第13話 あれから一ヶ月
初配信から一ヶ月。
あの地獄のような 100時間配信以降、極東ミネネはVTuber界で一定の知名度を得ている。
今日も配信には多くのファンが押し寄せていた。
初配信の話題が落ち着いた今でも、同時視聴者数は 5千人を超えている。
チャンネル登録者数も順調に伸ばして、先日18万人へ到達。
この勢いを上手く乗りこなせば、半年でチャンネル登録者50万人というノルマも優に達成できそうだ。
次々と個性的なキャラクターが参画してくるこの業界では、油断は禁物だが……。
まあ、それはさておき――――。
「つーわけで、今日の配信はこのあたりでお開きにするわ。いやー、今日も沢山の舎弟が来てくれて嬉しいぜ!」
コメント欄:
『もう終わりかー』
『姉御の話は面白いから時間が過ぎるの早い』
『まだ終わらないでくれ』
『楽しかったっす姉御!』
『今日もお勤めご苦労様でした!』
『今日も姐さんと話ができて舎弟は幸せでした……』
………………………………
ちなみに、ファンの呼び名を考えろとの指令が田村から下り、極東ミネネのファンネームは『舎弟』に決定した。
私のファンたちは、なんだか従順な舎弟っぽいムーブをする輩が多い。
個人的にはピッタリなネーミングだと思ったのだが、田村からは微妙な顔をされた。
あいつは未だに、私に少女らしい可愛らしさみたいなものを期待しているらしい。
何度も言うが、精神年齢40代のオジサンにギャルっぽいセンスとか期待されても困る。
「うい、お前らも一日お疲れさん。色々と話せて楽しかったぜ! じゃ、またなー!」
流石に一ヶ月も毎日のように配信をしていると配信者としての基本スキルが上がってくる。
私は締めの挨拶をしながら手を動かし、配信画面をエンディングシーンへ流れるように変更した。
コメント欄:
『おつミネ』
『おつみね』
『おつミネ!』
『またなー!おつみね!』
………………………………
コメント欄にもいつの間にやら暗黙のルールみたいなものが出来ていて、私が配信を切る直前になると『おつミネ』とかいうワードが流れ始める。
VTuber界隈ではよくあるらしいが、なんとなく気恥ずかしくて自分で口にする気にはなれなかった。
私は舎弟たちのコメントを眺めながら配信が完全に切れるのを待つ。
「っし! 今日のお勤め完了!」
独り言ちて、私は軽く伸びをする。
「んあ~! 座りすぎてちょい疲れたわ」
そんなことをしていれば、配信室に入ってきた葛西から声を掛けられる。
「ハズレ、ちょっと話すことがあるから管制室で待ってろ。エマを呼んでくる」
やっと一仕事終えた人物に対する態度じゃねぇな。
もうちょっとくらい労って欲しいもんだ。
にしても、態々エマを呼んでくるあたり、遂にあの話が動き出したらしい。
「来月にエマをVTuberとしてデビューさせることが決まった」
田村は真剣な面持ちでそんなことを言う。
その隣の葛西は厳めしい顔で腕を組み、エマの方を向いていた。
しかし、当のエマは私の隣でボケッとした顔で椅子に腰掛けている。
いつも通りと言ってしまえばそれまでなのだが、これからのことを思えば頭が痛くなってくる光景だ。
ちなみに、珍しく矢崎の爺さんは不在。今頃どっかで滞納者のケツを蹴り飛ばしているのかもしれない。……いや、居ない爺より目の前の問題の話が先か。
「なぁ、お二人さんよ。やっぱりエマにVTuberは無理があるって。だって、これだもの」
親指でクイッとエマの方を指しながら、私は葛西と田村に抗議を入れる。
だって、どう考えてもエマじゃやっていけない。
VTuberって知ってる? トークメインの配信業だよ?
私が彼女と出会ってから一ヶ月余り経つが、未だに「ん」の一音以外に声を聞いたことがない。
そんな奴が人前で話す仕事を任されても全うできようはずがねぇ。
これはエマを守るための抗議でもある。
――――だから、私の親指を曲げてはならない方向に押し込むのは止めるんだ、エマ……。
「……そこは、お前が何とかしろ。今後のパートナになるんだから……」
私から顔を逸らして葛西がそんな無責任な丸投げをしてくる。
テメェ、こっちの目を見て言ってみろ。
絶対に無理だと思ってんだろーが!
田村の方にも視線を向けたが、同じような反応が返ってきた。
私に権力があったら、コイツらを亡き者にしているところだ。
「ハァアアア…………。そこまでエマに拘る理由ってあるんすか?」
純粋な疑問。
愛想がないどころか喋らない。ユーモアはあるかもしれないが、生身が見えないVTuberではエマの良さは全く伝わらないだろう。
こんなことで金を掛ける意味がわからない。
正直、波に乗っている私の活動にとっても邪魔になりそうで嫌だ。
エマには悪いが、こっちはごっこ遊びで配信活動をしちゃいない。
「エマは元々お前よりも先にデビューする予定だったんだ。お前が来て急遽プランを変えた。オジキの指示でな。これは既定路線だったんだよ」
「マジで言ってんのかよ……。矢崎さんは何考えてるんです?」
「さあな……俺もオジキの考えを全て理解しているわけじゃあない…………。でも、エマを囲ったのはオジキだ。おそらく何かがあるんだろうよ」
葛西は若干疲れを滲ませる声でそんなことを言う。
コイツもあの奔放な爺には苦労させられているのかもしれない。
「ホント、どーしろってんだよ……」
真面目な話をしている隣で、私の親指をこねくり回して遊ぶエマ。
それを尻目に、私は再び溜息を吐くのであった。




