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子爵家次男のありふれない日常  作者: kishi
対岸からの飛び火
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第05話:喫茶店という名の完璧なる包囲網

三晩にわたる女性陣からの集中砲火を受け、俺の精神はもはや更地になっていた。だが、その更地に一本の「覚悟」という杭を植えた俺は、翌日、生まれて初めて自分からミモザをお茶に誘った。


「アルフ様から誘ってくださるなんて、とっても嬉しいです!」


学園の門の前。ミモザは花が咲いたような笑顔で俺を待っていた。十一歳の彼女は今日も可愛らしい。……いや、可愛らしいが、その笑顔の裏にある「何か」を、今の俺は本能的に察知してしまい、少しだけ背筋が震える。


「あ、ああ。最近、ゆっくり話せていなかったからね。さあ、行こうか。評判の喫茶店を予約してあるんだ」


「はい!」


俺たちは並んで歩き始めた。エスコートする俺の手は、いつになく緊張で強張っている。だが、その緊張が「恋」によるものか「生存本能」によるものかは、神のみぞ知るところだ。


喫茶店の入り口に辿り着いた、その時だった。


「あら、奇遇ね。アルフにミモザちゃんじゃない」


背後から聞き覚えのある、しかし聞きたくない声が響いた。振り返ると、そこには完璧な外出着に身を包んだ姉カティが、これ以上ないほど白々しい表情で立っていた。


「……姉様。なんでここに?」


「お買い物よ。あら、二人でお茶? いいわね。私も喉が渇いていたの。ご一緒してもいいかしら?」


「いや、今日は二人で――」


「あら、ミモザちゃん、そのリボンとっても素敵ね! 近くで見せてくださらない?」


「はい、カティ様!」


ミモザが嬉しそうに駆け寄る。俺の拒否権は、秒速で消滅した。姉は俺にだけ見える角度で「協力しなさいよ、この未熟児」と言わんばかりの冷たい笑みを浮かべ、俺の脇腹に鋭い肘打ちを食らわせた。


「ぐふっ……。じゃ、じゃあ、中に入ろうか……」


逃げ場を失った俺が店内に一歩足を踏み入れると、さらなる絶望が待ち構えていた。


「あら、カティにアルフ。それにミモザちゃんまで。奇遇ですこと」

「本当に。世界は狭いわねえ」


窓際の特等席に、母エレオと祖母ロザが優雅に鎮座していた。テーブルの上には、すでに最高級の茶葉の香りが漂うポットが置かれている。


(……固めてきたな。俺がボロを出さないように、外堀をコンクリートで固めてきやがった!)


俺は心の中で絶叫した。偶然のわけがない。この三人が揃って同じ時間にこの店にいる確率なんて、彗星が王都に直撃する確率より低いはずだ。


「さあ、立っていないで座りなさい。……あら、気づかなかった? 今日は私たちがお店を貸し切っておいたのよ。身内だけでゆっくりお話ししたくて」


「貸し切り!? うちにそんな権力と財力があったの!?」


「貴族の嗜みよ、アルフ。契約を重んじる家として、静かな環境を確保するのは当然のことでしょう?」


母の微笑みが怖い。俺はミモザの隣に座らされ、正面には最強の女性陣三人が並ぶという、地獄の包囲網ティータイムが開始された。


そこからは、会話という名の「公開処刑」だった。


会話の内容自体は、学園の様子や季節の花の話など、表面的には穏やかなものだった。しかし、俺が何か一言発するたびに、正面の三人による「ジャッジ」が入る。


「ミモザは最近、音楽の勉強を頑張っているんだってね。……あ、でも、まだ子供には難しいかな?」


俺がうっかり「子供」というワードを口にした瞬間、テーブルの下で母の鋭い蹴りが俺の弁慶の泣き所にヒットした。


「いっ……!」


「あら、アルフ。ミモザちゃんのその高い感受性を『難しい』の一言で片付けるなんて、貴方の解像度は相変わらず低いのね?」


祖母が冷ややかに補足し、すかさず姉が俺の足の甲をヒールで踏みつける。


「ミモザちゃんはね、アルフ。貴方が読んでいるような難解なフリをした大衆小説よりも、ずっと深い詩集を嗜んでいるのよ。ねえ?」


「ええ。アルフ様とお話ししたくて、必死に勉強しているんです」


ミモザが健気に微笑む。その健気さが、今の俺には「完成された淑女の計算」に見えてしまい、別の意味でドキドキする。


「ミモザ、友達とはどんな過ごし方を?」


「はい。……先日は一緒に押し花を作りました」


「押し花か。俺も昔やったことあるよ。確か、挟んだまま本を忘れて、一ヶ月後に発見した」


「……どんな本でしたか?」


「歴史の教科書。ちょうど試験前だったから、その後の点数がひどかった」


「まあ」とミモザが吹き出しそうになるのを必死に堪え、「笑えない話を笑えないトーンで言うな(姉の肘打ち)」、「歴史を疎かにした報いね(母の足蹴り)」が即座に来た。


俺がミモザのカップに紅茶を注ごうとすれば「角度が甘いわ(母の肘打ち)」、彼女の好きな菓子を勧めようとすれば「それは先月の好みよ。情報の更新が遅いわね(祖母の舌打ち)」、常に誰かの横槍が入り、俺の身体は数分おきに衝撃を受ける羽目になった。


まさに窮屈。一挙手一投足を監視され、誘導される会話。

だが、その地獄のような時間の中で、俺はふと気づいた。


(……あれ? ミモザ、俺の話をあんなに真剣に聞いてくれてたのか?)


以前の俺なら、「へえ、そうなんだ」と聞き流していた彼女の相槌。だが、教育(物理)を経て意識して接してみると、彼女が俺の趣味や学園での愚痴に合わせて、いかに巧みに言葉を選び、俺を立ててくれていたかが、解像度の上がった視界に浮かんできた。


彼女はただの「可愛い妹分」じゃない。

三人の猛獣たちに囲まれながらも、一歩も引かずに優雅に微笑み、かつ俺をフォローしようとしてくれる、恐ろしくハイスペックな「未来の女傑」だ。


「……アルフ様? どうかされましたか? 私の顔に何かついています?」


「いや。……ミモザって、案外、大人なんだなと思って」


俺のその言葉に、正面の三人が一瞬だけ「合格」の視線を交わした。足への圧力が、ほんの少しだけ和らぐ。


一度のお茶会で、彼女の全てを理解できたわけじゃない。

けれど、以前のような「適当に切り上げればいい契約」という景色は、どこにもなかった。


地獄の五人茶会が終わる頃、俺の足はボロボロだったが、心にはこれまで感じたことのない奇妙な充実感が芽生えていた。


お読みいただき、ありがとうございました。

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