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第02話:分刻みのスケジュール帳をその節穴な目に叩き込みます

壇上のエリック殿下は、勝ち誇った顔で私を見下ろしている。

その隣で、ミレーヌさんはハンカチを握りしめ、いかにも「か弱い被害者」を演出していた。

講堂を埋め尽くす生徒たちの視線が、刃物のように私を刺す。


(ふふ、心地よい静寂ですわ。観客がこれだけ揃っているのですもの。最高の舞台ではありませんか)


私はゆっくりと歩を進め、壇上のエリック殿下の正面に立った。


「殿下、先ほどミレーヌさんの教科書を破り、階段から突き落とそうとしたとおっしゃいましたわね?」


「そうだ! 証拠ならミレーヌの涙が物語っている!」


「涙が証拠……。失笑を禁じ得ませんわ。では、まず一つお尋ねします。その事件は、いつ、どこで起きたことになっておりますの?」


ミレーヌさんが、震える声で答えた。


「……先月の、十五日の放課後ですわ。図書室の裏の階段で、リリアーヌ様に突き飛ばされそうになって……教科書もその時に……っ」


「先月の十五日、放課後の午後四時。場所は図書室裏の階段。間違いありませんわね?」


私は扇をパチンと鳴らした。

すると、来賓席の一角から、一人の女性が毅然とした態度で立ち上がった。

彼女は王家から私の元へ派遣されている家庭教師、マダム・ローランだ。


「マダム。私の先月十五日のスケジュール、読み上げていただけますか?」


マダム・ローランは、手に持っていた分厚い手帳を開いた。


「かしこまりました。リリアーヌ様の十五日の放課後は、午後三時三十分から王宮の作法室にて、現王妃様との茶会。その後、午後五時からは財務官による『税本論』の講義が二時間。移動は王家の紋章が入った専用馬車で、常に私と二人の侍女が同行しておりました」


会場がざわついた。

エリック殿下が顔を赤くして叫ぶ。


「そ、そんなものは身内の偽造だ!」


「殿下、お忘れですか? マダム・ローランは王家からの派遣です。彼女の報告書は、毎週欠かさず王宮の事務局へ提出され、受理印が押されていますわ。私のスケジュールは分刻み。学園の放課後に、図書室の裏で誰かを待ち伏せするような『無駄な隙間時間』など、一分たりとも存在いたしません」


私は冷ややかな視線をミレーヌさんに向けた。


「ミレーヌさん。私が王宮で王妃様とハーブティーを嗜んでいる間に、どうやってあなたを階段から突き落としたのかしら? 私が分身でもしたと? それとも、転移魔法でも使ったとおっしゃるの?」


「あ、あの……それは、その……日にちを勘違いしたのかも……」


「あら、では他の日はどうかしら。十六日は領地の水運利権に関する書類整理、十七日は外交官との語学演習……。マダム、私のスケジュールに『いじめに費やす時間』はありましたでしょうか?」


「いいえ、リリアーヌ様。一秒もございません。むしろ、お食事の時間すら惜しんで勉強に励んでおられました」


マダムの言葉は重い。

王家が認めているスケジュールを否定することは、王家そのものを否定することに繋がる。


(そもそも、一国の母となるための教育を受けている私が、なぜ一子爵令嬢の教科書を破るなどという行為に及ぶ必要がありますの? 第一、教科書を破るって、どういう感情の動きをすればそこに至るのかしら。悲しい? 悔しい? それとも単純に紙が嫌い? 私、紙を破った経験が人生で一度もないのですけれど、楽しいのかしら。今度試してみようかしら。いいえ、やめておきますわ、習慣になったら困りますもの。『令嬢、公文書を破り散らかす』なんて見出しが出たら、父が倒れますわ。)


私は一歩、エリック殿下へ詰め寄った。


「殿下、ご自身の婚約者がどのような教育を受け、どのような生活を送っているか、一度でも把握しようとされたことは? 私が学園に通いながら、どれほどの公務を代行していたかご存知?」


「くっ……それは……お前が勝手にやっていたことだろう!」


「『勝手に』? まあ、驚きましたわ。私が代行した書類に、あなたの名前で署名サインをしたのはどなたかしら? おかげであなたは放課後、ミレーヌさんとのお茶会を楽しむ『暇』があったのでしょう?」


周囲の空気が変わり始めた。

「悪役令嬢によるいじめ」という構図が、音を立てて崩れていく。

そこにいたのは、ただひたすらに国のために働き、その合間に婚約者に裏切られた、一人の令嬢だった。


「……さて。いじめの件が『物理的に不可能』であると証明されたところで、次はもっと興味深いお話をしましょうか」


私は視線を来賓席のさらに奥、現王妃様が座る一角へと向けた。

エリック殿下の顔が、今度は青白く染まっていく。


(顔が青くなってきましたわね。……あら、さっきより少し緑がかってきたかしら。もう少しで黄色になりそうですわね。このまま虹色まで行けるかしら。殿下の顔色が変わるたびに色を記録していたら、素敵な色見本帳が一冊できそうですわ。タイトルは『無能な殿下の感情グラデーション』。出版したら売れるかしら。いいえ、買う人がいませんわね。恥ずかしくて。)


お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
スコ速で見て読みに来ました。 先章は男の馬鹿さが中々で、楽しく読みました。今章はどういう切り口になるのでしょうか。ところで子爵家長男は?
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