第10話 極東ミネネが来たぞ!④
もう何時間配信しているのか、考えるのが面倒臭い。
いや、丁度コメントがあった。
もう70時間もマイクの前に居るらしい。
頭がおかしくなりそうだ。
とにかく眠い。
「――――あ、スマン、今ちょっと飛んだかも」
気を抜くと瞼が落ちてくる。
コメント欄:
『流石にもう止めてもいいんじゃないか?』
『あと30時間はヤバいって。マジで死ぬぞ』
『なんで未だにテンション上げて話しできてるのか謎』
『頑張れ』
『70時間ずっと何かやってるの凄すぎる』
………………………………
コメントを見るにそれほど意識をやっていたわけじゃない。
ホッとしつつ気合を入れ直す。
事前に、配信ネタはアホみたいに用意していた。
更に、アドリブで長時間雑談配信をしたり、視聴者から勧められたゲームをやったり。
ヤケクソ気味に歌配信までしてやった。下手くそな私の歌は、それはそれで需要があったらしい。
そうやって、脳汁を出して無理やり耐えてきたが、もう体力が底を尽いてる。
いい加減にもう――――。
「いいや! まだ終われねぇ! 終わるわけにはいかねぇ! お前らと話したいことがまだある‼」
一瞬折れそうになる心を無理やり立て直す。
顔を上げれば、私の視線の先には希望に満ちた光が見える。
――チャンネル登録者 8万人。
目標の10万人まで、あと 2万人。
今のペースを考えれば余裕で10万人まで行けるはずだ。
でも、どうせならもっと伸ばしたい。今がチャンスなんだ。
中期目標はチャンネル登録数50万人。
今の波に乗っておかないと、絶対にあとが苦しくなる。
「視聴者数は……5000人か。凄い人数が見てくれてるんだなぁ。今って何時よ……」
コメント欄:
『18時くらい』
『18』
『18時だぞ』
『 6時』
『夜の 6時』
………………………………
「あ~、もう飯の時間だったか。全然腹減らないわ」
私は睡眠欲に支配されている。
そのせいか、脳が食欲という欲求を忘れているのかもしれない。
「ふいー、いかんな。とりあえず飲み物だけ飲むわ」
ペットボトルを取ろうとして、手が滑った。
――バシャッ!
「ぎゃああああああああああああ」
床にペットボトルの中身をぶちまけてしまった。
幸いにも機材は無事だ。
コメント欄:
『飲み物こぼした笑』
『うるせぇwww』
『元気だなぁ』
『キーボード水没した?』
『大丈夫?』
………………………………
「マジで最悪だわ! お茶全部ないなった! アッハッハッハ‼」
しかし、おかげで瞬間的にでも目が覚めた。
「いやー。目が覚めたわ。お前ら、ちょい待ってな、スタッフに雑巾貰うから」
ガラスの向こうに視線を送れば、管制室には矢崎、葛西、田村にエマまで揃っていた。
全く気付かなかったけれど、どうやら私の様子を見ていたらしい。
エマに手を振ると、エマは手を振り返してくれた。
――なんかめっちゃ嬉しい……。
今日一の衝撃だ。
エマを見ていた葛西と田村も大層驚いた顔になっている。
ちなみに矢崎は私に手を振り返していた。
――お前は黙ってみてろクソ爺。
私が中指を立てて返すと矢崎は大爆笑していた。
相変わらず無駄に快活な爺だ。
◆
『新人VTuber極東ミネネ、初配信で100時間ライブを決行』
こんにちは、こんばんは。
極東ミネネです。
配信を始めて90時間ほどでしょうか。
ネットニュースになってました。
コメント欄:
『遂にニュースになってしまったか』
『10万人おめでとう』
『おまえ有名人じゃんwww』
『凄いことになってきたな』
『ミネネちゃん凄い!』
………………………………
おかげさまで更に勢いを増してチャンネル登録者は目標の10万に到達。
残り10時間はプラスアルファの獲得を目指すのみとなった。
「……っ…………ぐすっ…………。お前ら、……ありがとな……正直、見てもらえるか不安だったから……」
体力的にも精神的にも限界だった私は、涙腺が簡単に崩壊した。
そりゃあもう、みっともなくボロ泣きしている。
気持ち的には40代でやっている私としては、恥ずかしいことこの上ない。
しかし、視聴者たちには口が悪いけど努力家の女の子が胸の内を明かしたような感動シーンに見えたらしい。
コメント欄:
『やばい、俺も泣きそう』
『凄い頑張ってたもんな』
『最後まで付いていくからな』
『アーカイブもちゃんと見るわ』
『めっちゃ良い子じゃん。荒い口調と性格のギャップで好きになりそう』
『初日から応援してるから貰い泣きしそう』
『その涙、ペロペロしていい?』
………………………………
一部変な輩も混じっているけれど、視聴者たちに馬鹿受けしてしまった。
初配信の勢いは留まるところを知らない。
そして、オーラス。
100時間配信最後の企画は、振り返り雑談。
これまでの長かった道のりを視聴者たちと語り合う。
最後の一時間、それまでの疲れが吹き飛んだように私は元気になっていた。
終わりが見えると、こうも精神的に楽になるものかと自分でも驚いている。
「いやー本当に良かった。実は、途中で気を失ったら、あらゆる手を使ってスタッフに起こしてもらう約束だったんだよな。最悪、自分で指を折るか爪を剥がすつもりだった! あっはっは!」
気持ちが楽になったせいだろうか、私の口はゆるゆるになっていた。
コメント欄:
『え……流石にそれは…………』
『冗談……?』
『コイツはやるぞ』
『草も生えん』
『やっぱイカれてんだ』
『姉御、怖いっす』
『全然笑えないが?』
………………………………
少し前までの感動ムードが一転、視聴者たちは私にドン引きしていた。
なんでだよ!
そんなこんなで、私の初配信は無事にエンディングを迎える。
「私を見つけてくれた皆、本当にありがとうな! これから全力で活動するから、私に付いて来てくれ!」
配信終了直前のチャンネル登録者数、12万人。
初配信の最高視聴者数、 1万人。
「VTuber界に、極東ミネネが来たぞ!」
私のそんな一言で 、100時間に及ぶ初配信は幕を下ろした。




