第01話:流行りの「追放劇」を笑っていたら自分の首が危なかった
「……いや、それにしてもこの前の卒業式、思い出してもすごかったよな。エリック殿下が『貴様のような醜悪な女は国外追放だ!』って叫んだ瞬間にさ、リリアーヌ様がすっごい冷めた目で『その時間、私は王宮で王妃様とお茶をいただいておりましたが?』って返して、王妃様も横で頷いて。あの講堂の空気、ほんとに氷河期だったよな」
新学期が始まって間もない春の夕刻、子爵邸の俺の部屋。
学友のレオンが身振り手振りで語るのは、卒業式で俺たちが目撃した「あの大惨事」だ。俺、アルフ・子爵家次男は、椅子にふんぞり返って相槌を打っていた。
「ほんとにな。俺、途中から殿下の顔が見られなくて前だけ見てたわ」
「だよな。で、宰相閣下まで出てきて、『辺境伯領からの穀物供給が止まったら民が飢えますが、殿下が耕すんですか?』って言い出した時、周り引いてたよな。法相閣下も『独断での追放は越権行為であり、国家反逆罪に相当する可能性があります』って真顔で説教して。最後、国王陛下に『……エリック。下がれ』って言われた時の殿下の顔、忘れられんわ」
「ていうかさ、ミレーヌさんってその後どうなったんだろ。あの時、壇上でへたり込んでたじゃないか」
「さあな。子爵家ごと干されるんじゃないか。……てかお前、宰相閣下の顔見た? あの人、最初からずっと『やれやれ』って顔してたよな。慣れてる感じがしてちょっと怖かった」
「あー! 見た見た! 法相閣下もなんか、台本でも読んでるみたいに淡々としてたよな。あの人たちには、ああいう場が日常なのかな……」
「俺たちとは住む世界が違うわ。……でもリリアーヌ様はすごかったよな、正直」
「だよな。……あの人、ああいう場で泣かないんだな」
「……まあな。まさに『真実の愛(笑)』の末路ってわけだ。おいおい、大丈夫かこの国。将来の国王様がそんなに頭お花畑で」
なんてマヌケな話だろう。婚約破棄なんて、そんな重大なイベントを、あんな劇的に、かつ無計画にやる奴がいるなんて。
せいぜい「ちょっとした契約の解除」くらいの感覚だったんだろうか。
……おや、どこかで聞いたような思考だな。
(……待てよ。俺も似たようなこと考えてなかったっけ?)
背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
俺には五歳年下の婚約者がいる。親同士が仲良くて、幼い頃にふんわり決まった、子爵家同士の婚約だ。正直に言えば、近いうちに「この婚約、なかったことにできないかな」と切り出すつもりだった。
あんな小さな子に、俺みたいな半人前を押し付けるのも、なんか違う気がしていた。彼女には、もっとちゃんとした相手がいるんじゃないか、とも思っていた。……まあ、これは俺が決めることじゃないんだけど。
「……なあ、レオン。ちょっと聞いていいか」
「なんだよ、急に改まって」
「いや、別に大した話じゃないんだけど。さっきの『国家反逆罪』って……あれ、王太子だから言われるんだよな? 俺らみたいな下っ端貴族が婚約破棄しても、そこまでは言われないよな?」
レオンが動きを止めた。
「……お前、それ、なんで急に聞くの?」
「いやー、なんとなく、法律の話として興味がさ」
「絶対嘘だろ」
「ま、まあ、そうだけど」
「お前が勝手に婚約破棄なんてしてみろよ。相手の家への侮辱、契約不履行、信用失墜。親父さんに廃嫡されるか、運が悪ければ不敬罪で首が飛ぶかもな。……え、もしかしてお前、やろうとしてたの?」
レオンの目が、爬虫類のように細くなる。
俺は慌てて首を振った。
「ま、まさか! そんなわけないだろ! ただ、ほら、世間の流行り(?)を確認しただけだよ!」
「……怪しいなあ。お前の家、確かに上下関係ゆるくてフランクな雰囲気だけどさ、一応は貴族なんだぞ? 子爵っていったら、王宮の政務官とかを任されるレベルなんだからな」
(あ、危ねええええええええ!)
心の中で絶叫した。
よかった。本当に、まだ口に出していなくてよかった。
婚約破棄なんて「ごめん、やっぱり性格合わないから白紙で」と、床屋の予約をキャンセルするくらいのノリで考えていた。
でも、今の話を聞く限り、それは床屋の予約どころか「店舗ごと爆破する」くらいの暴挙だったらしい。
「でもさ、レオン。考えてもみろよ。五歳差だぞ? 五歳!」
「それがどうしたんだよ」
「五歳差っていうのは、俺が十六歳の現役バリバリの学生なのに対して、あの子はまだ十一歳の子供ってことだ。子供だぞ? 小動物だぞ? あんな、ランドセル……じゃなくて、学習鞄が歩いてるような子が、恋愛対象になるわけないだろ」
俺は必死に弁明した。自分を納得させるために。
「あの子――ミモザは、確かに可愛いよ。妹としてなら最高だ。でも、結婚して一生を共にするパートナーかと言われると……うーん。だって、会話のレベルが合わないだろ? 彼女はまだ人形遊びとかしてる年齢だぞ?」
「お前、令嬢をナメすぎだろ。あの子ら、中身はもう大人より計算高いぞ」
「そんなことないって。それにさ、ぶっちゃけちゃうけど」
俺は声を潜め、レオンの耳元で囁いた。
「彼女に付いてる侍女さん。あの人、二十歳くらいでさ、すごく落ち着いてて美人なんだよ。あっちの方が、よっぽど俺の好みっていうか……大人の魅力っていうか……」
「……お前、それ最悪だぞ。婚約者の前で侍女をジロジロ見てるのか? それ、リリアーヌ様に論破された殿下よりクズじゃねえか」
「いや待ってくれ。俺はただ、美しいものを美しいと思う心は人間として正常だって言いたいんだよ。芸術は鑑賞するものだろ?」
「婚約者の侍女を芸術品扱いするな」
「でも考えてみろよ。もし俺がミモザ本人をジロジロ見てたら、それはそれで問題だろ。侍女さんを見ることで、ミモザへの敬意を保っていると解釈できないか?」
「できない。一ミリもできない。お前の論理、どこで習ったんだよ」
「独自研究だよ!」
「誇るな」
レオンは呆れたように肩をすくめた。
「まあ、お前の首がどうなろうと知ったこっちゃないけどさ。その『恋愛対象じゃない』っていう理由だけで、貴族の契約を破り捨てるのは、マジで自殺行為だぞ。エリック殿下が今頃、地下室でどんな目に遭ってるか想像してみろよ」
「……」
想像した。
暗い地下室。冷たい石畳。魔力封じの枷。そして、激怒した王妃様と、無表情な法相。
……嫌だ。絶対に嫌だ。
俺はまだ十六歳だ。これからバラ色の貴族人生が待っているはずなんだ。
こんなところで「愛がないから」なんていう、ポエムみたいな理由で人生をログアウトするわけにはいかない。
「……分かった。ありがとう、レオン。お前は命の恩人だ」
「おう、気づくのが早くてよかったな。ま、精々仲良くやれよ、小さな婚約者様とさ」
「そういうレオンはどうなんだよ。婚約者いないのか?」
「俺? 俺は自由の身だよ。……まあ、そろそろ親が騒ぎ始めてるけどな」
「じゃあ他人事じゃないじゃないか」
「俺は逃げ足が速いから大丈夫。ではな」
レオンはひらひらと手を振りながら、なんの責任も取らない顔で「じゃあな」と玄関へ消えていった。
……いいよな、自由で。
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