氷の上の一人芝居(恋愛)
氷の湖であなたと私は二人きり。その一時は湖と一緒に溶け崩れてしまいそうな程に幸せでした。
私はいつも一人でした。
周りには誰も居ない。助けてくれる人も一緒に暮らしてくれる人も。
でも湖であなたと出会いました。
この喜びをどう表していいのか分かりません。
とても嬉しかったです。
あなたはいつも晴れやかな笑顔で私を迎えてくれました。
交わす言葉は無かったけれど、お互いがお互いの事を思っていました。私もあなたも、あなたを私を大切な人だと認め合っていました。
そうですよね? あなたもそう思っていたんだと信じています。そう思っていてくれたら嬉しいです。
寒い時期だけのほんの少しだけの出会い。
灯りが七回昇る間だけのほんの短い間の幸せ。
終わればまた、灯りが百回昇るまであなたと会えなくなってしまう。
その間はとても温かいけれど、とても寂しいです。
今も、汗が出るほど熱いですが、それでも私の心は、あなたと出会える時の湖と同じ様に凍てついています。凍え死んでしまいそうです。
早くあなたに会いたい。
氷の上で、あなたと見つめ合っていたい。
あなたと二人で、明るい光に照らされて一面がちらちらと美しく、引き締まる冷気で爽やかな、そんな綺麗な湖の上で共に過ごしたい。
言葉は届かないから話しをし合う事は出来ないけれど、口を開いて閉じて、そうして何かを伝えようとし合いたい。
物を渡す事は出来ないけれど、取って来た木の実をあなたの開いた口へゆっくりと差し伸べて、木の実が阻まれて進めなくなるとあなたはゆっくりと口を閉じてくれて、私はまるで食べさせている様な心地になって、同時にあなたも私へと木の実を差し出していて私はそれを食べる振りをする。あの何よりも美味しい幸せをまた味わいたい。
氷が張っていないと出会えないもどかしさ。早く湖一面に氷が張って欲しい。普段のあなたはとてもぼやけていて、良く見る事が出来なくて、目を凝らしてみても、あなたは揺らめくだけで、私はあなたを見られない。
でも氷が張っているとあなたに届かない。あなたと私の間には分厚い氷が在って、私とあなたを阻んでいる。
氷が恨めしい。無くてはあなたと会えないのに、在るとあなたに会えないのです。こんな酷い物が他にあるでしょうか。
私はいつも口惜しい思いで、あなたと私を阻む氷に触れています。
氷の向こうに在るあなたの住む世界はどんな所なのでしょう。きっととても素敵な場所なんだろうなと思います。
私の住む所も素敵な所です。危険は無くて、いつも穏やかに過ごしています。いつかあなたに来てほしい。私の住む所には誰も居ないのですから。
あなたの住む世界はどうなのでしょう。あなたと一緒に暮らす人々が居るのでしょうか。
私は居ないんじゃないかなと思っています。だって湖が凍る毎に私の元へと来てくれるから。
きっと私と一緒で寂しいんですよね? 周りに誰も居ないんですよね? 私はそう信じています。
だからこそ早くあなたと会いたいんです。
あなたと一緒に、あなたと私の二人が揃った世界で、色々な場所へ行って、色々な物を見て、綺麗な物を見付けて、素敵な場所で語り合って、仲良く一緒に寝て、美味しい物を食べて、とにかく沢山の事を、あなたと一緒に、二人だけで、楽しみたいんです。
もうこんな一人だけの、寂しい暮らしはしたくないんです。
だから次に会う時は、私達の足元の二人を阻んでいる氷の壁を取り払おうと思います。
大きな石を使って、そこら中の氷を叩き割って、あなたに出会えるまでずっとずっと氷を壊して、壊して、それであなたに会おうと思います。
あなたもきっと同じ事を思っているって信じています、そうですよね?
あの広い湖のそこかしこを割るのはちょっと大変かなと思っていません? 私もそう思います。
でも安心してください。実はこの間、湖の氷がとても薄い場所を見付けました。
きっとあの中心に立って、石を落とせば、きっと辺りの氷が割れて、あなたの元へと行けると思います。
次にあなたと会う時は、本当にあなたと手を触れ合って会える時です。
私はとても嬉しくて、待ち遠しいです。早く、早くあなたと会いたいです。抱き締め合いたいです。
あなたもそうですよね?
私はそう信じています。