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 安倍晴明15歳です。

 対魔の術を習い始めてはや5年。

 基礎的な座学を終えた俺はひたすら実践のみという父の指導の下毎日元気に叩き潰されていた。

 

 だってさ?覚えたての火の陰陽術を父に向けて放ったら


『甘い!水流葬!!』


 とか言って本気の術で俺の術ごと俺を押し流した。

 父の指導は至って簡単。父が全力で術を放って、それを俺が術で防ぐという訓練だ。

 剣の稽古で足腰には自信がついて来ていたから、逃げて躱そうと思ったんだが、それをしたら父にダメだしをくらった。

 曰く、「躱すのも大事だが、術を目の前に恐れない胆力を作ったり躱せないときの訓練として術の稽古の時はそこから動くな」と足元に直径1mほどの円を描かれた。

 そしてその円の中で俺は毎日死にものぐるいでもがいている。


「よし!そこはその対処でいい。次いくぞ!!」


「ちょっ、まっ!くそっ!!」


 巨大な炎の玉がいくつも飛来する中を俺は風の術と水の術を使って受け流し、防ぐ。

 やがてその炎の玉の弾幕の中に地面から生えた土の弾丸が混ざり始めた。

 それに対しては俺も土の弾丸を用いて相殺していく。

 

 防いでいるだけでなく攻勢に出ることも許可されてはいるが、今まで攻撃できたことは一度もない。

 良くて父の横を通り過ぎるぐらいのものだ。

 

「三種の属性の同時使用は様になってきたが、それに気を取られすぎだぞ!」


「っく……は……!?おぅわ!!?」


 足元に水が流れてきていたのは分かっていたが三種の同時使用中に足元を気にする余裕なんて毛頭ない。

 足元の水が意志を持ったかのように俺の足を絡め取ると、俺は軽々と持ち上げられ水の腕に逆さ吊りにされてしまった。


「くっそ~……」


「はっはっは!あの場合は土の壁を作るか、それとも地面を割って水を消し去るかしないとな」


「分かったから早く下ろしてくれ。頭に血が……」


 ゆっくりと頭から下ろされた俺は地面に座り込んでため息をつく。


 どうやったら勝てるんだろう。

 とりあえず良い感じの勝負は出来るようになってきたけど、それ以上の結果が出せない。


「まだまだ親として、先輩としても負けるわけにはいかないさ。あと10年したら完全に越えられる自信はあるがな!」


 ケラケラ楽しそうに笑う父を尻目に俺は道場へと移動。

 ここからは師範との剣の稽古だ。


 剣の稽古は割と良い勝負をするんじゃないだろうか。

 師範に本気を出させられるようにはなったし、霊力で強化しなくてもまともに打ち合えるようにはなった。

 10本中1本は勝てるようにもなってきたしな。


「とは言ってもまだ体力が足りませんな。これからは走り込みも稽古にいれましょうか」


 打ち合っていると師範が突然そんなことを言った。

 確かに、運動の基本は走り込みだが、俺の場合体を温める目的で最初に流す程度の走りしかしていなかった。

 あとは稽古で体を痛めつけて筋トレを行ってという方法だったが、そう言えば走り込みってしてなかったな。


「では今度から近くの山まで走ってくるとしましょうか」


 俺はこの考えに大賛成だった。

 基本的に貴族というのは家からあまり出ないものだ。それが子供ならなおさらのこと。

 街に出たことは何回かあるが、都の外というのは俺に取ってまだ見たことの無い世界だった。

 幸い、その近くの山ぐらいまでは安全が確保されているので別段危なくなったりとかいうのはないとのこと。


 師範の話では明日から山までの走り込みを行うとか。

 楽しみだなぁ……山登り。








 翌日、今日は絶好のハイキング日和!……ではなく稽古日和。

 とは言っても基礎体力的には問題ないので走りながらのハイキングになりそうだ。山自体も小さいしな。


「では行きますぞ。今回はもしものことを兼ねてもう一人同行させますよ」


 といって師範の後ろから現れたのは若い二十歳ぐらいの青年。

 俺は挨拶を交わすとすぐに師範と共に山の方目掛けて走り出した。




 山の麓まではのどかな畑が続き、山に入ると鹿やイノシシと言った野生生物たちを沢山見ることが出来た。

 すごいな、さすが昔の日本。こんな人里近くに鹿やイノシシがいるなんて。

 そんなことを考えながら上へ上へと三人は駆け上がっていく。

 俺が凄いなんてことは言わないが、この護衛の人も顔色一つ変えずにこの速度に着いてくるのか。

 というか、俺と護衛さんに話を振りながら笑って先頭を駆け抜けていくこの50歳近くの師範は何なんだ。

 化け物なのか?


「そろそろ山頂ですな。あともう一息ですよ晴明様」


「やっぱり、ここまでくると……流石に息が切れる」


 少し切れ始めた息で何とかゴツゴツとした斜面を登っていき、俺達が到着したのは見晴らしのいい山頂だった。


「…………すげぇ」


 山頂からは都全域を見渡すことができ、その美しい姿に俺は固まってしまう。

 

「ここは私の自慢の場所なんですよ。ここを見るためなら頑張って走ってこれるでしょう?」


 そう言った師範は暫し俺と一緒に都を見下ろした後、「さぁ、下りも走るぞ!」と言って駆けだした。







 下りを走りきった後はすぐさま剣の稽古。

 とは言っても基本は大体終わっているので、師範と共に行うのは組み手だけだ。

 組み手を行い、基本の稽古は残った時間に見てくれる。

 師範も疲れているだろうけど、そんな顔一切せずに組み手を行ってくれる。

 この人はどれだけ強靱な肉体をしているんだ…………。




 こうして朝は父と術の稽古。昼は走り込みからの師範との剣の稽古。夜は自習&知識の書留。

 こんな糞真面目な生活を俺は行っていた。

 

 現代では特に特技や趣味といった物もなく、かといってバイトをするわけでもない。

 そんな暇で、何をしていいのかも分からず、ただ焦りが募っていくような生活だった俺。

 

 だからだろうか。こうやって明確な使命や目標と言う物を持っているということがとても幸福な気がする。

 それのために頑張ることは決して辛い事じゃないと思える。


 ……なんだこの糞真面目な人間。

 でも実際にそう思ってはいる。前にも言ったけどこの時代の遊びをしている寄りかは楽しいしな。







 術を習って、走って、剣を振って、読み書きして。

 そんな生活が1年経ったころ。その頃にはもう稽古は新たな段階へと来ていた。


 父との術の稽古は都の所有する大きな修練場で行い、お互いに動きながらの術のみの組み手に変わった。

 そこには他の貴族や陰陽師の子供達もいたが、どうやら彼らは小さい頃からの仲らしい。


 俺が来た瞬間『誰あいつ?』『どうせ名もない貴族のところの子だろ?』などの話が始まった。

 父もこれには気付いていたようだが、特に怒る様子も見せずに、一番人が居ない場所へと移動すると「よし始めるか!皆さん気を付けてくださいねー!」と声を上げる。

 それから始まったのは今まで見たことのない父の怒濤の弾幕だった。


 以前までは動けないっていうハンデがあったからか、攻撃の量は俺がギリギリさばききれる量と決まっていた。

 だけどこれからの俺は避ける事も許可されているから攻撃を制限する必要もない。


 目の前を覆い尽くす弾幕に俺は慌てて距離を取りながらも水の障壁を出して弾幕をなるべく消し去る。

 俺を覆い尽くそうとする土の大波を風で切り裂き脱出。そのまま父の元へと向かって風の弾丸を飛ばすが、父はそれをさらに巨大な風で粉砕した。

 

 父の目を撹乱するために肉体強化で移動しながら炎の弾丸を放っていくも、父もまた高速移動で俺の攻撃を躱していく。


「これが父上の本気っ……かよ!」


 必死に躱しながらもこちらから攻撃。

 それを父は最小限の動きで躱しながら俺の倍以上の手数で攻めてきた。

 細々した攻撃では倒すことは出来ないと悟った俺は短期決戦を仕掛ける。

 俺に出来る最大出力で術を使って火力押しで勝つ!!


 それに応じるように父も少しだけ距離を取って霊力を込め始めた。

 

 同時に放たれた術は威力は同時。すでに術の準備を始めている父を見て属性を判断。

 対になる属性の術を準備してすぐさま放つ。


「っつ!?あれは囮か……!」


「いや、囮じゃないさ!!」


 俺が放った対になった属性、のさらに対になった属性の術が俺の術とぶつかった。

 そうして押し負けた俺の術は消え去り、父の攻撃が俺に迫る。

 なんとか相殺できるぐらいの術を放つことができたが、父が最初に囮に使っていた術が俺に向かって飛来する。


 そこからはひたすら父の術に力押しされてずるずると押し負けていった。


 はぁ……何もかも負けた気がする。


「そう落ち込むな。周りの反応を見てみろ」


 父に言われて周りを見てみると、呆然とした表情の子供達が眼に入った。

 そう言えばここに来る時子供達は初歩中の初歩の術を習っていた気がする。

 

 なるほど、俺は周りから比べればまだ出来る方なのか。

 ……って言ってもあれだけ訓練してたんだからな。それぐらいの差が無かったらもう俺は立ち直れない。


「でも父上に勝てなきゃ意味ないって。父上はこれから仕事だったっけ?」


「あぁ、だから今日はこれまでだ。それと、明日からはここに集合するように」


「分かった。行ってらっしゃい父上」


 宮中の仕事に向かう父の背中を見送ってから、俺は足のウォーミングをしてから走り出す。

 今日はどのコースで走っていこうかなぁ。







 山までの走り込みを始めてから、俺は色々と道を変えて走ってみることにしている。

 川の袖を走っていくコースや、途中で険しい岩肌があるコース。楽なコースもあればアスレチックのようなコースも。

 そんなコース選択を俺は畑道を走りながら選ぶ。


 よし、決めた。今日は川を上っていくコースにしよう。

 たしか今日は師範が宮中に呼ばれているだかで来れないはずだし、折角だから何時もよりもうちょっと川上に行ってみよう。

 


 畑に恵をもたらす川は、山を登るにつれて動物たちの恵にもなっていく。

 水を飲んでいた動物たちが俺を見つけて少しだけ離れていく。

 それでも少ししか離れないってのはまだ人間をそんなに恐怖と感じていないからなんだろうか。

 

 そうしてたどり着いたのは川に向かって斜めに伸びた木。

 ここから山の方へと上っていく獣道があって、そこを何時もは通っているんだが、今日はこの木の下を通って更に先の川上を目指す。


 

 川上へと至る道のりは少し急な斜面や川の流れがきついところなどもあったが、人の手が入っていない綺麗な原風景だった。

 秋になったら綺麗なんだろうなぁ、なんて呑気なことを考えながら走っていると、ふと目の前にある物が写った。


「あれは……人?」


 川辺で寝ている少女。

 おそらく俺と同じ10歳ぐらいだと思う。

 その少女は意識がないようで、それに体が濡れて酷く冷たくなっていた。

 

「お、おい大丈夫か!?」


 慌てて俺は彼女の口元に手を当てて呼吸を確認する。

 よかった……まだ息はしているみたいだ。


 俺はすぐに山の中に入って枯葉や枝を拾い集めると彼女の元に戻って術を使って火を付ける。

 その…………彼女には悪いが、えっと。濡れている服を着ているってのは……な?


 それに俺はロリコンじゃないし、そして俺はまだ11歳だし、眼は瞑ってるし。

 

 言い訳をしつつ少女の服を乾かすために脱がし、その間は俺の上着を少女に掛けておいた。

 服は最速で乾くように火と風の術を使って全力で乾かす。やれば出来るもんだな、ものの10分くらいで乾いた。


 そしてなるべく見ないようにしながら服を着せて彼女に暖かい空気を送る。

 熱風で暖まった服を着た効果と、温風を当てていたのが効いたのか、すぐに少女の体温は人肌に戻って来た。

 

 後は、そうだな。放っておくわけにはいかないし、かといって背負っていくにもどこへ向かったらいいのやら。

 まずは少女が起きてから考えよう。

 

 そう言えばまだ髪を乾かしてなかったっけ。

 この今さっき覚えた術式ドライヤーを使えば少女の長い黒髪もすぐに乾かせるぞ。


 少女には失礼して膝枕状態にする。

 そして艶のある黒髪を優しく乾かしていたら、あることに気がついた。


「後は根本を…………って。え?これ、なに?」


 大体乾かした後、根本でまだ濡れている場所がないかと優しく触っていたところ、手に何かが当たった。

 恐る恐る長い髪をかき分けてその正体を見つけた瞬間、俺の体が固まった。


 つ、角……なの?これ。


 おそらく、いや間違いなく角だろこれ。

 

 ということはこの子は鬼?ど、どうしよう。流石に俺強くなったぜって言っても鬼に勝てるわけないっての。

 この子供の鬼ならまだ勝てるかもだけど、親鬼が出てきたら勝ち目はゼロだ。


 よし、ここは早急に退散……


「ん……うぅん…………誰?」


 ゆっくりと俺の膝にあった少女の頭を地面に戻そうとしていたところで少女の目が開いた。


 ……退散は失敗のようです。


「……誰?」


「…………お、俺は安倍晴明。君は?」


「久遠」


 作戦は変更。どうやらいきなり叫び声を上げたり泣かれたりとかはしないようなので、ここは静かに別れを告げて退散する方針に変更だ。


「覚えてる?君は川に流されたらしいんだけど?」


「……思い出した」


「そう。痛いところとかない?」


「……足、痛い」


 足が痛いと申すか。

 きっと川で流されている時に岩にぶつけたか、それとも足を痛めたのが原因で川に流されたか。

 とりあえず立てそうにないこの子鬼の少女。マジでどうしよう。


「あのさ、君の家はどこかな?」


「えっと……あっち」


「それじゃあ一緒に行こうか?」


 何聞いてんだ俺はぁぁぁあ!!

 自ら鬼の住み家に飛び込むような真似するなんて……!

 で、でも目の前で痛そうに足を擦りながら泣きそうな表情してる10歳ぐらいの子がいたらどうする?

 助けるだろう普通。そうだ、俺は人として何も恥じることはしていない!


「それじゃあおんぶするから、背中に乗って」


 何の疑いもなく俺の背中に乗るこの少女がいきなり「いただきます」なんて俺のことを食い千切るなんて思えない。

 いや……親鬼は分からないけどさ。


 でも見た限りこの子鬼は随分と人間に近い見た目をしている。

 ならば人間を食べるなんてことしないんじゃないのか?


「そう言えば久遠のお母さんってどんな人……いや、鬼?」


「お母さん、怒ったら凄い怖い」


「そ、そう……(リアル鬼嫁?)

 その思ったんだけど、久遠のお母さんは人間とか食べたりするの?」


「んー…………たまに?」


 喰っているんですね。

 あれ?これって本当に大丈夫?

 






 途中で久遠を下ろして都に帰ろうかと悩んだこと25回。

 それでもいつの間にか俺の足は川上へと向かっていき、そして何かを感じた。


「お母さん」


 その何か、それはおそらく妖力と呼ばれる物。

 父から話しは聞いていたけど、こんなにマジマジと感じるものだとは。

 感じる方向は、川の向こう岸の山を行ったところか。


「ちょっと跳ぶよ。捕まって」


 体に霊力を纏って川を走り幅跳びのように跳び越えた。

 それからはひたすら前人未踏の山の中をひたすら進む。

 本当なら迷ったりとかするであろうこの道なき道も、強大な妖力という道しるべのお陰か苦もなく進んでいける。

 

 そうして俺と久遠はたどり着いた。

 鬼達の集まる丘へ。




 なだらかな丘には無数の鬼がいて、そのどれもが各々自由な行動を取っている。

 昼寝を行う者、酒を飲む者、喧嘩をする者……けどそんな鬼達の中で一人だけこちらを睨みつけている鬼が居た。


 木の根元に腰掛け、腰まであるボサボサの黒髪に着流し、その上に陣羽織のような物を羽織った女性。

 しかしその黒髪からは短いながらもしっかり角があるのが見てとれた。

 色白でとても整った顔。うん、久遠はお母さんそっくりだ。将来美人になりそうだね。


「あれお母さん」


 言われなくても分かった。そして俺がこれからどうなるのかも分かった。

 あぁ、短い第二の人生だったな……。


 そう考えながら久遠を背中から下ろすと、俺のことを睨みつけていた女性がおもむろに立ち上がりこちらに歩いてきた。

 

 俺の目の前で止まったその女性、いや鬼を俺は見上げてなんとか眼を反らさないようにしていると、鬼は手を振り上げる。


 父さん、母さん、師範。……ごめん。


「こら久遠!!一体今までどこほっつき歩いてたんだい!皆がどれだけ心配したか分かってるかい!!」


 振り下ろされた拳骨は俺、ではなく隣の久遠の頭に落とされた。

 ゴツンという痛い音が鳴った久遠の頭。堪らず久遠は頭を押さえて涙目で母親を見上げる。


「ご、ごめ……んなさ……ぃ」


 かすれる声でそう言った久遠は押さえきることが出来なかったのか、静かに泣き出した。

 

「……はぁ。全くもうこの子は……」


 呆れたそうなため息をつきながらも久遠の母親は膝立ちになって久遠を抱きしめ頭を撫でた。


 いい母親だなぁとか思いつつ俺は家族の邪魔をしないようにそーっとその場を離れて木の木陰に移動する。


「良くやった坊主。あのままだと姐さんが本気でキレるところだったんだ」


 危機を脱したと言うところで一息ついていると、不意に木の後ろから現れた鬼に話しかけられる。

 ここは学生時代に培った知らない人と普通に話しかける能力で切り抜けるしかない!


「キレるって、久遠のお母さんはそんなに怖いんですか?」


「怖いなんてもんじゃねぇって。久遠ちゃんが居なくなったって知ってすぐに山ごと消し飛ばして探そうとか言い出したんだ。

 しかもそれを姐さん一人で出来るんだから笑えねえ。それをようやく俺達で止めてもうちょっと待とうってなったんだが、それも限界が近かったんだ」


「そこに坊主が久遠ちゃんを連れて登場ってわけよ。いやぁ、一時はどうなることかと思ったぜ。ありがとな、人間の坊主」


 徐々に集まってくる鬼達。

 なんか鬼側も色々と大変だったらしい。

 て言うか、俺のこと食べたりしないの?


「食べないのかって?そうさなぁ、俺は襲われた時ぐれぇしか食べねぇな。

 それよりも俺は鹿の肉の方が好きだしな。そんなもん鬼によるだろ」


 つまりは味覚の違いってことなの?

 

「そりゃ人間の味が好きで食べてる奴とかもいるが、ここにはそう言った奴はいないな。

 骨ばっかりで食べずらい上に肉は少ないときたら誰も食べたがらないだろう?」


 それは確かに。

 そんな目から鱗の会話をしていると、久遠とその母親が手を握ってやって来た。


「久遠から聞いたよ。久遠を助けてくれて本当にありがとう。ほら、久遠もちゃんとお礼をいいな」


「晴明……ありがとうございました」


「いえいえ、どう致しまして」


 何でだろう。見た目おっかない鬼達と普通に世間話したせいか、そこらの鬼よりも人間寄りな見た目をしている二人に全然動じなくなった。

 今でも妖力の威圧感はとんでもないが…………。


「それじゃ、俺はそろそろ帰りますんで」


「ちょっと待ってくれないかい?娘を助けられてその恩人をただで帰すなんてのは出来ないよ。

 少しでもいいから何か礼をさせてくれないかい?」


 と言われましてもなぁ……。

 金……はあまり必要性を感じないし。

 食料……には困ってないし。

 別段望みとかいうのはないかなぁ。


 でも本気で何か礼をしたいらしいし、何かを言わないと返してくれないだろう。

 そうだなぁ、だったら


「俺の組み手の相手になってくれませんか?」


「……組み手かい?」


「はい。俺、強くなりたいんです。どうかお願いできませんか?」


「そうか、身なりがいいと思ったけど陰陽師の息子かい。でもいいのかい?陰陽師の息子が鬼に組み手を頼むなんて」


「それで強くなれるのなら」


 正直、最近は相手がマンネリ化してきたと思っていたところだ。

 だったら本物の妖怪との実践訓練なんてのもいいかもしれない。いや、こんな貴重な体験はないだろう。

 

 久遠の母親は俺の目をまじまじと見つめた後、不敵な笑みを浮かべた。


「面白い坊主だねぇ。…………気に入った!きな!さっそくやってやろうじゃないのさ!」


 周りの鬼からもどよめきが起こる。

 そんなに驚くことなのだろうか。いや、そりゃ人間の子が鬼に喧嘩吹っ掛けたんだから驚くか。






 案内されたのは鬼達の丘でも広く平らな場所。

 そこに立った俺と久遠の母親。


「最初に自己紹介と行こうか。私は柘榴ざくろ。久遠の母親だよ」


「安倍晴明です。陰陽師の息子です」


「よし、それじゃあ晴明。あんたは私に一撃入れられたら勝ち。あんたが気絶したら負け。これでどうだい?」


「分かりました!」


「良い返事だ…………きな!!」


 あ、あの……殺気全開なんですが。

 頼んだのは組み手であって殺し合いじゃない……よな?


 でももう引き下がるなんてころは出来ない。俺は半ばやけくそで術を放った。


「こんな威力じゃ私には通用しないよ!」


 予想通り火の弾丸は手で軽々とはじかれた。

 ならもう少し霊力を込めたパンチのあるやつを、連射で撃ち出す。


 炎の弾幕、そして足元を安定させない地面からの土の隆起。

 その間に俺は高速で動き回って弾幕の真横から柘榴さんに迫る。


 視界が遮られている今、右手に集めた渾身の霊力をそのまま叩きつければ!

 俺の掌底は見事に柘榴さんの脇腹に入った。威力の余り数メートルほど飛ばされた柘榴さん。

 俺は少し息切れをしながらも構えたまま柘榴さんを見る。


「ふーん。こりゃあ予想以上の一撃だねぇ、わざととは言え一本骨を持って行かれるなんて」


「はぁ……はぁ……その割に余裕そうですね」


「骨の一本や二本私にとっては意味ないんだよ。ほら、もう治った」


 ……嘘だろ?

 いや、骨が折れてたってのも嘘かも。それとも治ったってのも嘘?

 でもこの人が嘘をつく理由なんてないし、嘘をついているとも思えない。


「信じられないって顔だねぇ。そうだね、晴明には教えてやるか。私達妖怪の中にはたまに強力な『能力』ってのを持ったやつがいる。

 私達鬼の中だと私を含めて3人かねぇ?そして私の能力は『傷を治す程度の能力』」


「つまり、絶対傷つかないってことですか?」


「正確には違うけどね。まぁそんな感じさ」


 勝てないのは分かっていたけどここに絶対勝てないという確証が出来た。

 どうする?絶対に勝てない相手にどう戦う?というより戦う自体が間違いだろう。


「どうした?その程度で怖じ気づいたのかい?情けないねぇ、結局はいいとこの綺麗な物しか知らない坊ちゃんかい。

 本当に強くなりたいならもっと泥臭く戦ってみな!!」


 泥……臭く……。

 そう言えば俺は泥にまみれたような経験ってのはあったっけか。


 現代にいたころも、失敗するのを恐れて多分こんな分の悪い勝負はしなかった。

 転成してからもそうじゃないか?父や師範に手加減されて、体力切れで負ける。

 ぼこぼこにされるというのは無かった。


 泥臭くか……いいじゃないか、泥臭く。

 誰も見てないんだ。誰も知らないんだ。体裁を繕う必要なんて……ない!


「うぉぉぉぉぉお!!!」


「(まだこんな霊力を残してたのか……随分楽しませてくれる坊主だねぇ)」


 この後どうやって帰るかなんてしらない。

 この後の稽古の体力なんて考えない。

 

 俺はただ霊力全開で柘榴さんに向かって行った。

 

 遠距離からの攻撃の意味は皆無、なら接近戦で押し勝つ!


 鬼に比べたら人間の子供なんて紙にも等しい体だけど、それを霊力で底上げしてなんとか対等に渡り合う。


「いいねぇ、私の拳を真っ正面から受け止めようとしたのはあんたが初めてだよ!!」


 蹴りを躱し、拳を受け止め、こちらも霊力を限界まで込めた拳を叩きつける。

 

「っつ……痛いねぇ。でも、それ以上に楽しいよ晴明!!」


 完璧なタイミングで入った柘榴さんのボディブローは俺の鳩尾を捕らえた。

 腹回りは霊力でガチガチに固めていたが、それでもたった一発の拳に意識を刈り取られそうになる。


 前のめりに倒れそうな体をなんとか右足で踏みとどまり、未だ腹に突き刺さる腕を掴んで思い切り投げ飛ばした。

 投げられたことに驚いた柘榴さんが体勢を整える前に、俺は拳に全霊力を注ぎ込む。


 拳が悲鳴を上げて血が噴き出しそうになるが、もう後には引けないんだ。


「くたばれぇぇぇぇぇえ!!!」









「ふう、久々にこんなに能力を使ったよ」


「姐さん、大丈夫ですかい?」


「心配ないよ。私は腕を折られただけだからね」


「いや、姐さんじゃなくて坊主の方ですよ」


 晴明の最後の一撃、それは地面に着地したばかりの柘榴を捕らえた。

 まだ体勢を整えきれていない柘榴は腕をクロスさせて防ごうとしたが、晴明の拳は柘榴の腕をへし折った。

 腕を折ることが出来たが柘榴の体には届かず、晴明はそこで意識を失った。


 最後の一撃を放った右の拳からは止めどなく血が流れていて、どれだけ無茶な一撃をしたのかが見て取れる。

 柘榴はすぐに晴明の体を治して寝かせると、その寝顔を見て微笑みを浮かべる。


「まったく……良いとこの坊ちゃんに見えても、やっぱり男の子だねぇ」











 ん……なんか、体がだるい。


「晴明!起きたのか!」


「あぁ、よかった…………」


 父上に、母さん?なんでそんな顔してんの?


「僕は…………」


「お前、鬼の子供を助けたんだって?それで疲れて倒れたらしいじゃないか。

 気絶したお前を鬼が都まで背負ってきた時は心臓が止まるかと思ったぞ」


 そうか、久遠を届けて、柘榴さんと組み手して、そこから記憶が……。


「柘榴さんは…………?」


「あの女の鬼のことか?お前を届けたらすぐに帰ったよ。

 確か『またおいで』と伝えてくれと言われたんだが、お前一体何してきたんだ?」


 ただの組み手だって。

 今度からは走り込みの後に柘榴さんのところに寄っていくかな。


 でも父上、後で話すから、今は……ちょっと寝かせて…………。 

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