第4話 イカれた目標
如月ハズレの優雅な朝は同居人の膝蹴りから始まる。
同居人のエマさんは普段の無口さや大人しさに反して、寝相がとってもアグレッシブ。
狭いベッドの上で力いっぱい身体を動かし、私の鳩尾と顎下に大打撃をお見舞いしてくれます。
おかげで朝の目覚めはベリーバッド!
二人で使うシングルベッドの上では、殆ど寝がえりをうつスペースなど無いはずなのに、寝た時と起きた時で正反対の方向に頭があるときも……。
そんなお茶目なエマさんは食事の時間もとぉーっても個性的。
箸を使うのが苦手なのか、ミニトマトや豆腐をあらぬ方向に弾き飛ばしてしまいます。
当然、彼女は落ちた食べ物を拾いに行かないので、落ちた物を片付けるのは私の日課です。
そんな自由奔放な彼女ですが、普段はとっても物静か!
私がどれだけ落としたものを片付けるように言い聞かせても返事の 1つもありはしねぇ。
汚れた服はその場に脱ぎ捨てて別のモノに着替え始めやがる。
使ったティッシュはその場に落として平然と――――――。
「だああああああああああああああああああああああああああ! お前マジで何なんだよ⁉」
私の堪忍袋の緒は引きちぎられていた。
「うんとかすんとか言ってみろ! 好き放題しやがって!」
なにが、『部屋の置物として考えるとしよう』だぁ?
あの時の自分をぶん殴りたい! こんな置物があってたまるかよ!
「…………」
私がこんなに発狂しても、彼女の心には何も響いている感じがない。
もしかして耳が聞こえないのだろうか?
そんなことも思ったけれど、たぶん聞こえてはいるんだろう……。
「チビ」
エマを貶すと、物凄い勢いでローキックが飛んできた。
「あっぶね!」
後ろに飛んで彼女の攻撃をギリギリで躱す。
このように、エマは自分をバカにされると無表情のまま足技を披露する。
「あ~、めんどくせぇ。こんなことで体力使ってる場合じゃないのに……」
この場所で生活するようになってから早くも一週間。
VTuberとしてデビューするまでの残り期間も、おそらく一週間ほど。
その後、葛西たちからは大した音沙汰がない。
実際のところ、私はいつになったら活動を開始することになるのか――。
疑問はあるが、考えても答えが分からない事に脳のリソースを使う余裕はない。
だから、私は初配信の戦略を毎日毎日、頭から火が出るんじゃないかと思うほど考えることに注力している。
今のところ確認したVTuberの中で、売れている人の配信系統はいくつかに絞られる。
・歌うま系
・ガチゲーマー系
・トークスキルごり押し系
・特殊スキル・特殊個性系
上 3つは天性の才能がないと多分無理だ。
それなりに歌が上手い、それなりにゲームが上手い、それなりにトークが上手い。これでは上位層のバケモノたちに押し負けてしまう。
トップを目指して活動するなら、レッドオーシャンと言えるだろう。
如月ハズレとして誕生してから、私は歌を歌った経験も、ゲームをした経験も、人と話した経験も乏しい。
特にゲームなんて買い与えられたことはないのだから、からっきしだ。
つまり――。
「特殊系で売っていくしかないよな……」
つまらなそうな顔でこちらを見るエマを余所目に、私は自分の思考に潜り込んでいった。
◆
監禁生活が始まってもう10日。
食事を運ばれてくる以外で組の人間が部屋に来ることもなく、そのうち存在を忘れ去られてしまうのではないかと不安になってきた頃。
ようやっと、葛西と矢崎が部屋にやってきた。
「オウッ! 好調か?」
矢崎は、さも友人を相手にするかのように私とエマに声を掛ける。
「矢崎さん、あんまりにも快適なもんで、このままニートになれるのかと思っちゃいましたよ。ホント、なーんも音沙汰無いんだから」
「ダッハッハ! 金食い虫を養う余裕はねぇよ! こっちも色々とやることがあったんだ」
私の軽口を聞き流して矢崎は豪快に笑う。
どうせ碌な事をしていないだろう。
「それで、ようやく仕事の話をできると思っていいんですか?」
私の質問に答えたのは矢崎ではなく、その後ろに控えていたハゲ――葛西だった。
「もちろんだ。今日はお前と打ち合わせをしにきた。まずは、タコ部屋に移動するぞ。ここじゃ椅子が足りねぇ」
「タコ部屋って言い方やめない……?」
私の呟きが彼に届くことはなかったらしい。
返事もなく葛西は顎先で部屋の出口を指し、付いて来いと言わんばかりに歩き始めてしまった。
「行くぞエマ」
「…………」
これまで毎日一緒に居たせいか、私は自然とエマを引き連れようとしてしまう。
言葉を口にしてから、どうせ付いてこないだろうと思ったけれど、意外にもエマは素直に私の言葉に従った。
「さてまずは、お前のノルマを提示しておく」
そう切り出したのは葛西。
コイツは私がVTuberとして初めに達成するべき目標を定めて来たらしい。
「初配信で登録者 1万人だ。これが達成できないとまともな収益が入らねぇ。これでも雀の涙ほどの金にしかならんが、初動としては悪くない切り出しになる」
どんな馬鹿みたいな数字を要求されるのか身構えたが、思ったよりも現実的なラインだ。
あくまで現実的であるというだけで、全く以て簡単な話ではないが……。
「念のための確認ですが、達成できなかったらどうなります?」
答えは机に頬杖をついてニヤケ面をしてる矢崎の方から返ってきた。
たったの一言で――。
「死ね」
知ってたけどね……?
おそらく失敗したら私の内臓たちが世界各国を飛び回ってしまうのだろう。
本当に、頭がおかしくなりそうだわ。
それに、今のは初配信のノルマでしかない。
本題はむしろここからだ。
「今のは短期目標っすよね? 中期目標は?」
「半年で登録者50万人、もしくは月間収益 250万の達成」
思った通りの馬鹿げた話だ。
普通に考えたらありえない数字。でも、コイツらは普通じゃない。
まともな精神の奴なんぞ一人としていない。
そして、――――私もイカれた人間の一人だった。
半年で50万人の登録者。
前代未聞とはいかないかもしれないが、宝くじを当てる確率みたいな話だ。
「そのくらい跳ねたらスポンサーも付いて、諸々の利益込みで年間数千万の金は入るでしょうね」
「洗う必要のない綺麗な金でそれだけ利益が上がればテメェのいうコマの長期運用ってのは魅力的になる」
私が提案したんだけど、改めて矢崎の口から言われてみれば酷い言葉だ。
もうこれ奴隷の扱いじゃんね。
まあ、三食ネット付きの住居を提供して貰ってるから文句はあまり言えないけど……。
さて、今の生活を守るためにも自分のやる気をアピールしておくとするか。
「それにしても、半年でデカい成果を目指すなら初配信の目標が低すぎるっすよ。最低でも登録者10万にしましょう」
「「ハァ?」」
二人とも、自ら目標値を10倍まで引き上げた私に大層驚いた様子だ。完全に馬鹿を見る目をしている。失礼極まりない。
でも、これは中期目標を目指す上で必要な数字に他ならない。
初配信で登録者 1万程度なら、半年後にはかなり多く見積もって10万に届くかどうかだろう。
「VTuberなんて山の数ほど競合がいる戦場で登録者 1万なんて注目株に入れるはずもない。一度停滞したら半年掛けても大した成長は見込めない。やるなら初動でインフルエンサーとしての地位を確立する。この際、根強いファンである必要もねぇ。今欲しいのは話題を広げてくれるだけの数だ」
意図的に口調を荒げていく。
低姿勢じゃダメだ。これは私の戦い。
私が先頭に立って戦線を開くのに、弱気でどうする。
アドレナリンをドバドバ出し続けろ! 私はもうとっくに命懸けの戦場に立っている!
「口で言うのは簡単だがテメェ、算段はあるのか? こっちだってそれなりに考えて提示してる数字だぞ?」
これから言おうとしている蛮行とも言える策を聞いた二人がどんな顔になるのか……。
想像してついついニヤケ面になる。
実際のところ、確実な勝算があるとはいかないだろう。
それでも、今は自信たっぷりに言いのけてやる。
「最低 100時間だ……私が単独で初配信を100時間以上ぶっ通しでやり続ける。もちろん不眠。終わりは私が気絶するまで。100時間経つ前に私が寝たらあらゆる手を使って叩き起こせ。必ずやり遂げてやる……」
我ながら頭がおかしい提案。もはや口にしていて面白くなってくる。
勝手に口角が上がってニヤニヤと気持ち悪い笑みになっていることが自分でも分かった。
自分の生死をVTuber活動に左右させるなんてイカれ狂った状況。私自身もまともじゃいられない。
毒を食らわば皿までだ。この際どこまでも突き抜けて狂い通してやる。
そんな心境の私を知ってか、葛西は嫌悪感丸出しの顔でこちらを見てきやがる。
矢崎は私と同じで気持ち悪いニヤケ面だ。
「良いじゃねぇかハズレ……気に入ったぞ。目標を登録者10万人に修正だ。死ぬ気でやれ」
――――これが、伝説の始まりとなった。




