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 晴明は鬼蜘蛛を倒した!経験値が10上がった!

 家に帰って両親にそう告げると徹夜で説教された。


 いわく、鬼蜘蛛なんて強力な妖怪を見たらまず山から下りるのが正解らしい。

 確かにあの蜘蛛の糸で作った罠は危なかった。繊細な霊力コントロールを身につける過程で微細な妖力や霊力を感知出来るようになっていたから問題なかったけど。

 それでもやっぱりまずは逃げなさいとのことだ。


 でも以外と簡単に倒せたし、また現れても……と反論したら朝日が昇るまで正座をさせられた。


「はぁぁぁ…………戦って帰ってきて徹夜で説教…………」


 そして今説教から解放されて自分の部屋の布団に横になる。

 もう無理……体力的にも精神的にも無理……。









 




 起きたのは案の定日暮れ頃。

 当然仕事はさぼってしまった。けどこれは父の方から何か連絡があったみたいなので良しとしよう。

 まだ少しフラフラする体を起こして辺りを見回すと、紫さんがまた俺の書いた巻物を熱心に読み進めていた。


「あら?ようやく起きたのね」


「おはよう、ございます……」


「フフッ、もうこんばんはの時間なのだけどね。それよりもあなた、昨日は鬼蜘蛛を倒したみたいじゃない。山の方じゃ色々と噂になっているわよ」

 

 やっぱりあのクレーターそのままにしてたのは不味かっただろうか。

 

「概ね鬼蜘蛛が居なくなったことを喜ぶ妖怪達が殆どね。しばらく前に鬼蜘蛛が現れてここらの山を荒らしていたらしいから」


 それならよかった。……しばらく前に現れたって、今まではいなかってこと?


「そうね。ここは都の結界があるから多少力のある妖怪はここら一体を避けているわ。

 だから近くにいるのは何も考えてない小物妖怪ばかり……。でもそんな都の近くにあの鬼蜘蛛は現れた。私も少し引っかかるわね……」


 巻物を読む手を止めて紫さんは静かに月を見上げていた。

 俺は鬼蜘蛛から言われたことをふと思い出し紫さんに伝えてみると、紫さんは何かを思い出したのか眼を見開いた。


「鬼神……そういえば西に強大な力をもつ山のように大きい鬼がいるって噂を聞いたことがあるわ」


「山のように大きいって……普通の鬼ですらあんなに強いのに……」


「そうとも言えないわよ?確かに体の大きさが筋力にも繋がるけど、それ以上に妖怪の力を分けるのは妖力の大きさだから。

 妖力だけで言ったらあの柘榴と勇儀、萃香って鬼も鬼神と言っていいんじゃないかしら?」


 まじでか……俺は鬼神レベルの鬼達と組み手してたのかよ。

 でも逆に当たり前になりすぎて実感が湧かん。


「とりあえず、鬼神の件は父に相談してみます」


「そうするといいわ。それじゃ、今日も始めましょうか」










 疲れているのを考慮してくれたのか、紫さんの授業はいつもの半分ぐらいの時間で終わった。

 そして翌日、俺は朝すぐに昨日鬼蜘蛛が言っていたことを父に告げた。


 最初は信じられないといった表情をしていたものの、この辺りに鬼蜘蛛なんて普通出ないことを考慮するとあながち嘘ではないのかと顔をしかめる。

 「とりあえず今日陰陽師の長に話をしてみる。お前は今日は休んでなさい」と言って宮中へと行ってしまった。


 久しぶりの休み、ということで今日は柘榴さんのところにでも行こうと思います。

 ……だって人間の友達なんていないしな。街で何かショッピングでも楽しもうかと思っても特に眼を引くものもない。

 行く店と言えば鬼のみんなに差し入れる酒を売ってる店ぐらいのものだ。






 山道はすでに落ち葉の絨毯で地面が見えない。

 色とりどりの葉が山を飾っていたのも、もう少し前になる。

 今では裸の木々がこれからくる厳しい冬を乗り越えようと身構えていた。


 動物たちの姿もいつもより少なく、すでに冬眠に入った者達もいるようで、いつもは何かしら出会いのある川辺も今日は一人で静かに進んで行く。


「おっ?晴明じゃないか!ひっさしぶり!」


「萃香、久しぶり。ほれ、とりあえず酒」


「やったーい!酒酒ぇ~」


 ホントにこいつは酒が好きだな。見た目は少女のくせして。


「ところで晴明は今日どうしたんだ?」


「ちょっと仕事が休みでな。それでみんなどうしてるかなぁーと」


「早々変わんないって。あるとすれば久遠が寂しがってたことぐらいかなぁ~」


 相変わらず寂しがりなのか。久遠も俺と同い年ぐらいだからすでに成人してる歳なんだが、まぁ鬼と人間の時間を比べちゃいかんわな。




 それからは歩きながら萃香とたわいない話をしながら柘榴さん達のところへと向かう。

 萃香はなぜあんな場所にいたかというと、栗がまだ残ってないか探していたんだとさ。


「おぉ、晴明じゃないか。元気だったかい?」


「坊主!それ酒か?早く寄越せ!」


 俺が山についた途端、気付いた鬼達がまず最初に口にしたのは「酒」だった。

 鬼が酒好きだってのは前々から嫌と言うほど知ってたが、久しぶりに思い出させてくれたな。


 とりあえず紫さんに教えて貰った空間魔法で収納していた酒樽をドンッと地面に並べた。

 酒に群がる勇儀、萃香、その他大勢の鬼達……。


「ん……?」


 早速奪い合いをしている鬼達を尻目に柘榴さんを探していると、不意に裾を引っ張られた。

 

「晴明、久しぶり」


「久しぶり、久遠。元気だったか?」


「うん……でも、最近は寒い」


 吐いた息が白くなってるな。

 久遠の頬も少し赤みを帯びている。

 

 そういえば柘榴さんはどこ?


「お母さん、あっち」


 久遠が指を指したのは山の頂上へと向かう道だった。

 久遠を勇儀達に預けると、俺は一人山頂へと向かう。

 

 5分ぐらいで上り終えた山道の先には、柘榴さんが一人で遙か彼方を眺めていた。


「仕事は休みかい?」


「えぇ、酒もありますよ。早く行かないと全部飲まれてしまうかも」


「そういいつつ手には酒を持ってるじゃないさ」


 何で俺の方を見てないのにそんなことが分かるんだ?

 柘榴さん用に用意していた瓢箪に入った酒を俺は投げ渡した。

 何事も無かったかのように柘榴さんはそれを片手で受け取ると、すぐさま栓を抜いて酒を煽る。


「何を見ていたんですか?」


「……最近、妖怪の動きがおかしくてね。都の方はどうだい?」


「都の近くに鬼蜘蛛が出ましたよ」


「鬼蜘蛛か……中々の大物だね。あんたが倒したんだろ?」


「分かるんですか?」


「あの吹き飛んだ地面を見りゃ分かる」


 そうですか。

 俺と柘榴さんの会話はいつもこんな感じだ。

 勇儀とのように笑い合いながらでもなく、萃香とのように突っ込みを入れるでもない。


 淡々と進んで行く会話。けどなぜだか居心地がいいんだ。


「ふぅ……やっぱりこれだけじゃ足りないね。下に降りるとするか」


「そうですね。……それと、一つだけ聞いていいですか?」


 聞きたいのは鬼蜘蛛の言っていた西の鬼神のこと。

 もしかしたら柘榴さんなら知っているかもしれない。

 そう思って鬼蜘蛛の言っていたことを伝えると、柘榴さんは顔を顰めながら何かを考え出した。


「鬼神……か。もしかしたらそれはスクナかもしれない」


「スクナ、ですか?」


「とんでもなくでかい鬼でね。元は大陸の鬼だったんだが、その凶暴性故に大陸から追い出されて海を渡ってこの地に来たって噂さ。

 最も、私も直接は会ったことがないから分からないんだけどね」


 やっぱり鬼神ってのは実在しているのは確かってことか。すると鬼蜘蛛が言っていたようにこっちに向かっているというのも事実の可能性が高い。

 ……でもなんで今都に向かっているんだ?何か西の方であったのだろうか。

 いや、そんな事情は関係ないな。やることは鬼神の撃退。それだけだ。


 

 驚くほど早くなった日暮れを向かえ、俺は最後に酔った勇儀と萃香と組み手をした後家路についた。

 屋敷に着いたことにはすでに辺りは暗くなっていて、母さんと侍女の皆が俺の帰りを待っていてくれた。

 

 部屋に戻って一息ついていると、宮中から帰ってきていた父に突如呼び出しをくらう。

 はて、何かあったのだろうか?と考えつつ父の部屋の襖を開けると、そこには眉を潜めた父が座っていた。


「まぁ座ってくれ」


 何かあったのかと聞いた途端に父は言葉を濁した後に、俺にそう言った。

 両者対面しながらの沈黙。どちらも一切動こうとせず、沈黙の部屋に灯る蝋燭の火だけがゆらゆらと二人を照らしていた。


「実はな……今日、お前が言っていた鬼神のことを皆に伝えたのだ」


「何か動きがあったんですか?」


 そこで父かから告げられたのは横暴と言わざる終えない内容だった。

 

 強大な鬼がこの都に迫っているということを陰陽師や貴族の有力者の前で告げたところ、皆は失笑の後に父を貶し始めたという。

 

「山の如き鬼が現れるなど……そんな物いるわけなかろう」


「都には結界があるのを忘れたのか?」


「そんな不確かな情報を我々に与えて何をしようというのだね?」


「まさかこの機に自分の地位を上げようとお考えか?」


 父は皆から嘘を使って自分の味方を作り独自の派閥を作ろうとする輩と罵られた。

 元々父はどの派閥にも属さない中立派としての姿勢を取っていたから、余計にそんなことを言われたのだと思う。

 だが父だってそんな魑魅魍魎の闊歩する宮中で働いてきた男だ。それくらいの戯れ言など慣れている。


 しかし陰陽師達はさらに続けた。


「そんな鬼神が迫るというのなら貴殿がお相手されたらどうだ?」


「うむ、まずは貴殿が鬼神の相手をしてその危険性を確かめて貰わねばこちらとしても認知のしようがない」


「貴殿の力は我々も知っておる。貴殿ならば一人で鬼も倒せるのではないのか?」


「倒せればよし。倒せなくとも、そうなれば我々も力を貸そう。我々も忙しいのだよ」


 それはおそらく力がありながらどの派閥にも属さなかった父への仕返しだったのだと思う。

 どの派閥にも属さずにこんな大きな屋敷に住んでいるってことは、おそらく一人でかなりの功績を挙げていたんだろう。

 だとするとどれだけ周りの嫉妬を買っていたのか。それが今になって爆発したって感じかな。


「済まない……。俺のせいでこんな結果になってしまうなんて」


「いや、そもそもそんな金と地位にしか興味がないやつらの手を借りるほうが間違いだった。父上は悪くないって」


「そう言ってもらえると助かるが、しかしそれでは鬼神の問題はどうする?」


 他の陰陽師の助けを得られないなら、柘榴さん達に……いや、それはダメだ。

 陰陽師である俺と鬼の柘榴さんが関わりを持っていたとなれば家族全員の立場が危うくなる。


 やはり誰の助けも期待出来ない。

 ここは一人でやるしかない……か。


「俺が一人でやるよ」


「何を馬鹿な。お前が勝負して勝てる相手なのもか」


 勝負……?あぁ、そうか。


「勝負なんてしないさ。目的は鬼神に勝つことじゃない。

 鬼神を倒すこと。だったら手段を選ばなければいい」


「だとしても、それがお前に出来るのか?」


「大丈夫。だから父上は後方で待機して鬼神が現れたら陰陽師や貴族達に事の次第を伝える役目をして欲しい。

 俺はそれまでの時間を稼ぐよ。心配ないって、ただの足止めだから」


 父は渋々と言った表情ながらそれを受け入れた。

 いや、受け入れざるを得なかったというのが正しいだろうか。


 いくら罠などを使おうとも鬼神に単騎で挑むなど無謀。ましてや勝つなど不可能。

 都を守るためには陰陽師を総動員するしかないのだが、それをするためにはまず鬼神と戦っているところを見せなければならない。

 

 そのために俺がど派手な罠や術を使って戦っていることをアピール。

 そして『こんな大規模な術を使っても倒せない。皆力を貸してくれ』と言えば流石に陰陽師達も協力するだろう。

 なんせ都の目の前に山のような鬼が現れているのだから。


 となると、まずは罠の作成からかな。

 任意で起動する札の作り方なんかは父に教わったから、そう言った札を今から作っておこう。

 それに紫さんに教わった西洋魔術のトラップなんかも使えるかも。


「紫さん、来てますか?」


 自室に戻るとやはり紫さんが居て、今日は巻物を見るでもなく襖の隙間から見える月明かりをぼんやりと見つめていた。


「こんばんは、それで、鬼神の方はどうなったのかしら?」


「他の陰陽師の力は借りられないとのことです。俺と父上の二人でやるしかないと」


「そう……それで、あなたはどうするつもりかしら」


「父上には鬼神が現れた際に宮中の説得を行ってもらいます。その間、俺が鬼神と対峙して時間を稼ぎます」


 それを聞いた紫さんは少しだけ悲しそうな顔をして後にすぐ真面目な表情になると、「なら罠とかが必要になるわね」と言ってそういった系統の魔術を事細かに教えてくれた。

 紫さんの知識は本当に凄い。もし紫さんがいなかったら俺は鬼神の足止めをするなんて考えはしなかったかもしれない。

 

 教えて貰ったのは捕縛系、攻撃系などのトラップ魔法。

 毒なんかの魔法もあるのだが、巨大な相手には効きそうにもないので今回はパスだ。

 とりあえず教えて貰った中から使えそうな物を選び出して明日から準備を始めることにしよう。











 翌日、まずは鬼神がやって来るであろう都の西側の下見を始める。

 幸い、西側には民家も少なく、畑もそんなに多くない。存分に暴れてもそんなに問題はなさそうだ。


 平地だし、畑も少ないが段差がかなり多い。こうなると陣を描くのはかなり面倒だな……。

 そんなことに手間取っている時間もないし……まぁそこは後で検討してみよう。

 

 下見を終えたら次は父と呪符作りに入った。

 父が行っているのは相手の動きを妨げる呪符だ。これを一度に数十も使われたらさすがに鬼でも動きは止まる。

 そして俺が作っているのは攻撃系の呪符や陰陽術を取り入れた魔法陣だ。

 

 これは紫さんと一緒に作った新たな術で、魔術の使いやすさと陰陽術の多様性を兼ね備えた新たな物だ。

 少し描き変えるだけで様々な効果を生み出し、そして魔術のように使いやすい。


 これには父も驚いていたが、鬼に教えて貰ったと言ったら何となく納得した様子でまた筆を進めていった。

 

 ふと外を見ると、まばらな雪が庭に降り注いでいた。

 庭を彩る紅葉もすでに枯れ果て、そして今度は真っ白な雪が庭を染め上げていく。

 そんな様子を肌で感じながら俺は父と共に黙々と筆を進めていった。

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