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 数週間後、宮中入りした当初は父の後ろをついて回るだけだったが、そうやって仕事を覚えて今では立派な父の副官のような存在に。

 数週間でそこまで出来るなんて考えてもいなかったが、どうにも仕事内容が簡単で簡単で。


『来年からはこんな感じで進めて行こうと思ってるんだけど……』


『分かりました。占ってみます。…………そうですね。もうちょっとこうした方が……』


 基本父が行っているのはこんな感じ。

 占いが主な仕事で、妖怪退治とかは下っ端の兵士や弱い陰陽師で十分なのだ。

 父や上位の陰陽師が出張るのは鬼なんかの大妖怪が現れた時だけ。

 それぐらい強固な結界で都を覆っているのだとか。


 はっきり言って拍子抜けだなぁ。

 政治に関しても『今年は嵐で畑がやられたから年貢を下げるか』とかそんなもん。

 陰陽師は政治に関わる仕事だから気合いを入れねばとか思っていたけど、少し拍子抜けだ。

 

「それで晴明殿。妖怪達の動きについてなのですが……」


「あ、はい。そうですねぇ、もう少しで冬が来るので、下級妖怪達が騒いでいるかもしれませんが、概ねいつも通りですよ。

 畑の方には兵士を巡回させていますしそれほど心配はないかと」


 俺は国の行く末を決める占いには参加していない。

 というより実績がないから呼ばれていない。まぁ当たり前だけど。

 

 そんな俺に割り当てられた仕事は妖怪達の動向を探って報告する仕事だった。

 仕事的にはまず畑や山の巡回。次に現場の兵士達への指示、そして妖怪が現れた時には退治する事。

 うん、デスクワークよりは楽かな。


 それに都に近づくような妖怪は馬鹿な小物ばかり。

 そんな奴らは兵士を見たらすぐに逃げ出すから俺の出番はない。

 兵士でも勝てないような妖怪となるとそれなりに力を持った奴ってことになるが、そんな奴はわざわざ危険を冒して都に近づいたりはしないさ。

 

 となると俺はかなり暇になるんだよなぁ。

 さすがに持ち場をほっぽり出して柘榴さん達の山に行くわけにもいかないから、留まってはいるが。

 

 だから最近だと農民の人達と仲良くなろうと頑張ってる。

 最初は「陰陽師様に話しかけられるなんて滅相もない」とかそんな感じでみんな言葉を返してくれなかったが、陰陽術を使って畑仕事を手伝ったり、色々農具を見繕ったりしていると次第に話してくれるようになった。

 

 まぁ、頬に土付けてぼろい服を着た兄ちゃんが地面に座って飯を食ってる。

 これだけ見たらただの平民だしな。

 

 それに農具は頑張って千歯扱きとか鍬とかを作ってみた。あとテレビで見たなんとなーく覚えている程度の知識を使って

 『こんなんどうかね?』って言うと『なるほど、それをさらにこうすれば……』みたいな感じで会話が進んで行く。


「おっ?晴明さーん!おはようございまーす!」


「おー、おはよー。変わりないか?」


 そして今では仲良くなれました。

 割と短期間で仲良くなれたのは幸いだったかな?


「みんな元気ですよ。晴明さんが病気も治してくれるし」


「そりゃよかった。ところで、最近は小物の妖怪が多いと聞いたんだが」


「うーん……確かに去年よりは見るかもしれませんね。でも被害はどこの畑もないみたいなんで」


 被害がないようならいいけど、一度柘榴さんのところに行って色々聞いてみるかな。


 畑の淵を歩きながら色々と考え事をしていると、ふと畑の方から声が聞こえた。

 どうやら新しく耕している畑に大きな岩が埋まっているらしい。


 そこは得意の陰陽術で地面を動かしてポイッと…………岩でかいな。

 大人一人じゃ到底抱えられない大きさの岩。しょうがないので俺が持ち上げて山の方へ捨てに行くか。




 適当な場所で岩を捨てようと思って山に足を踏み入れると、そこから妙な気配を感じた。

 この山は俺が柘榴さん達のとこにいくために毎日通っていた山。山の生き物たちの気配も大体は読める。

 だけどこの気配はなんだ?鬼……じゃない。妖怪?おそらくそうだろう。けどこんな気配は感じたことがない。

 

 もしかして見られているのか?霊力を出して威嚇を……いや、力量を悟られるのも不味い。

 ……下手に警戒するのはよそう。ここは何も知らない振りで岩を捨てて帰ろう。








 岩を捨てて畑に戻るまで、俺の背中には嫌な気配が漂っていた。

 たまに俺が居ない時も畑が襲われたっていう報告はないし、だとするとあの妖怪の目的は俺?

 確かに強い妖怪は強い霊力を持つ者を好んで食べるというのも聞いている。


 ならちょっと試しに釣ってみるか。

 兵士達には今日の夜は巡回をしなくてもいいと告げ、今夜は俺が担当する。

 父には畑を狙う強い妖怪がいるかもしれないということは報告してあるから、万が一のことがあれば派手なアクションをしたら助けが来るだろう。


 さて、農夫達の仕事も終わり、日が暮れるころにはもう家の外に出るものなどいない。

 農夫達の家からも遠いこの畑の片隅で俺は霊力を雀の涙程度放出してから山に向かって叫ぶ。


「出てこい妖怪!貴様が昼間俺のことを見ていたのは知っているんだ!隠れてないで堂々と勝負しろ!」


 あからさまな挑発。これに一体どんな反応をするのやら……。


「どうした?怖じ気づいたのか?この陰陽師の名家に生まれし安倍晴明!妖怪ごとき下郎相手に逃げも隠れもしない!」


 ごめんなさい。名家とか嘘です。うちは中堅よりちょっと上ぐらいの家です。

 でもまぁこれで俺は『家柄第一の碌に妖怪も知らない馬鹿貴族』って思われたなら幸いだな。


 しばらくして山の中からガサガサと音が聞こえた。

 その音は徐々に近づいて来て、そしてついに月の明かりの下に姿を現した。


「…………蜘蛛。鬼蜘蛛か?」


「よく知ってるじゃないか。博識だねぇ、さすがは名家の坊ちゃんだ」


 人間の女の上半身に、下半身からは蜘蛛。巨大な体と長い6本の足。

 父から聞いたことがある。妖怪の中でも上位に入る強者だって。


「黙れ下郎!貴様ごときが名家の生まれである私に仇為すとは笑止!」


 鬼蜘蛛は眼を細めるが、それはすぐに戻ってから楽しそうに細められる。

 大方、少しイラッと来たが、予想通り世間を知らない坊ちゃんだと思って笑みがこぼれたというとこだろう。


「まぁまぁ落ち着きなよ。私はただ坊ちゃんに伝えたいことがあって来ただけさ」


「伝えたいこと……だと?」


 怪しすぎるだろっ!!と心で突っ込みながらも、それを顔には出さず少しだけ警戒の色を薄めながら首を傾げる。

 

「そうさ、最近よく雑魚妖怪達が山を下りてきてないかい?」


「ふむ、確かにそのような報告がきていると言っていたな」


「その理由はね。実は今鬼達が三つ向こうの山に集まってきてるんだよ。

 だから力の弱い妖怪達は居場所を無くしてねぇ。こうやって人里まで降りてきてるのさ」


 ……それって柘榴さん達のこと?

 確かに柘榴さん達は最近あの山に越してきたって行ってたけど、妖怪の住み家を奪うような真似はしないだろ。

 もし間接的にそうなっていたとしてもだ。この鬼蜘蛛には何の関係もないだろうに。

 鬼蜘蛛だって鬼の力は知っている。ならこんな楯突くような真似はしないだろうし、鬼の居ない場所へと逃げれたならそでにそこは鬼蜘蛛の独壇場だろう。

 それぐらい鬼蜘蛛は妖怪の中でも強い方なんだから。


「私も住み家を追い出された口でねぇ。まぁ相手は鬼なんだからしょうがないかって思ってたんだが、最近あの鬼達……この都を狙っているようなんだよ」


「何っ!?都をだと!?おのれ妖怪風情が……この神聖な都を汚そうとは……!!」


 な、何だってぇー!?てな感じで驚いて見せる。

 でもこの鬼蜘蛛、ここからどうやって俺を捕食するための嘘を並べるんだろうか。

 少し興味が出てきたな。


「坊ちゃんが怒るのも無理ないさ。それで最近はこの山の麓ぐらいまで鬼が近づいて来てる。と言ってもそいつらは偵察の使いっ走りだけどね」


「まさか私が警備をしている中でそんなことになっていようとは……」


「確かに鬼は強い……。でも今近くにいるのは使いっ走りが一匹だけ。

 もしこの鬼を倒してごらんよ?坊ちゃんの都での評価はうなぎ登り、そして仲間をやられて怯えた鬼達は山を去って行く。

 そうすれば私も元の住み家に帰れるってわけさ。どうだい?こんな醜い妖怪だけど、一晩だけ手を組んでみないかい?」


 …………馬鹿にしすぎだろこいつ。

 確かに今の俺は馬鹿で無知な名家のぼんぼんって設定だよ。

 だけども鬼がどれだけ強いかなんて都の子供でも知ってるっての。

 

 まぁ少し戦う力を持っちゃった調子に乗ってる餓鬼に見えたんだろうけど。

 ここまで馬鹿にされると流石に突っ込みたくなる。


 いや、突っ込まないけどさ。

 じゃないと変な演技した意味がない。


「そうか。なるほどな。よし、有益な情報を差し出した礼だ。私がその鬼を退治してやろうではないか!ハッハッハッハッ!!」


 鬼蜘蛛に背を向けて山へと歩みながら高らかに笑って見せる。

 背後で妖気がざわつくのを感じる。多分振り返ったら悪い顔で笑ってるんだろうなぁ。


 まぁいいさ。俺はただ待つとしよう。お前が本性を現すまで。









 山に入って1時間ほど。

 柘榴さん達の山はずっと左だと言うのに鬼蜘蛛は右を指し続けた。

 それに従ってひたすら山の中を歩いて行く俺。


 さっき気付いたんだけど、この山……糸が張り巡らされている。

 決して顔にかかるような位置でもなく足を止めるようなほどでもない。

 気付かれないような些細な仕掛け。


 だけどそれがいつか束になって強固な鎖となるってか。

 嫌らしい仕掛けしてるなぁおい。俺もこんな下手な演技にひっかっかる馬鹿妖怪って慢心してたら引っかかってたんじゃないかな。

 それぐらに判りづらい罠だった。


「くそぉ……鬼はどこだと言うのだ!さっきから山道ばかりで、体が、重い」


 本当はまだまだ余裕。

 だがこの先にある林にはおびただしいほどの糸の妖力が見えた。

 流石にあそこで戦うのは不味い。そろそろこっちから仕掛けるか?


「あの林の中さ。あそこで何時も偵察の鬼が休んでるんだ」


「私はもう疲れたぞ。鬼と戦う前にこれ以上消耗するわけにはいかん。お前がここまで鬼を連れてこい」


「ちょっと待ってくれよ坊ちゃん。そりゃ無理だよ。いくら私が鬼蜘蛛って言っても流石に鬼は厳しいねぇ」


「なに、ここまで連れてこれれば後は私が倒すと言っているのだ。早くせんか!」


 妖力が揺らいでいる。あからさまに苛立ってるなこれ。

 俺は腕を組む動作をしながら胸元から札を何枚か取り出し袖の中へと隠す。

 さて、もう獲物は針の目の前にいる。後は食いつくのを待つだけ。


「ふむ、どうしてもというなら問題ない。時に、ここらには本当に偵察の鬼が一匹しかいないのだな?」


「あ、あぁ。そうだよ」


「よし…………聞けぇ!!おろかな鬼よ!!貴様は都の周りを嗅ぎ回っているようだが、それは全てお見通しだ!!

 貴様が一匹だということも知っている!鬼ならばこの声が聞こえているであろう!?

 私は貴様に勝負を申し込む!!だが逃げるのも私は許そう!愚かな鬼は尻尾を巻いて山奥に帰るがいい!!」


 鬼ってのは基本馬鹿にされるとすぐに怒る。

 それに勝負事が大好きだからこんな挑発をされた日には雄叫びを上げて俺の元に向かって来るだろう。


 だがどうだ。林は沈黙を守り続けている。

 10秒、30秒、1分……そうやって時間が過ぎていく中、俺は気付かれない程度の微少な霊力を組んだ腕にある札に注いでいった。


「おかしいな。鬼ならばあの挑発を聞けば絶対に反応があると思ったのだが……本当にここに鬼は居るのか?」


「……おかしいのはあんたの頭だよ餓鬼」


 振り向くと口元が裂けた恐ろしい表情を浮かべる鬼蜘蛛の姿があった。

 全身から妖力が溢れ、俺のことを威圧している。


「な、なんだと!?」


「初めて見た時から畑を耕すような変な貴族とは思っていたが、これほどまでに馬鹿な餓鬼だったとはねぇ」


「鬼というのは嘘だったのか!?」


「そうさ、私があんたを食べるための嘘だよ」


「っく!滅せよ!!」


 そう言って懐に入っていた適当に作った札を鬼蜘蛛に向けて放つ。

 それは小さな爆発を起こして鬼蜘蛛に当たるが、鬼蜘蛛は何事も無かったかのように当たった場所を見た後、俺の顔を見て笑った。


「く、来るな!!」


「そう逃げないでおくれよ。食べづらいじゃないさ」


 俺は逃げる。必死で逃げる…………演技をする。

 なんだろう。ここまで来るとあいつが完全に勝ったと思った瞬間で逆転してやりたい。

 あの威圧は本気だった。俺の読み違いであれが半分程度の妖力だったとしても俺なら対処出来る。

 鬼と毎日組み手してたんだ。あれぐらいの妖力と威圧でびびるほど俺の精神は繊細じゃなくなった。


「っぐ、うわぁ!!」


 徐々に体が重くなって行き、そして最後はつまずいて倒れる。

 我ながら迫真の演技だな。この方法は使えるかも。


「体が重いんだろう?そりゃあそうさ、この山全体には私の蜘蛛の糸が張り巡らされている。

 つまり、あんたがこの山に入った時点であんたは私の掌の上だったってことさ」


「や、やめろ!!」


「運が悪かったねぇ、あんたはここで終わりだよ。死にな!!」


「うわぁぁぁぁぁあ!!それっ」


 うわぁぁぁぁぁあっていいながら腕を伸ばす。

 その手にあるのは先ほどから微少に霊力を流していた札だ。

 最初から少しでも霊力を流し続けていたら、初動無しで札を発動することが出来る。

 投げられた札が鬼蜘蛛の腹に当たるのと同時に袖に仕込んでいた防御術の札を展開。


 瞬間、山を揺るがすほどの爆発が起きた。

 


「おー。本気で札使うとこうなるのか。気を付けよっと」


 地面には軽いクレーター。近くの木は延焼を通り越して炭になっている。

 そして肝心の鬼蜘蛛は下半身が完全に吹き飛び、人間の上半身だけとなっていた。

 

「お……の、れ……」


「まだ息があったのか?流石は妖怪、とんでもない生命力だな」


「お、のれ……だましおったな!」


「その言葉、そのままお前に返すよ。陰陽師甘く見るんじゃねえっての」


「陰陽師か……く、はは、ははははは」


 何故この状況で笑えるんだ?

 まさか奥の手があるのか?


「貴様らは滅ぶさ!鬼神の手によって!もうすぐ現れる……こっちに向かって来る」


「鬼神……?おい、何だそれは」


「自分の目で……確かめな。人間など……あれ……に、は……」


 死んだ……か。

 最後にこいつは何を言おうとしたんだ?

 鬼神?柘榴さん達じゃない鬼だろうか。


「はぁー……まずは帰るか。柘榴さんに聞くのは明日にしよう」


 もう夜も遅い。早く帰らないとまた怒られる。

 そう思って俺は全身の糸の残りを払いつつ山を駆け下りていった。

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