第2話 一触即発
「よしよし、話は決まりだな。オイッ! こいつをタコ部屋に連れてけ!」
「「ヘイ!」」
両脇に立つオッサン二人が再び私を引っ掴んで部屋から連れ出そうとする。
この状況をまだ何も理解できていない私はされるがままに引きずられてしまう。
「ちょっ、ちょっと待って! まだ何も分かってない! タコ部屋ってなんだああああああ!」
連行される私を見る爺はどこか楽し気だ。
爺は最後にこう言って話を締めた。
「言い忘れてたが、俺の名前は矢崎 豪だ。これから、よろしくなぁ」
連行された先は、どう見てもレコーディングスタジオだった。
いや、VTuberという言葉を聞くに、配信部屋なのだろうか?
コイツら、配信室のことタコ部屋って呼んでんの?
物騒すぎだろ。
「す、すごい部屋ですね。とても金に困ってそうには見えませんけど?」
咄嗟に出たのは純粋な疑問だ。
これだけの機材と環境を整えられるのなら、とても金がないとは言えないはず……。
「ああ、VTuberってのは、やたら金がかかってな。この部屋と配信機材、それからガワを用意するのでだいぶ金を使い込んじまった。そのせいで組の資金が枯渇寸前でよ。それで、大金貸してるテメェの親から搾り取ろうってことになったのよ」
え、え?
私たち一家って、VTuber活動の資金繰りの為に命狙われてるの?
ガチで言ってる?
いや、もう深く考えるな私。
どうせ理解不能だ。こんなクソみたいな状況を真面目に分析しても何の意味もない。
「そ、そぉっすかぁ。そんな金掛かってるプロジェクトに関われて光栄っす……」
「おう、だから、もしこれがコケちまったら……分かるよな?」
分かりたくねぇよバァーカ!
こいつマジで何言ってやがんだ?
「もももも、もろちんっす! 絶対に成功させますよ!」
私の口は脳裏の思考とは全く関係なく、勝手に調子の良いセリフを吐き出し続ける。
もはや身体と脳みそが別の生き物と化していた。
「と、ところで、VTuberっていうのは?」
「なんだ、最近の若い奴の間じゃ人気なはずだろ? 配信サイトで見たことねぇのかよ。2Dとか3Dのキャラがゲームしたり雑談する例のブツだ」
私が知ってるVTuberと、お前らが言うVTuberが同一の存在か確認したいんだよ。
極道がマジでVTuber活動しようとしてるとか、誰が思う?
あと、例のブツってなんだ。違法薬物みたいな表現をするな。
もうツッコミが追いつかないんだよ!
「ああ、知ってますけど……。でも、なんでVTuber?」
「知らねぇのか? あれはな、金の成る木だ。初期投資は掛かるが、あとはコマを使い倒すだけで大金が入る」
言い方悪すぎんだろ。VTuberのイメージ最悪だわ。
でも、信じ難い事態だが状況は把握できた。
どうやら、私はこの部屋で、マジでVTuberとして働くらしい。
これまでの人生、前世を含めたってVTuberになろうだなんて考えたことは一度たりともない。
ぶっちゃけ、興味も無かった。それでもやらねばならない。
なんせ自分の命が懸かっている。
覚悟を決めるんだ如月ハズレ。
今はとにかく我武者羅に動くしかない!
「あの、初配信はいつやるか決まってるんすか?」
「いや、まだ調整中だ。まあ、二週間は余裕あるんじゃねぇかな」
「二週間ですか……」
良かった。明日とか言われたら死ぬところだった。
市場調査しないでいきなり配信業なんかできるわけない。
初配信までに死ぬ気で世のVTuberたちがどんな活動をしてるのかインプットしなきゃならん。
――しかし、問題がある……。
「あのぉ、携帯とかPCを使わせてもらえませんかね?」
そう、私は携帯もPCも持っていない。
つまり、ネットに接続できる端末を入手する必要がある。
「ダメだ。外部と連絡を取られる可能性がある。言っとくが家にも帰さねぇぞ?」
まあそうだろう。
これであっさり端末を受け取れたらポンコツが過ぎる。
とはいえ、初配信の成功はコイツらにとっても望まれるもの。
ならば、今は手を取り合うしかない!
「じゃあ、貸してもらえなくていいんで隣で見せてもらえます? VTuberの配信を勉強しときたいんですよ」
「おいおい、こっちだって暇じゃねぇんだぞクソガキ。あんま舐めたこと抜かしってっと怪我するぞ」
スキンヘッドのオッサンが威嚇するように顔を近づけてくる。
なんだこの野郎?
テンプレートみたいな脅し文句使いやがって。
こっちもケツに火が点いてる。もう眼飛ばされる程度じゃビビッてやらんぞ。
「そっちと違って私は命張ってるんですよねぇ。だから、簡単には引けねぇよ? それにアンタも自分で言ったろ、この仕事をコカすわけにいかねぇ。こっちも本気だぞ?」
こちとら15年間もクズ二人と共同生活してたんだ。
オッサンに顔を近づけられても加齢臭をテイスティングする余裕ぐらいある。
こっちだって精神年齢40過ぎた中身オッサンだぞ。見た目で舐めんなよ?
ハゲ頭は私の返答が予想外だったのか眉を潜めて黙りこくる。
しばらく私の顔を見ながら考え込むと、溜息を吐いてから喋り出した。
「はぁ~、わかった。オイ! エマを呼んで来い!」
「は……えっ?」
「おい、聞こえなかったか?」
「ス、スンマセン! 今すぐ行きます!」
ハゲの命令でもう一人のオッサンが困惑している。
――いや、私を見てビビってる?
冷静になれば、この状況でヤクザに啖呵を切る15歳少女なんて奇天烈な生物をお目にかかる機会は少ないだろう。
私という存在の得体の知れなさに本能的に恐怖したか?
ただのTS転生したオジサンなんだけどな。
命令された方のオッサンは、ハゲと私を交互に見て逃げるように部屋を出て行った。




