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壊れ難いもの(ホラー)

この小説は「Arcadia」にも投稿させていただいております。

「私の家族がおかしいの」

 前の席から泣きそうな声が聞こえた。

 懸命に宿題を映し続けていた三美は突然聞こえてきたその言葉に思わず筆を止めた。朝の教室には少々不釣り合いな話題である。涙声な事も気になった。

 顔を上げると、二人の同級生が前の席で話し合っていた。

 席に座っているのは三美の友人だ。出身が同じで昔はとても仲が良かったが、中学に上がった頃から疎遠になっていた。しかし高校入学してからは、顔見知りで席が近いという事もあってまた話すようになっていた。授業中や休み時間に少し話す程度だったが、割とドライなその関係を三美は気に入っていた。

 もう片方の少女とはあまり話した事がなかった。三つ編みで大人しそうな子で、実際あまり目立った印象は無い。目の前の二人は親友らしくよく一緒にいるところを見かける。

 そんな二人をぼんやりと見つめながら、三美は二人の会話に耳をすませた。当人は内緒話をしているようだが、泣きそうな様子で話していては目立つ事この上ない。少し周りを見渡すと自分以外にも何人かが好奇の目を持って彼女たちを見つめていた。

 クラスの視線を一身に受けながら、目の前の友人は彼女の持つ不安を語り終えた。その内容は次の一言に尽きる。

『家族に蔑にされている』

 要約すれば大体そんなところだ。

 初めの変化はいつも笑顔を浮かべるようになった事だった。それから二日経つと彼女がいくら話しかけても適当な相槌を打ってくるだけになった。時には全く関係のない話を振ってくる。さらに三日ほどすると、どんな時でもいつも通りの事しか言ってくれない。例えば彼女が悲しみを湛えて不安を口にしても微笑みながらその日の出来事を語ってくる。

 まるでいつも通りの家族を演じようとするロボットみたい。それが彼女の言だった。

 彼女は深刻そうに話しているが、三美からしてみれば単なる我儘にしか聞こえない。相手が自分の思った通りの反応を返してくれないなどと憤るのは思い上がりも甚だしいと思う。

 昔から彼女は思い込みの激しい所があった。彼女の親友もその性質を把握しているらしく、またかといった感じで呆れた溜息をついていた。

 彼女の親友は型通りの慰めや助言を根気よく行い、始業の時間ぎりぎりの所でようやく彼女を慰める事に成功していた。

「頑張ってみる」と笑う彼女を見て、見ている三美も安堵を覚えた。

 そのまま何の気なしに視線を下げると、そこには写しかけのノートが開かれていた。突然後ろからやってきたノートの所有者になす術もなくノートを取り上げられ、三美はそれから授業が終わるまで教師に指されないよう、神に祈り続けた。


 朝、昨日と同じ様に宿題写しに精を出していると、件の友人が前の席に着いた。昨日の今日なので、気になって顔を上げると、彼女の元へ三つ編みの子が駆け寄ってきた。前を向く友人の表情は見えなかったが、それを見た三つ編みの子の表情を見る限りあまりよくはないらしい。

 さすがに昨日と同じ失敗をする訳にはいかず、目をノートに戻して再び宿題を写す作業に戻る。

 ほとんど聞いていなかったので経緯は分からないが、三美が宿題を写し終えた時には、友人は不安げな表情を見せてはいたものの、三つ編みの子の言葉によって一旦は落ち着いたようだった。

 次の日も次の日も彼女の相談は続いた。三つ編みの子は疲れた表情を浮かべていたが、それでも友情を重んじているのか三美からすれば下らない相談を受け続けた。

 さらに休みを挟んで月曜日、三美が他の友達と談笑していると、友人が教室へと入ってきた。その表情はいつも通り暗い。彼女はいつも通り席に付き、彼女の親友がやってくるのを待った。しばらくするといつも通り三つ編みの子がやってきて、彼女の席へと歩んでいった。一つだけいつもと違う事があるとすれば、彼女の元へ歩む三つ編みの子の表情がやけに明るかった事だ。

 悩みを聞いている最中もその笑顔は変わらない。ふと最初に語られた相談の内容を思い出す。確か家族がいつも笑顔でいる様になったと言っていた。

 目の前で悲しげに俯く友人がいるというのに、決して作りものではない不自然なほどに清々しい笑顔を浮かべている。まるで人の心が分からないみたいだ。それはまるで友人の相談内容をそのまま再現したかのようだったが、当の友人は俯いている為に自分の親友の不自然な表情には気付いていない様だ。

 一日中同じ様な笑顔を浮かべ続ける様子に釈然としないものを感じながらも、三美は特に言及はしないままその日を終えた。

 次の日、いつもの通り暗い顔をしてやってくると思っていた友人が来なかった。ただ、その親友である三つ編みの子は昨日と同じく晴れ晴れとした様子で過ごしていた。自分の親友が休んでいる事を気遣うような素振りは一切見せなかった。

 次の日も次の日も休みだった。三つ編みの子の表情は相変わらず笑顔だった。

 次の日、幽鬼の様な表情をした友人が扉を開け教室へと入ってきた。休んでいた間に何があったのか、あまりの変わりように三美は驚愕する。騒然とするクラスの中をふらふらとした足取りで自分の席に着いた。それを待っていたかの様に三つ編みの子が笑顔で彼女に話しかけた。痛々しい程に平静を振舞おうとする憔悴しきった友人と、それを意に介さず笑顔で休みの間の出来事を語るその親友。薄らとした悪寒が走って、三美は吐き気と恐怖を覚えて俯いた。

 4時間目の自習時間に、友達と話していた三美は前の席が空いている事に気が付いた。自習時間なだけあって出歩いている人も多くいたが、その中に友人の姿はない。教室の中に友人の姿は見えない。

 妙な胸騒ぎを覚えて三つ編みの子を探すと、席に着いて教科書を開き、笑みを浮かべながら淡々と課題をこなしていた。三つ編みの子がその場にいた事に三美は安堵する。なんとなく三つ編みの子が友人に害を為しそうな気がしていたからだ。

 唐突に三つ編みの子が携帯を取り出した。携帯の画面を一瞥して、その笑顔を窓へと向ける。

 つられて三美も窓へと視線をやり──窓の外を落ちるそれと目があった。

 次の瞬間、階下の方から悲鳴と怒号が押し寄せてきた。初めは理解不能な金切り声が大半だったが、やがて「飛び降りだ」という声が出始めた

 慌てた様子で何人かの生徒がベランダへと駆け寄った。三美もそれに続く。

 三美より先にベランダへとたどり着いた生徒が下を覗き込んだが、すぐにこちらを振り向いて口元を押さえた。その様子に興味を駆られ、何人もの生徒がそれに続き、ある者は全く同じ反応を見せ、ある者は顔をしかめ、ある者は感嘆の声をあげた。

 三美はベランダには駆け寄ったものの、下を見る事が出来なかった。そこに何があるのか、いや、誰がいるのか、そしてどうなってしまったのか、分かってしまっていたから。

 下を見る事が出来ず、三美は教室を振り返った。

 そこで三美は呼吸を忘れる。

 人が飛び降りたというのに、そこには座って授業を受け続ける生徒達がいた。

 いつもと何一つ変わらない様子で、授業を受け続ける沢山の日常達がいた。

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