第17話 極東ヒカゲ。よろしく②
ま、まままま、拙い! エマの名前出しちまったああああああ!
「あ~~~! 腹痛いから今日はこの辺で配信終了ということで~」
これまでにない程に焦った私の声は変にひっくり返っていた。
だけど、視聴者たちにはさぞかし面白い展開なのだろう。
コメント欄は大盛り上がりだ。
コメント欄:
『人の初配信を終わらせるな笑』
『おい逃げるなwww』
『マジでやらかしたのかwww』
『ネタじゃないのマジ?』
『もうちょっと上手く誤魔化せたろ笑』
『エマちゃんっていうのかぁ。本名も可愛いな』
『初日で本名バレするVTuber……これ、またニュースになるんじゃ?』
………………………………
やっべぇええええええ! これ、どう収拾を付ければいいんだ⁉
焦り散らかす私の肩に誰かの手が触れる。
誰の手かは決まっている、エマだ。
咄嗟にエマの方を見れば、彼女は管制室の方を指差していた。
『エンコ詰めろ』
そこには物騒なテロップを掲げるにこやかな矢崎が……。
「お前ら助けて! スタッフに殺される!」
コメント欄:
『姉御が悪い』
『擁護できん』
『死んで来い』
『骨は拾います』
『南無阿弥陀仏』
『エマちゃん、トレンド入りおめでとー!』
………………………………
「チックショ~~! なんて薄情な舎弟どもだよ! てか、トレンド入りさせるんじゃねぇ!」
エマの名前を出してからまだ数分も経っていないのに、もうSNSでトレンドに入ったらしい。
話題にされたくない事ほど広まるのが早いからネットというのは恐ろしいのだ。
どうしよう! 大事な妹分の本名がメスガキキャラとして全世界に広まっちまう!
とんでもないデジタルタトゥーになること間違いなしだよ!
誰のせい? ぜーんぶ私のせいだよクソが!
「……どんまい」
遂に被害者のエマに慰められる始末だ。
もうこのままエマにオギャりたい!
幼児退行して責任能力がなかったことにしたい‼
そんなことを思っていると、管制室の方で新たなテロップを出される。
『とりあえず、配信はやりきれ』
なんと恐ろしいことに矢崎からゴーサインが出てしまった。
このまま続投するらしい。
そうとなれば、私もいい加減に気持ちを切り替えないといけない。
「え~、スタッフさんから配信を続けるように指示が出たので、初配信を継続します……」
コメント欄:
『マジか』
『極ライブのスタッフ鬼畜だな』
『マジかよ、運営の判断もすげーなw』
『この運営にして、このライバーあり』
『リアルプロフィールの公開でも始める気かよ』
『ドンドン人増えてるなぁ』
………………………………
しょっぱなからのトラブル。
前途多難な初配信はまだ続く。
そして、こんな状況で『極東ヒカゲへの質問タイム』が始まってしまうのだった。
『ヒカゲちゃん、初めまして! サンプルボイスを聞いて一発でファンになりました! さて、早速質問ですが、ヒカゲちゃんには夜寝るときのルーティーンがあったりしますか? 僕は寝る前に温かい紅茶を飲まないと落ちつきません。ヒカゲちゃんにも、そんなルーティンがあったら聞いてみたいです! よろしくお願いします』
投稿フォームに寄せられた質問は、そんな丁寧な文章で綴られた至って普通の内容だった。
なのに――。
「夜はお姉ちゃんを毎日抱いてる」
降り注ぐガソリンは留まるところを知らない。
コメント欄:
『ふぁ?』
『え?』
『え、毎日抱いてる?』
『ん?』
『おん?』
『エッチなことを考えた者は正直に手を挙げなさい』
『流石にそういう意味じゃないだろうけど……』
『てか、二人って一緒に暮らしてるの?』
『マジの姉妹ってこと?』
『待てお前ら、全部フォームで質問すればいいんだ』
『ノ』
………………………………
「ヒカゲ、言い方……」
「……もうエマでいい」
よくねぇよ。
「ヒカゲちゃん? エマって誰かなぁ?」
「…………」
エマからもの凄く面倒臭そうな顔で無言の抗議をされる。
元はと言えば私が悪いのだけれど、それにしてもロールプレイは守って欲しい。
いや、ホント、私が言えたことじゃないけど……。
「あーっ……。ヒカゲがよく私に抱き着いて寝てるのは事実だ。はい以上、次」
コメント欄:
『雑すぎだろwww』
『毎日ってことは……』
『てぇてぇ』
『てぇてぇ』
『少なくとも一緒に住んではいるのか?』
………………………………
そんなコメントたちを無視して、私は投稿フォームから適当に次の質問を選ぶのだった。
そうして、次々と質問に答えていくと、私には理解できないメッセージが届いた。
「えーっと……。『エマちゃん、ミネネさん、こんにちは』って……エマちゃんて誰ですかね? 送り先間違えてるので次」
コメント欄:
『草』
『待てwww』
『諦めろ』
『ちゃんと読め』
『最後まで読んで』
………………………………
「うるせぇなぁ! 分かったよ!」
コメント欄で大量のクレームが送り付けられたのを見て私は諦めて続きを読む。
「『エマちゃん、ミネネさん、こんにちは』はい、こんにちは。『私はエマちゃんがネコでミネネさんがタチだと思っているんですが、実際のところどうなのでしょうか? よろしければご回答お願いします』 ……………………何言ってんだ?」
タチ? ネコ? って何?
私が質問の意味を理解できずにいると、珍しくエマから率先して回答があった。
「……私がタチ。これ、公式設定」
「なんか、そうらしい。次」
コメント欄:
『え?』
『公式……』
『意味理解してるか?』
『どういうこと?』
『マジでこの配信大丈夫かよ』
『え、俺も意味がわからんかった。誰か教えて』
『姉御、汚されちまったな……』
………………………………
コメント欄の反応を見て段々と不安になってくる。
「適当に流したけど、今の質問ってなんかヤバイの?」
「……お姉ちゃんは知らなくていい」
意味を理解していたらしいエマに確認を取るが、流されてしまった。
はて、どういうことだろうか?
そんなこんなで、極東ヒカゲの初配信はあっという間に終わりへと向かう――。
最終企画は、『愛してるゲーム』。
「これ考えたの誰だよ……」
「………………」
思わずツッコミを入れてしまう私。
そして、何故かエマから気まずそうな雰囲気を感じるのだった。
現在の同時視聴者数 9万人。
私は画面を二度見した。
いつの間にこんなに人が増えていたのか。
というか、どうして私は万単位の人間に見守られる中で愛してるゲームなんぞをせにゃならんのか……。
「なぁ、これ本当にやるのか?」
コメント欄:
『これを見に来た』
『やってください』
『あくしろ』
『照れた姉御が見たい』
『エマちゃんの圧勝とみた』
………………………………
正気かよコイツら……。
私とエマが「愛してる♡」とか言い合ってるのを見て楽しいのか?
ちなみに、私が見る側だったら結構楽しそう。
恥ずかしそうにしてるエマとか想像しただけで撫でまわしたくなる。
「ハァアアア……。しゃーない、やるか。ヒカゲ、覚悟はいいな?」
若干ソワソワしているエマ。
そんな態度を取られるとこっちも変に緊張しそうだ。
「……ん」
エマの控えめな返事を合図に、私は先手を打った。
「あ~、……んんっ。……ヒカゲ、愛してる♡」
今世最高のメス声を披露してやったわチクショウめ!
「………………っ」
目の前には、過去最高に口角を釣り上げたエマが居る。
お前、そんなに笑えたんだ……。
そんな事を考えて油断していたのが良くなかった――。
「……お姉ちゃん、愛してる♡」
エマからビッグバン級の反撃があった。
ニコニコ満面笑顔での『愛してる』。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ」
あまりにも破壊力が高すぎです。
私、如月ハズレは昇天いたしました。
――これにて完!
「はっ…………!」
危ない、また転生してしまうところだった!
意識を取り戻すとそこには不満気な顔のエマが居た。
「…………もう 1回」
「いやいや、待て! もういいだろ! お前らも満足したよなぁ⁈」
コメント欄:
『いや、これは流石に早すぎる』
『せめてもう 1回』
『カッコいい姉御を見せてくれ』
『あれじゃゲームになってない』
『姉御ざっこ……』
『先手後手入れ替えは必要でしょう』
………………………………
ダメだ、私の味方が居ない。
管制室の方を見れば、さらに私を後押しするテロップが出ていた。
『もう 1回やったら減刑する』
テロップを出す矢崎はニコニコだ。
どんだけ見たいんだよ!
「くっ……。分かった、ならもう 1回だ…………」
何でこんな公衆の面前で黒歴史をリアルタイム更新させられているのか。
しかも、管制室からヤクザに見守られながら……。
私は訳の分からない状況に苦しみながら、エマに開始の合図を出す。
「来い、エマ!」
「………………ん」
こっくりと頷くと、エマは溜を作って一言を発する。
「結婚しよ♡」
愛してるゲームをやれよ……。
こうして、第 2回戦はエマの反則負けとなり、最終企画は終了した。
「お前ら、今日は色々あったが、これでようやく終わりだ。いろいろあり過ぎてマジで疲れた。んで、私からは特になし。以上!」
コメント欄:
『100時間配信より声が疲れてないかw』
『おつかれ姉御』
『これからスタッフにこってり絞られるんだね……』
『お疲れさまでした』
『おつミネ』
………………………………
「ヒカゲ、最後に自分で配信を締めろ」
「……ん…………おつかれ……またね」
そんな簡素過ぎるエマの挨拶を最後に極東ヒカゲの初配信は幕を閉じた。
配信終了時点のチャンネル登録者数―― 9万人。
これにて一件落着、とはならない。
この配信を境に、私の日常は混沌を極めることになるのだった――。




