無実の罪で裁くというのなら斜め上の切り札を切で論破します
それはヴァルノワ伯爵邸で開かれた、夜会での出来事だった。
「セラフィナ・アルカディオ。お前との婚約を破棄させてもらう」
私に言葉を突きつけたのはジャン・ヴァルノワ。この伯爵邸の子息でもあり、私の婚約者だった。
隣には背が低く、可愛らしい令嬢を抱えている。
本来私はジャンと共に、この夜会に参加したはずだった。ところがいつの間にか彼は消えていて、現れたと思ったらこれだ。
やはりロゼッタと一緒に居たのね。数か月前からジャンと一緒に居る場面をよく見かけるようになった男爵令嬢。
「それなら理由をお聞かせ頂けるかしら。婚約を破棄するというのは、それなりに重い行為だわ」
私はジャンの目をじっとい見つめた。その態度があまりに堂々としていたためか、ジャンは鼻白んだように眉間にしわを寄せる。
「お前は本当に可愛げのない女だな。それだから一緒に居たくないんだ」
彼は婚約当初から私が気に入らなかったようだ。だからか弱いロゼッタに手を出したというところだろう。
「婚約破棄の理由なら教えてやる。セラフィナ、お前が度重なる不貞行為を働いていたからだ」
私は首を傾げた。一切身に覚えのない中傷だった……が、そのような噂が蔓延していることは承知している。ここに集まった貴族たちも、大半が知っているだろう。
「どうした? 反論出来ないようだな」
ジャンは勝ち誇った笑みを浮かべている。反論出来ないのではない。彼は何故裏を取らなかったのか考えていたのだ。それらの噂は、しっかり調べればデマだと分かったはずだ。何せ彼は私の婚約者なのだから。
それでも噂でごり押ししようとしている。噂を知る者が集まったこの集会で、堂々と罪を指摘すれば、私には反論のしようが無いと思っているのだろう。
生憎私には親しい友人が少ない。根拠が無くても、ジャンが自信満々に、噂を裏付けるようなことを言えば、信じてしまう人の方が圧倒的に多いに違いない。こと、このヴァルノワ家の夜会においては。
現に「やはり噂は本当だったのか」「婚約しておきながら裏では……」などの囁きが聞こえてくる。
ここで明確に否定出来なければ、未来永劫覆せない既成事実になる。私にとっての分水嶺。
一度、大きく息を吐いた。集中力を高めていく。
「残念ながら一切身に覚えが無いわ」
私は会場のざわめきをかき消す程、大きな声で宣言した。
「何?」
こうなると思って私は切り札を用意して来ていた。どうやらここが切りどころのようだ。
「私が不貞行為を行ったというけれど、一体どこの誰と?」
出来る限りゆっくり、はっきり言う。
「この期に及んで白を切るとは見苦しいぞ。……だが、そこまで言うなら仕方ない。教えてやろう」
ジャンの笑みが下卑たものに変わった。私の不貞行為とやらを、この場で拡散するつもりなのだ。
「お前はあろうことか、あの『糸杉の魔女』と不適切な関係に及んでいるようではないか! 毎日のように彼女の家に通っているという報告は俺の耳にも届いているぞ」
確かにユリィ様……通称糸杉の魔女の家には毎日通っている。彼女はこのアルシア王国随一の魔法使いとして有名な人物だ。
けれど、私は彼女と不適切な行為を行うため、足繫く向かっているわけではない。
「そして魔女といかがわしい行為を行うことにより、対価として魔力を得ているらしいな!」
王立学園で私の魔法の成績が急に伸びたことを言っているのだろう。
「確かに私は魔女様の家にお邪魔しているわ」
ホールにどよめきが起こった。肯定と捉えられたようだ。
「ほう、認めるか。では、お前が複数の男たちと寝ているというあの噂もやはり真実……」
あ、その噂は……。
「まあ話は最後まで聞いて。私は確かに魔女様の家に行っているけれど、あなたが言うような行為をするためではないわ」
「では魔女の家に、何の目的で通っていたというのだ!」
ジャンは両手を広げた。
「ある人物に会うため」
「魔女の家の誰に会うためだと言うのだ!」
「マゾよ」
「ん???」
ジャンは目をぱちぱちさせる。
「だからマゾよ。私は魔女の家に住んでいるマゾに用があったの」
「マゾ? え、どういうこと?」
「マゾというのは自分が苦痛・屈辱・不利な状況を受けることで、快感や満足感を得る傾向のことで……」
「違う。言葉に引っかかってるわけじゃない」
何がそんなに不思議なのだろう。魔女の家にマゾが住み着いていることくらい、いっぱしの貴族なら想定できるはずだ。
ジャンは一度咳ばらいをした。仕切り直しとばかりに私を指さす。
「ま、マゾに会っていたというなら、やはりいかがわしいことをしていたんだろう!」
私はすかさず首を振った。
「いいえ、していないわ。私はマゾをしばいていただけ」
「それだよ! いかがわしいことって!」
「何を誤解しているの。私は趣味でマゾをシバいていたのではないわ」
「じゃあ何で……どんな気持ちでシバいていたんだ! 言ってみろ!」
「国家事業よ」
「どういうベクトルの税金の無駄遣いだよ!」
「本当よ。国王陛下の承認も得ている」
「ええい、いい加減にしろ! マゾをシバくなんて国家事業なぞあってたまるか! もしあったら陛下はとんだ変態だぞ!」
「誰が変態だと言うのかね」
声は二階の方から聞こえてきた。低く、会場内によく通る声だった。
誰もが注目する中、中央の階段を下りてくるのは、仮面を付けた初老の男性だった。所々に白髪が目立つ。ちょうど、現国王とぴったり年齢が一致していることに、多くの参加者が気付いていた。どよめきが会場内を包む。頭を下げる者もいる。
「へ、陛下……?」
「まさかこの場にいらっしゃるなんて」
「もしやセラフィナ嬢が呼んだのか!?」
口々に囁く貴族たちの中、一番焦っているのは勿論ジャンだ。当然だろう。彼は陛下を変態呼ばわりした。もし聞かれていたら不敬罪死刑直送便である。
「せ、セラフィナ、お前どうやって国王陛下を呼んだんだ!」
ジャンは低く頭を下げ、小声で私に聞いてくる。
「呼んでいないわ」
「なら陛下がご自分で夜会にいらっしゃったというのか!」
「よく見て。あれは陛下ではないわ」
「じゃあ誰だ!」
「マゾよ」
「マゾかよ! だったら『誰が変態だと言うのかね』じゃねえよ。お前だよ変態は!!!」
男が仮面を取ると、全く威厳も締まりもない顔をした中年男性が現れた。陛下とは似ても似つかない。
ジャンは額の汗を拭い、ふぅーっと息を吐いた。会場内の空気も一気に弛緩していく。
「で、どうしてマゾを呼んだ? それはお前の浮気相手だろう」
「そうではないと証明するために来てもらったの」
「ほう、面白い。マゾでどうやって証明しようというんだ」
私は早速、ツカツカ歩いて行って、階段を降り切ったマゾさんのお尻をおもくそぶっ叩いた。スパァン! 破裂音のような鋭い音。
「ほあああああああっ!!!」
叫び声が響いた瞬間だった。
会場内が急にピカッ! と眩い光に包まれた。聴衆からは悲鳴とも驚嘆ともつかない声が上がる。
「お、おい見ろ。魔石灯がとんでもない光を放っているぞ! まるで昼のような眩しさだ!」
誰かがそう言った。
「本当だ。しかも尻を叩いた瞬間に光が増した。 叩いた瞬間! 尻を!」
魔石灯とは、その名の通り、魔石を埋め込まれた灯火で、このホールにも使われている。それまでのロウソクとは違い、白くはっきりした明度を持ち、扱いも楽だ。
魔石は他にも様々な日用品で使われており、我々の文明社会は一段と便利になった。
で、この魔石にはある性質がある。それは、『外側から魔力を加えると力を発揮する』というものだ。
「先ほど私がマゾさんを叩いた時、凄まじい魔力が発生しました。その魔力に反応して、魔石灯が強く光ったということです」
「???」
「つまりマゾさんは叩かれたり罵られたりすると、体内からとてつもない魔力を生み出す特殊体質をしているの」
「お前正気で言ってるのか?」
「彼の能力名は、通称M王」
「ちょっと魔王みたいに言うのやめろ」
「その魔力は一鉱山から取れる魔石の総量よりも多いと言われている。莫大な資産価値があるわ」
この会場の誰も、こんなに強く魔石灯が光ったのを見た者は居ないだろう。
もし、この国の優秀な魔法使いが同じように光らせようとしても、10秒ほどが限界だ。しかしマゾさんが光らせた灯は未だに明度を失う気配が無い。
強さをセービングしたあの一喜びで、彼がとてつもない魔力を生み出したことは一目瞭然だった。
「これほどの魔力、国が放っておくと思う? だからこそ彼を叩くことが国家事業であり、私はそれに従事しているの」
ジャンは頭をかきむしった。
「で、でも、それはお前がすべきことなのか? 別にもっと腕力のある兵士などに任せれば良いだろう」
「それは違う」
食ってかかったのは私、ではなくマゾさんだった。
「ジャン、お前はマゾのことを何も知らないな」
「馴れ馴れしいなこの変態」
「マゾさんが特殊なように、彼の魔力を最大限引き出すには、しばく方も特殊なスキルを持っている必要があるの。通称『女王』」
私の言葉にマゾさんがは何度も頷く。
「セラフィナ様の『責め』は素晴らしい。彼女の責め苦でなければ私は魔力を……いや、M力を生み出すことは出来ないのだ」
「お前は少し黙っていてくれないか」
マゾさんの能力が確認された後、国王陛下は「彼の魔力を最大限引き出す人材を探すのだ」と号令を出した。我がアルシア王国は小さい。常に大国の機嫌取りをしながら難しい政治をしなければならなかった。
しかしマゾさんの魔力を活用できればインフラがこれまでにないスピードで整う。国力の大幅な向上に繋がる。
そう、これは国家存亡をかけた一大事業だった。
そして発見された、最もマゾさんの力を引き出せる人間が、私だったというわけだ。
マゾさんの生み出した魔力が全国に届けられる仕組みは小難しいので割愛するが、魔女様の発明した装置により、可能になったものだ。
「魔力の転送装置があるのは糸杉の魔女様の家。だから毎日行く必要があったの」
「じゃ、じゃあお前の魔法の成績が急に伸びたのは……?」
「強い魔力を間近で浴び続けていたら、いつの間にか体内の魔力量も上がっていたの。不可抗力よ」
「そんなバカな……!」
「そんなに疑わしいのなら、私と一緒に魔女様の家に行ってみる? 直ぐに本当かどうか分かるわ。ひょっとしたら国王陛下と出くわすかもね。よく視察にいらっしゃるから」
「……!」
ジャンは顔を赤くして私を睨みつける。
風向きは完全に変わっていた。先ほどまでは私がどのように婚約破棄されるのかを見ようとしていた貴族たちも、今はジャンがここからどう覆すのか、それとも屈服するのかに注目している。
「お、お前が複数の男たちと寝ているというタレコミもあったと言っただろう。そっちはどうなんだ! ベッドの上ですごいとか、全ての男たちを果てさせる淫乱とか言われているぞ!」
私は扇子で口元を隠す。
「その噂に関しては少しややこしいのだけれど、しっかり調べれば嘘だと分かることよ。それに……」
私は鋭くジャンの目を見据えた。
「不貞行為を行っているのはあなたでは? 仮にも私という婚約者がありながら、あなたの隣にいるロゼッタ嬢とは随分お盛んなようね」
「なっ!」
明らかにジャンとロゼッタは挙動不審になる。
「私が魔力を作っている間に、あなたは子供を作ろうとしていたのかしら」
「やかましいわ!」
「それにあなたと違って、私は確かな証拠を持っているわ」
国家事業に携わった恩恵として、私は陛下直属の密偵さんを貸して頂いた。彼らにとってジャンの不貞行為の証拠を掴むなど、マゾの尻を叩くより簡単だったようだ。
「お望みとあらば、ここで開示することも出来るけれど」
聴衆が好奇の声を上げる。
「くっ、や、やめろぉ!」
ジャンが慌て、掴みかかってきた。証拠が出回れば彼もロゼッタも終わりだ。
私は掴みかかってきた彼の右手をガッチリ掴み、素早くひねり上げた。
そのまま後ろからカクンとヒザを折らせ、押し倒して締め上げる。
「ぐああああっ!」
「良いなぁ……」
複数の男たちと寝ている。ベッドの上ですごい。全ての男たちを果てさせる淫乱。
それらの噂は完全にデマだ。
ただ、ちょっとややこしい。
何故なら私は確かに複数の男たちと寝そべっているからだ。
……「柔術」の特訓で。
私は父の影響で柔術を始めたのだが、直ぐに女子では相手にならなくなった。というか危険と判断された。
そこで屈強な男たち相手に組手をすることとなった。
のだが、「寝技」をかけ、数多の男たちを「屈服」させ続けた結果、「複数の男と寝る淫乱」という噂に置き換わってしまったのだった。
燦然と太陽の如く輝く魔石灯の下、私はジャンをギリギリと締め上げ続けた。
***
結局、私の汚名は晴れた。徐々に噂を口にする者も減っている様だ。ジャンとは無事婚約破棄が成立したし、彼は「ヴァルノワ家の名誉を傷つけた」とかで、せっかくの家督相続権もはく奪されたようだ。
私に代わってロゼッタが社交界での噂の種となり、居づらくなった彼女は国外に引っ越したと聞いている。
寝技を決めてすっきりしたし、私はこれ以上彼らを追求するつもりは無い。
***
※国王陛下のパターンは?→何らかの伏線がいる
→お礼に我が息子(次男)との結婚はどうだ。(次男はまとも)
君がいればこの国は安泰だな。→あなたがいるから不安です
私はいつものように魔女様の家を訪れていた。
「やあやあセラフィナ嬢」
出迎えてくれたのは、黒い三角帽子を被った幼さの残る少女。しかしどこか老齢の香りもする不思議な顔立ちだった。
「こんばんは、ユリィ様。二人の調子はどうですか?」
私は挨拶もそこそこに、部屋の奥へ歩を進める。
「うん、新入り君もだいぶ出来上がってるね」
そこにはいつものマゾさんが一人。その隣に、新しく加入したマゾがもう一人居た。新規加入者は、どうやら私が一度シバいた時に目覚めてしまったらしいのだ。
「待ちかねましたぞ、セラフィナ様!」
「セラフィナ、遅いじゃないか!」
私の顔を見るや否や、二人は口々に叫ぶ。
私は鞭で二人の胴をぶった。
「ぐああああ! もっとぉ!」
「ほあああああ! 喜びぃ!」
両人とも高い声で叫んでいる。
「やはりそなたは天才だ、セラフィナ!」
私の肩に手を置く、やたらと馴れ馴れしいドM。
そう、国王陛下である。
実は国王陛下が魔力を生み出す様子を視察に訪れた際「私も一度叩いてみてくれないか」という話になった。
いや、なったのがおかしいことは分かる。けれど相手が国王であるだけに、私としては断れないことを察して欲しい。
不承不承で叩いたところ、それはもう、清々しい程全く何の魔力も生み出さなかった。
生み出さなかったのだが、「目覚めて」しまった。
国王陛下は生粋のマゾだった。
それから時々、陛下は「視察」という名目で訪れては、こうして叩かれている。そう、ジャンの言った通り、陛下は変態であらせられたのだ。
「触らないで下さい」
私の肩に触れた陛下の手を振り払い、全力で頬を引っ叩いた。
「んぱぁ!」
陛下は変な声を上げながら吹っ飛ぶ。
「流石だ、セラフィナ! 君は何て完璧な淑女なんだ!」
起き上がりざまに両手を上げて喜ぶ陛下。
「そうだ、うちの次男、ウィリアムと結婚しないか。私と違ってまともだぞ?」
「ちょっと黙っていてくれますか、この変態」
「ぐはっ! もっと言ってくれ!」
「国辱が」
「んはぁ!」
やはりこの国はダメかも知れない。
私は鞭を振るいながら、そう思うのだった。
おわり




