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 俺こと安倍晴明がこの時代に生を受けてから10年。

 10歳になった俺は様々な情報を収集していた。

 最初は何で転成したのかということを考えていたが、たどり着いた結論は『俺はあっちの世界で死んだ』と言うこと。まぁ予想だが。

 そして輪廻転生し今ここに至ると結論づけたが、勿論答えを知ることなどできない。

 それでも俺にとってはこの世界で生きる踏ん切りを付ける理由にはなったみたいだ。


 次に調べたのは自分を取り巻く環境。

 だがこれは幸いにもすぐに分かった。

 自分の名前は安倍晴明、そして父は陰陽師、家の作りは純日本家屋。

 そう、ここは平安時代で自分はあの伝説の陰陽師、安倍晴明に転成したらしい。

 

 俺はこれを知ったとき驚きのあまり我を疑った。

 どうなるのか不安で仕方がない。そんな彼が転成して初めて興味を持ったもの、それは陰陽術。

 

 幼い俺に父が見せた陰陽術は式紙が空へと飛び、それが燃え上がるというもの。

 陰陽術なんて所詮占いなどをやるだけ、そう考えていた彼の目の前にあったのは本物の魔法と言った類のファンタジーだった。

 そして俺はまともに喋れるようになってから父に向かって言ったんだ。


「私に陰陽術を教えて下さい!」


 父は初め子供の遊びかと思い、もう少し大きくなったらな?とうやむやにしようとしたが、俺は一週間父の元に通って懇願し続けた。

 そのかいあってか父は8日目についに折れて陰陽術の練習を始めることとなった。


 そんな始まりから毎日陰陽術の鍛練をしてからすでに4年。

 今では一人で街に出ることも出来るし読み書きも出来るようになった。


「晴明様、次は剣の稽古の時間です」


「あー、ちょっと待ってくれ。もう少しで書き終わるから」


 美しい日本庭園を望む窓がある落ち着いた部屋、それが俺こと晴明の部屋だ。

 俺は正座をして筆を持ち、机に向かってあることをひたすら書き連ねていた。


「よし、今日はここまででいいかな」


 墨が乾いたところで巻物をまき直して押し入れの中へと放り込む。

 そして俺は呼びに来た女中と共に道場の方へと向かった。


「今日も何かを書いていらしたようですが……一体何を書いていらっしゃるのですか?」


「秘密さ。でもいつか役に立つとは思ってる」


 さっき書き連ねていたのは俺が学生だった頃の現代知識。

 高校で習ったこと、大学で習ったこと、メディアから得た知識。料理のレシピ。

 深いことは知らない浅い知識であろうとも彼は自分が知り得る物を全て巻物へと残して行った。

 それはある種、自分があの時代にいたという証明を残したいからなのかもしれない。

 

 そんな未来の知識が詰まった押し入れだが、誰もその知識を利用することは出来ないだろう。

 なぜなら巻物の文章は全て現代日本における日本語だからだ。

 カタカナやひらがな、そして英語も交えて書かれたその文章を今の人間に理解するのは到底不可能だ。

 

 実際、一心不乱に巻物を文字で埋めていく我が子の姿を心配して両親がこっそり巻物の中身を覗いたことをあったが、二人とも首を傾げる結果となった。

 

「おぉ、晴明様。今日は少し遅かったですな」


「悪いね、ちょっと書き物をしていて」


「はっはっは!流石は次期陰陽頭ですな!ですが上に立つ者は勉強だけでは成り立ちませんぞ!」


 ということで今は陰陽術の勉強と剣の稽古を行っている。

 陰陽術の勉強は自分自身の興味でもあったが、本来俺は運動はあまり得意ではない人間だ。

 そんな俺が必死に剣を振るう理由、それは両親の期待というのもあるが、一番大きいのは『安倍晴明として恥ずかしくない人間にならねば』という使命感だった。

 そんな使命感に駆られ、俺は必死に剣を振るう。


「おぉ、だいぶいい太刀筋になってきましたな」


「くっ……そ……!」


 だがそんな使命感も2年も経てば変わっていった。

 最初は使命感だけだった剣は、次第に勝ちたいという思いへと変わっていき、そして今ではこの師範を越えてみせるという目標を持っている。

 

「儂の剣をまともに受けようなど!それでは腕が持ちませんぞ!」

 

 師範の猛攻を躱し、受け流すが流石に10歳の体にはこの稽古は辛い。

 その内思いついたのがこの身に宿る不思議な力、父の言う霊力を使って体を動かすという技術だった。

 霊力を全身に纏って体を動かすのと同時に霊力も動かす。そしたら2倍の力で動くことができるんじゃね?って考えだったんだが、予想以上の出力に体が悲鳴を上げた。

 

 まぁ霊力を制御する訓練も今行っているから、この剣の稽古でも少しずつ霊力を纏っての攻防が出来るようになっている。


「いい切り込みでしたな!ですがまだ甘い。そこはもっと脇を締める!」








 稽古が終わるとすぐに俺は道場の床にぶっ倒れた。

 そりゃそうだろう。全力で剣を振って、霊力使って、痛い思いして、精神すり減らして。

 それでも師範は息一つ切らさずに立っているんだが。


「自分で叩きのめしておいてなんですが、本当に晴明様はよくやりますな。普通の子供だったら蹴鞠などの遊びに夢中の年頃でしょうに」


 全力で動いて朦朧とする頭に聞こえてきたとんな呟き。

 確かにこの歳でこんな訓練を行う子供なんて異例だろうな。

 けどさ、この時代の遊びってのはなぁ……正直言ってつまらん。

 蹴鞠とか色々貴族の遊びがあるけど、現代にいたころのゲームや遊びの方が楽しいのは当たり前だし。

 

 それにもう一つの理由としては、現代にいた頃の後悔みたいなものがあるからかもしれない。

 あっちでまだ生きていた頃、俺がいたのははっきり言って無名の大学。

 来年には就職活動だというのに資格もなければ特技も無かった。

 不景気な社会が悪い!なんてのは言わない。これは俺が中学高校と遊んでいたのが悪い。それは分かってる。

 友達と楽しく遊びながらも先輩達の就職が決まらないという話を聞いて、俺は「なんで昔の俺は努力をしなかったんだろう」と馬鹿なことをしばしば考えていた。

 

 そんな俺の後悔。今頑張っておけば将来何かしらの役に立つ時がくるという教訓。

 それがあるから俺はこんなにも頑張れるんだと思う。


「陰陽術が楽しいんだ。もっともっと上手くなって父上を越えたいしね」


「それはそれは、お父上も鼻が高いでしょうな。……そろそろ時間ですな。では私はこれで失礼させてもらいますよ」


 師範はこの屋敷の護衛頭でもあるらしい。

 師範の背中を見送りつつ、俺はゆっくりと起き上がると女中に連れられて湯浴みへと向かった。






 湯浴みをして、疲れた体を癒すために布団に入って夕方まで昼寝。

 これが俺のライフスタイルかな。昼寝した方が身長が伸びるとも聞いたことあるし。

 そして夜は夕ご飯の時間に起こして貰って家族団らんの時間を過ごす。

 何故かは聞いたことがないが、父は妾を囲っていないらしい。

 この時代なら妾を囲っていて普通とか本で読んだことがあるんだが、父は異色なのだろうか。

 でも母のことは本当に愛しているらしいから俺としては嬉しいけどな。


「そうだ晴明。明日からは対魔の術の基礎をやることにしたからな」


「本当ですか!?」


「ちょっとあなた……まだ晴明は子供なのよ?それなのに対魔の術なんて危険な物を」


 対魔の術、端的に言うと攻撃のための術であり、妖怪達と戦うための陰陽術だ。

 父から渡された巻物に記されていたのを読んだことしかなかったけど、これで俺も対魔の術を使える!

 

 そう思っていたんだが、なぜか母は反対らしい。


「私は……陰陽術には詳しくありません。でも一人の母として子供に対魔の術を教えるのはまだ早いと思います」


「確かにな。この歳で対魔の術を教えるなど言語道断。しかし晴明の才能と内包する霊力の大きさはお前も知っているだろう?

 この子はいずれ陰陽師を支えていく人間となる。それが望まぬ結果であってもな。

 なら私達親にできるのはこの子に少しでも生き抜くための力を授けてやること。それが親のやることだ。私はそう思う」


「力を与えれば、その分危険と出会うことも増えるのが道理……。例えこの子に才能があったとしても、危険な場所に赴かないようにするのが一番なのに……」


 母さんの言い分も分かる。けどそれは現実が許さないというのも父上は分かっている。

 俺だって前世では二十歳になった立派な大人だ。現実の厳しさの一端ぐらいは知っている。

 そのために今から俺は鍛練を行っているんだ。


「母さん。僕は強くなりたいです。父上や母さんの子として恥ずかしくないくらいに」


「晴明……」


「それに!僕が一番強くなればいいだけだよ!一番強くなれば誰にも負けないよ!」


「っぷ、はははっ!そうだな!最強なら負けないな!……ということらしいが、どうだ?」


「……はぁ。まったくあなたに似てるんだから」


「この頑固さはお前譲りだと思うんだが?」


「し、知りません!」


 その後も惚気を続ける父と母。

 おーい、承諾してくたことは嬉しいけど、それは俺の居ないところでやってくれませんかねぇ?



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