殺した。死んだ。誰が。(ホラー 夏のホラー2011)
夏のホラー2011企画短編
「夏のホラー2011でどうだろう」
何の気なしに思いついた事をブログに書いてみた。『夏のホラー2011をやりませんか』──そんな短い文章。今迄にも同じ様に思いついた事をブログに書き込んで、広大なネットに呼び掛けてきた。ある時はほんの少しだけ集まって小規模なイベントを開催し、ある時は誰も乗ってこなくてそのまま立ち消えになった。立ち消える事の方が多かった。
今回も対して集まらないだろうなと思っていた。理由も内容も特に考えていなかった。でも載せた以上はもしかしたらという期待があった。誰かが乗ってきたらどうしよう。イラストやSSを集めてみようか。初めてのオフ会でもやってみようか。あるいは、企画の段階からみんなで考えてみようか。妄想だけがどんどんと膨らんでいくけれど、誰も集まらないんだろうなぁという現実的な考えが頭を冷やして、そろそろ寝ようかと布団にもぐると、また妄想が湧いてきて、明日の朝、起きてみたら、沢山の人が呼び掛けに応えてくれていたら、そんな事を考えてなかなか寝付けなかった。
朝になって驚いた。何とブログに沢山のアクセスがあり、コメントが数多く寄せられていた。一瞬、荒らされたのかと焦ったが、見れば全てが肯定的な意見で、『夏のホラー2011』を楽しみにしているとの事だった。今迄に見た事の無い来客数に、嬉しくてほんの少しだけ涙が出そうになった。反面、まだ企画を全く考えていない自分が恥ずかしくなって、一刻も早く何か計画を立てなければという焦りが生まれた。
頭の中にはぐるぐると企画のアイディアが浮かんでは片っ端から却下されていった。沢山の人に期待されているからにはそれなりの物を出さなくちゃいけない。そんな使命感に燃えて、アイディアを思い浮かべては却下し続けていった。
お昼になっても良いアイディアは浮かばなかった。今日はとことん考えてやろう。そんな決意を抱いて、顔を洗って気分を一新させた。携帯を取って友達に代返を頼み、さてと気合を入れた所で、ブログがどうなっているのか気になってしょうがなくなった。
まだアクセスは増えているのだろうか。見ず知らずの人々の期待がどんどん膨れ上がっているのかもしれない。そう思うと少し怖くなった。ブログには『夏のホラー2011をやりませんか』という一文だけ。まだ何も企画の詳細について書いていない。それを叩かれるのではないだろうかと不安に思った。
あるいは、そんなのは完全に杞憂で、来てくれた人達がコメントで企画の予想をし合っているかもしれない。そうだとしたら、その中の評判の良い物を拝借してしまうのも良い。
不安と期待を綯い交ぜにしながらブログを見ると、やはり楽しみだというコメントばかりだった。企画の予想などは全く無かった。僅かな落胆、それに焦りもある。焦りはどんどん増えていく。そういえばとツイッターを思い出した。ブログの所為で疎かになっていたが、考えてみれば企画の告知をしたので、何か来ているかもしれない。
ツイッターを見て、愕然とした。画面には『夏のホラー2011』という文字が躍っていた。沢山の人が『夏のホラー2011』について呟いていた。交流のある人々だけでなく、ほとんど交流の無い人々の間にまで『夏のホラー2011』が波及していた。
まさかこんなに注目されるなんてと逸る気持ちで眺めていたが、段々と私の事を言っているのではないと分かった。
よくよく見てみれば『夏のホラー2011』の企画として廃墟探検に行こうという企画が持ち上がっていた。見知らぬ人の考えた企画だった。賛同する者が沢山居た。素晴らしい企画だと褒め称えられていた。
一瞬、怒りが爆発しそうになって幾つかの罵詈が頭の中を流れた。けれどすぐに頭は冷えていった。別に乗っ取られた訳じゃない。便乗されはしたが、私が始めた事には違いない。所詮は二番煎じ。しかも良くある肝試し。私の企画する凄い計画なら、こんなのよりももっと伸びる。そう考えると自信が出てきた。その為にも何か素晴らしい企画を。
頭を悩ませていると、いつの間にか大分時間が経っていた。もう夕暮れ時だ。何か甘い物でも買ってこようと思って、近くのコンビニに向かった。外は暑かった。涼しさを感じたい。そんな事を思って、やはり夏の暑さを払拭するホラーを呼び掛けたのは良かったと確信した。後は良いアイディアが浮かべば。ホラー、ホラー。ホラーと言えば怪談だけど。
怪談、怪談、何か良い案が浮かびそうだ。だが、それ以上先には進まなかった。怪談、どんな企画にすれば良いか。思い浮かばない。また苛々した。考え事をしていたら、いつの間にかコンビニを出て帰路についていた。何故か辛い物ばかりが袋に入っていた。
家に帰って再びブログへ。具体案も無いので、とりあえず『皆さん各自怪談を考えておいてください』と書いた。するとすぐにコメントが多数寄せられた。やはり好意的な意見ばかりだった。楽しみにしていると誰もが言っていた。これは本気で企画を考えないと。何か追い詰められている気がした。
何かアイディアをとネットを巡っていると、ふとあるサイトの『夏のホラー2011』という単語が目についた。私の企画が何処かで紹介されているのか。そう思って覗いてみると、全く別の人間が考えた企画だった。ツイッターで見た企画とも違っていた。また誰かが便乗してきたのか。何だかどんどんと広まっている。私の手を離れて。本当に何処かの誰かに乗っ取られかねない。焦りが募った。
更にネットを調べてみると、『夏のホラー2011』という企画が様々な所で立案されている事が分かった。素人の企画だけでなく、企業が企画しているものもあった。怪談話の収集や怖いイラスト、SSの募集、心霊スポットでのオフ会、コスプレパーティー。ネット上には『夏のホラー2011』という言葉が節操なく溢れかえっていた。もうホラーも何も関係なく、サッカー大会やチャリティバザーのお知らせ、サークルの合宿、ツアー旅行、保護者会、難病募金、家電の安売り、消費者金融の広告など、何処にホラーの要素があるのか分からない企画達の頭に『夏のホラー2011』という冠が付いていた。
寒気を感じた。酷く大事になっている。何だかこのまま進むと取り返しのつかない事になる気がした。
こんな企画があった。『夏ホラ11 あの馬鹿を襲撃しよう!』
今テレビで騒がれている政治家を襲うという内容のものだった。本気でやるとは思えない。気になって検めてみたが、一切合切がふざけた調子で只の冗談にしか見えなかった。
だが、本気でやる人が居るかも知れない。そうなったらどうしよう。勿論、私とは直接関係ないし、私に責任は無いはずだけど。出来ればそんな事になって欲しくない。
その夜は色々な『夏のホラー2011』を巡った。大規模な物、個性的な物、人の集まっていない物、ありきたりな物、その線引きは何処にあるのか。どんな企画なら受け入れられるのか。必死に色々な企画を分析していった。結果、良く分からなかった。人気な所は人気だし、不人気な所は不人気だ。ある程度は線引きがあるけれど、だからといって人気な所がやっている事を別の所がやっても必ず人気が出るとは限らない。理屈は付けられない。きっと私のブログに沢山の人が来たのも一緒だろう。時の運とでも言う様な。
偶然手に入れた幸運。私には過ぎたるそれを私は乗りこなす事が出来るだろうか。
夢を見た。憶えていないが、嫌な夢だった。
朝起きてパソコンを点けると、何だか不穏な空気だった。幾つかの掲示板で、あるサイトが批判されていた。私のブログだった。批判の内容に目を通し、慌ててニュースを見ると、最悪な事になっていた。
山中の集団自殺。ネットの繋がり。『夏のホラー2011』
コメンテーター達が必死に批判している。こんな企画を考えて。悪質な愉快犯だ。私のブログが映った。発案者として紹介されていた。コメンテーター達が必死に批判している。私が悪いのだろうか。私は何もしていないのに。私が責められている。何故だ。
ブログを見ると、相変わらず好意的な意見ばかりだった。気にするなという言葉が心に染みた。だがネットを巡回してみれば、『夏のホラー2011』の発案者を襲おうという企画が持ち上がっていた。その企画にも『夏のホラー2011』という冠が付いていた。
住所も何もかも知られていた。昔ブログで身内ネタを連発していた所為だった。住所や交友関係が開陳されていた。他のサイトでも同じ様に私を襲う企画が持ち上がっていて、同じ様に私の住所が載せられていた。他のサイトにもあった。あちこちのサイトに私の事が書かれていた。ネットに書いたはずのない私生活が散々に書かれていた。多分私の傍に居る誰かが書いたのだろう。私のありとあらゆる事が知られていた。
外で声が聞こえた。この辺だと言っている。まさか。カーテン越しに覗いてみたが、物陰が多くて人の姿は見えなかった。だが確かに人の声が聞こえる。笑い声が聞こえる。とても悪意が籠っていた。
窓から離れると、何だか怒りが湧いた。私は何もしていない。なのに何故こんな事になるのか。私の所為じゃない。なら誰の所為だ。
ふと『夏のホラー2011』を巡っている時に見た怪談を思い出した。
踏切に阻まれていると、後ろに気配を感じた。振り返ると人のよさそうな外国人が居て、握手を求めてきていた。何だろうと思って、握手を返す。電車が通り過ぎ、踏切が開く。手を離して、踏切を渡っていると、後ろから舌打ちが聞こえた。怖くなって、その場から走って逃げた。数か月後にその外人が連続監禁事件の犯人としてニュースに出ていた。
人の良さそうな顔の裏に悪意が込められている。私の敵も同じかもしれない。ブログにコメントをしてきた奴等。みんな優しい言葉を掛けて来たけど、その向こうではいやらしい笑顔を浮かべていたのかもしれない。
いや、もしかしたら最初に私の企画をぱくったあのツイッターの奴かもしれない。
そういえばこんな怪談も合った。
いつも自分に付いてくる友達が居た。する事為す事なんでも真似してくるちょっとうっとうしい友達だ。何をやっても真似をして、いくら注意しても聞く耳を持たない。あんまりにもうるさく感じたので、首を吊ってみようと思った。ロープを木にくくって輪の中に首を通し椅子を蹴る。勿論、本当に首を吊る訳じゃない。あくまで振りだ。流石にあの子も躊躇して真似が止まるだろうと思った。
公園に出掛けるとまたその子が付いてくる。用意しておいたロープを木にくくる。その子も私が用意しておいたロープを拾って同じ様に木にくくる。私はわざと見られない様に結び目を作る振りをする。そうして用意しておいた椅子に乗って準備完了。あの子も同じ様に結び目を作って私の用意した椅子に乗った。あの子の結んだ結び目は多分しっかりと結ばれている。もしかしたらあの子は本当に首を吊るかもしれない。そう思った。それでも良いか。そう思った。
そうして私は首をロープに通して、椅子を蹴った。前を見ると、その子は同じ様に首にロープを通して私と同時に椅子を蹴っていた。
気が付くと、私は首を吊っていた。喉にロープが食い込んで苦しい。眼の前にも私が居て、にこりと笑うと何処かへと走り去っていった。最後の力を振り絞って下を見ると、私はあの子の服を着ていた。ああ、入れ替わったんだ。私はあの子の中に閉じ込められたんだ。
そんな話だった。それと同じだ。多分、話題を呼んだ私の企画を妬んで、なり変わろうとしたに違いない。私を追い詰めて、ネットから追い出して、そうして私の企画を盗み取るつもりなんだ。ツイッターへぱくった奴を確認しに行くと、ツイッターのアイコンは彼氏と映るそいつの笑顔。媚びた様な性根の悪い笑顔だった。自己紹介を見ると、私の家の近くに住んでいるらしい。近くに住んでいる奴がたまたま私の大当たりした企画を盗んだ。こんな偶然があるだろうか。やはり……。
待って。そんな難しい話じゃなくて、もっと単純な話かもしれない。今、パソコンやテレビの向こうで直接悪意をぶつけてくる奴等。こいつ等の所為かもしれない。持ち上げて落とす。陰湿な奴が如何にもやりそうな手だ。
こんな怪談もあった。
大学時代、当ても無く旅をしていた時にふらりと立ち寄った田舎の村。何処か雨風を凌げる小屋でもないかと尋ねてみると、是非に上がってくれと言われた。御客さんなんてほとんど来ないからおもてなしも出来ないけど、と言われて上がった先には豪華な御馳走があった。村中の人達がその家にやって来て、村中から歓待を受けて、そうして酔いつぶれて記憶が飛んだ。
低く響く音が耳障りで起き上がると、頭が酷く重かった。重低音が頭を刺激してくる。いらいらする。何の音だと思って、音の出所に顔を向けると、白装束を着た人々が大きな部屋一杯に居て、正座の状態で頭を下げて、ぶつぶつと何だか分からない言葉を呟き続けていた。
気味が悪くて立ち上がると、自分は白い箱、丁度人の入るぐらいの箱に入っていた。そこに寝かされていた様だった。白い箱はまるで棺桶みたいで、そう思うと辺りから聞こえてくる不気味な呟きはお経の様で、頭を下げる人々は経文を唱えるみたいで、部屋は大きく真っ白で、葬式の黒を全て白に変えてしまった様な光景だった。
恐怖を感じて、箱から飛び出した。大きな音を立てたけれど誰もこちらを見ようともしない。そのまま葬列者の間を駆け抜けて、扉から飛び出した。辺りはすっかり暗くなっていて、闇の中、月明かりを頼りに田舎道を我武者羅に逃げた。朝日が昇る頃になってようやっと町が見えた。
とりあえず交番に入って話をすると、向こうは心得た顔で、ああ、あの村ねと言った。何でも因習として外から入って来た人を歓待して神として祭り上げて殺すらしい。笑いながらまるで冗談の様にそう言った。確かに襲われたんだと強硬に力説していると、やがて警官は溜息を吐いて、ここらじゃそれが普通なんだ、だから今回の事は犬にでも噛まれたと思って諦めなさい。警官は完全に日和見を決め込む構えだった。
お茶でも飲んでいくかという警官を無視して、そのまま電車に乗り、家に帰った。疲れすぎていて、もう何が何だか分からなくなっていた。
後で知人にその話を漏らすと、一緒に見に行こうと言われた。社会正義を叩きこむんだと意気込まれた。大勢連れて行くと言うので、こちらとしても意趣返しをしてみたいと思い、その場所へ案内した。けれど村は無かった。以前訪れた際に定めた目印はあるのに、村だけが無かった。町も探してみたけれど、そんな町は無かったし、乗ったはずの駅の名前も存在しない駅名だった。
そんな話だった。きっと私をマレビトとして祭り上げるつもりなんだ。このテレビのコメンテーターもネットで私の襲撃をしようとしている人達もみんな因習に縛られて私を殺そうとしているんだ。コメンテーターは北海道の学者、襲撃を計画しているサイトの中には沖縄県の奴らまで居る。それはつまり日本中が私を殺そうとしているという事か。
誰も彼もが敵だ。誰も彼もが私を責める。誰も彼もが私の事を。誰が誰が。外から笑い声が聞こえた。嫌な予感がする。外を覗くのも怖い。もしかしたら私の部屋の窓を指して笑っているかもしれない。怖くて外が見られない。
考えてみればここは危険だ。既に居場所がばれている。逃げなくちゃいけない。割れたグラスの下にある携帯が震えた。私は慌てて散らばった本の下からバッグを引っ張り出して、その中に携帯を詰め込んだ。どんな嫌がらせ電話か分からない。
どうしてこんな目に合わなくちゃいけない。誰の所為だ。分からない。分からない。どうすれば助かる? 誰かを止めれば良いのか? 捕まえて止めさせれば良いのか? 分からない。でも、このままじゃ嫌だ。出来るだけの事はしよう。
携帯の震えが止んだ。私は家を飛び出した。
繋がらない。切った携帯を握りしめて、思わずため息を吐いた。大変な事になっている友人を心配して電話を掛けたが出なかった。ディスプレイには繋がらなかった事を示すマークと横山夏帆という文字が映っている。携帯を置いて何処かへ行ったのか、あるいは出られる状況にないのか。どちらにせよ心配が募る。昨日の夜から繋がらないのだ。
再び夏帆のブログに目を通した。『夏のホラー2011』──そう書かれた記事のコメントに沢山の肯定的な意見が並んでいる。その最初のコメントを書いたのが私だった。喜ばせてあげようと、他の友人達と一緒にブログにコメントを寄せた。少しでも喜んでくれればと思っての事だった。
私達のコメントが呼び水になったのか、いつもに比べて大変な数のコメントが続いた。一気に増えたコメントを見て、これなら喜んでくれるだろうと思った。意気揚々と現れるだろう友人を待って、ゼミ室のみんなでほくそ笑んだ。だが夏帆は現れず、代わりに夏帆からお昼頃に切羽詰まった調子で代返を頼むという電話がかかって来た。
そうしてその日の夜に、夏帆の考えた『夏のホラー2011』が大変な事になっていると知った。自殺者が現れるわ、夏のホラーとは名ばかりの物騒な企画が沢山あるわ。夏帆はどんな思いでいるだろう。心配になって電話を掛けたが出なかった。その時は夜も遅いので寝ているのかと思った。
だが違ったみたいだ。朝、つまり今かけても夏帆は出なかった。多分、何かあったんだ。きっと夜、電話に出なかった時には既に。
居ても経ってもいられなくなって、夏帆のアパートへと行ってみた。アパートの周りには誰も居なかった。てっきり野次馬根性を丸出しにした人々が集まっていると思ったのに。ネットでは話題になっているけれど、世間はそこまで興味が無いのかもしれない。だとしたら襲撃だって実際には無いに違いない。だったら夏帆は無事?
もしかしたら家で寝ているだけなのかもしれない。そんな希望が湧いて、私は夏帆の部屋に訪れた。中から音は聞こえない。ノックをしても返事が無い。試しに扉を引いてみると、開いた。
鍵は掛かっていなかった。中に夏帆は居ない。電源は点いているけれどモニターの消えたパソコンが薄闇の中で微かな音を立てていた。
財布も携帯も無い。靴も無いし、バッグも無い。外に出掛けたのだろうか。なら何故鍵が掛かっていない? ちょっと近くに出ただけか。ならどうして携帯に出ない? それにやけに部屋が荒れているのが気になる。まるで何かが暴れたみたいに。
分からないことだらけだった。ちょっと近くに出掛けただけという可能性を信じて、しばらくアパートの近くをうろついてから、もう一度アパートに戻ってみた。やっぱり部屋の鍵は開いていて、中には誰も居なかった。
結局、夏帆は帰ってこなかった。連絡もつかなかった。次の日も帰って来なくて、その次の日に夏帆の両親が失踪届を出した。夏帆は消えてしまった。夏帆の両親が心配そうに警官に縋っている光景を見ていられなかった。
きっと夏帆が失踪した原因は『夏のホラー2011』の騒動、騒ぎの元凶は多分私達がコメントを寄せたから。つまり私の所為だ。誰かに攫われたのか、あるいは失意の所為で。自分の所為でと考えると、眠れない夜が続いた。
一週間して、電話がかかって来た。ディスプレイには横山夏帆と表示されていた。突然の夏帆からの電話。無事では居ないだろうと勝手に思っていただけに、申し訳なさと薄気味悪さが同時に心臓を締め付けた。とにかく出なくては。電話の向こうに元気な夏帆が居てくれたら。
震える手で通話ボタンを押して電話に出ると、うあぁうあぁと繰り返し動物の鳴き声が聞こえてきた。夏帆の元気な声を期待しただけに面食らった。
試しに「夏帆」と呼び掛けてみると、鳴き声が大きくなった。聞いている内に女性の泣き声の様な気がしてきた。でも夏帆の声とは似ても似つかない。携帯の向こうに居るのは夏帆ではない。なら一体、携帯の向こうには──何が居るのか。
ふとこつこつという何か固い物を叩く様な音が聞こえた。そうかと思うと、携帯が切られた。掛け直しても電波が繋がらない所に居るか、電源を切っていると返ってくる。電話の向こうに何が居たのかは分からずじまい。
それから一か月経った頃に、北海道へ旅行に行った友人が失踪した夏帆を見たと言っていた。それは一瞬の事で、後を追っても人ごみに紛れて見つからなかったという。夏帆の両親はその話に希望を見出したみたいだけど、私はどうしても夏帆が生きているとは思えなかった。
でももしも生きているとしたら、元凶を作ってしまった事を謝りたい。夏帆が許してくれるか分からないけど。ふと元気な時の夏帆を思い出して、涙が溢れてきた。