【超短編小説】優しい彼氏(逆再生)
ドキドキするようなイカれた人生と言うのがどんなものか想像がつかない。
残高が100億あるとか、最強の膂力だとか、引き出しの中に拳銃が沢山あるとか、そう言う事だろうか。
とにかくその日、俺はバイクのブレーキが効かずに事故って死ぬのを知っていた。
だからタンデムに乗る彼女にフルフェイスを渡したんだ。いつもは半ヘルだったのにと、不思議そうにしていた彼女の顔が鮮明に思い出せる。
半端に事故ってカタワになるくらいなら、俺はそう思ってアクセルを開き続けた。
景色がずんずんと後ろに流れていく。
彼女は怖がっていた。しがみつく手が痛いくらいだった。
「速すぎるよ」
俺は笑う。
「なに?怖いの?」
彼女は叫ぶ。
「怖い、だからスピードを落として」
俺は歌う様に言う。
「じゃあ愛してるって言ってくれ」
彼女は叫ぶ。
「愛してる!だからスピードを落として!」
その瞬間、俺はカーブを曲がりきれずに死ぬ。
そして今際の際に言う。
「彼女は死なずに済んだか?カタワにならずに済んだか?顔に傷はついてないか?」
そんなもの、ドキドキするイカれた人生じゃあない。
馬鹿馬鹿しい、止まらないバイクなんて有るはずがねぇ。
ブレーキワイヤーが切れて飛んでる?
アクセルを戻せ。エンジンブレーキをかけろ。
それともガス欠まで走り続けるか?
イカれてやがるがドキドキしねぇ。
単車じゃなくて仮に四つ輪に乗ったところで俺は同じ運命を辿る。
ブレーキが効かない。
止まらない。
死ぬ。
それがドキドキするイカれた人生の代償らしい。
俺たちは何に乗るべきだ?
一輪車?精霊馬?それとも竹馬?
ボートに乗って溺死するのも飛行機に乗って墜落するのも白ける。
そんなのはドキドキしない。
いや、そもそも俺は彼女と会うべきじゃ無かった。
それは分からなかったのか?
彼女はドキドキする。でもイカれちゃいない。
俺は彼女に乗って死ぬのか?
それはイカれてる。ドキドキするか?
分からない。
そうか、そもそも産まれて来なけりゃ出会わないのか。
前戯はOK?コンドームはした?
じゃあお祝いだ。
おめでとう!ありがとう!
ショートケーキの上に乗ったイチゴは天然?野いちご?蛇いちごでも良いな。
「生き急いでない?」
「急ぐことはないさ」
「速いよ、落ち着いて」
「もう決まってるんだ」
「どうしてもダメなの?」
「決まってるんだ」
なにそれ。




