎日。大した理由は無い。強いて言うなら、教室よりかここの方が断然良いと言うだけだ。

 俺の名前は円谷つぶらや みなと。この高校の一年で、部活には無所属。

 そして、

「そっか。よかった。湊は顔に出ないから、たまに不安になっちゃう」

 そういって、俺の横でぺたんと女の子座りをして淡く微笑んだのは、俺の友人。有栖川ありすがわ すばる。俺と同じ高校一年で、演劇部所属。料理や裁縫が趣味で、その腕はかなりのものだと思う。俺がそう言った家庭的なものとことごとく仲が悪いから、少しでも出来てしまうことをそう思うだけかもしれないが。

「何度も言うが、お前の料理は美味だよ。不安になる必要は無いさ」

 黄金色をした少し甘めの卵焼きを口に入れながら正直に言ってやる。俺の昼食はいつもコイツのお手製。特に頼んだわけでもなく、自発的に作ってくれてる。味もいいし金もかからなくて済む。ホント助かってる。

「無表情でそう言われてもあまり実感湧かないけど、ありがとう」

 にこり、と笑む昴。

 俺は何気ない風を装いながら雲一つ無い蒼穹を見上げる。痛いくらいの輝きを放つ太陽が目に染みる。

 ……直視できない。

 屋上は味気ないコンクリートの床に安全性皆無な錆びた鉄柵があるだけの、がらんとした場所だ。けれど、わるい場所じゃない。何もないというこの広々とした感じが、とても落ち着く。

「あ。また人参だけ器用に残してる。湊、いい加減子供みたいな好き嫌いを直しなよ」

「むぅ……」

 弁当箱の隅のほうに退かしていた人参に昴が目ざとく気付いて口を尖らせる。

 確かに子供みたいな好き嫌いだと俺自身でも思うが、嫌いなものは嫌いなのだから仕方がない。何が嫌いって、味が嫌い。どうしても人参の味だけは好きになれない。きっと相性が悪いのだ。マイナスの磁石同士なのだろう。絶対にくっつかない。

 さて。この学校は男子校だ。つまり野郎ばっかり。俺は共学に進学したかったのだが、ちょっとした手違い……というか失敗と言うか……とにかく事情で、切羽詰った事態に追い込まれた俺は、残った選択肢の中で一番良い学校であるここを選ぶしかなかったのだ。他の選択肢は、共学でも偏差値が低いので選ばなかった。

 だから、男子校に通う俺も、妙に家庭的なスキルを持つ昴も男だ。

 まぁ、俺はともかく昴を見た奴は十中八九昴を女だと思うだろう。スキルだけの話ではない。腰まであるシルクのような流れる長い髪も、やや丸みを帯びた顔立ちも、長いまつげや大きな瞳や、ふっくらとした淡い桜色の唇も、ガラス細工のように繊細な指も、細い四肢も、昴はどこをとっても男らしくない。むしろ女みたいだ。地べたに座るのにハンカチを敷く男なんてまずいないだろう。おまけに声でさえやや高いと言う徹底振りだ。

 そして、本当に。いつも疑問に思い未だ解消されること無いことなのだが、何故だか女子用のサマーセーターとスカートを着ていたりするところも、もう本気でどこまでも男じゃない。

 てか、なんで男子校に女子の制服があるんだ。ここは創立以来ずっと男子校であるというのに。昴にそのことを尋ねても、可愛らしく小首を傾げられるだけなのでこの疑問は消えない。他の誰に訊いたところで答えは「さぁ?」としか返ってこないし。

 ちなみに、今は七月。当然制服は夏服で俺も昴も半袖なのだが……。夏服というものは薄い。昴はサマーセーターを着ているが薄いことに変わりはない。当然、男である昴は幾ら女の子みたいでも制服を突き上げて自己主張するような胸は無い。だが、半袖から見える腕は肌理の細かい薄い象牙色で、綺麗なわけだ。スカートから伸びる脚はオーバーニーソックスに包まれているが、スカートとソックスの間からちらちらと見える肌もやっぱり綺麗だ。

 つまり、アレだ。目に毒。

 ――とかそう言う思いを抱く俺はかなり危ない奴じゃないだろうか。落ち着け俺。昴は男だぞ。

 はぁ。空が青い……。

「ごちそうさま」

「おそまつさまでした。……もう。結局人参残して」

「人参は薬なんだぞ。薬の無意味な摂取は健康を損なうだけだ」

「それは蓬莱人参とかでしょう。それに、漢方だし。せっかく湊でも食べられるようにがんばったのに……人参は栄養があるから無意味じゃないのに」

 弁当箱の包みを閉じながら溜め息をついて肩を落とす昴。しょんぼり、という効果音が聞こえるかのような見事の気の落ち込み方だ。

 てか、反則だ。そんな風にされると何故だか悪いことをしたような気になってしまう。

「だったらもう少し味付けを辛くしてくれ。そうすればあるいはもしかしたら多分きっといずれありえないとは思うが、食べられるかもしれない」

「ただ辛いのが食べたいだけでしょ? ダメだよ。塩分は控えないと」

「大丈夫だって。その分だけ糖分を摂取すればプラスマイナスゼロだ」

「湊。その足し算は間違ってるよ」

「ウソ!?」

「はぁ。湊って、頭良いのか悪いのかわかんない」

 嬉々として発せられた俺の最高の妙案に、昴は呆れたように溜め息をついた。

 ちょっとショックだ。



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