アイドル誘拐事件 1
警察署に帰還後、オレは机の上にある事件ファイルを読んでいく。佐伯刑事が殺害されるに至った事件が『アイドル誘拐事件』。何故、新人刑事である佐伯刑事に担当が回ってきたのかというと、犯人が身代金の運搬役に佐伯刑事を指名してきたからだ。
犯人が要求してきた現金をジェラルミンケースに詰めて佐伯刑事は受け渡し場所へと向かった。要求されたのは現金。暗号資産でもその他の足がつかない資産でもない。しかも、番号の指定もなかったためこの現金を使った瞬間に足がつく。なんて間抜けな誘拐犯なのだろう。それともマネーロンダリングに長けた仲間がいるから問題ないのかも⋯⋯。受け渡し場所も間抜けだ。出入口が一箇所の屋内。受け取った後にどうやって逃走するつもりなのだろうか。
受け渡し場所に到着してから十分ほど経過した時、三発の銃声が鳴り響く。白石警部率いる捜査チームが現場に突入した時には手つかずのジェラルミンケースのそばで銃弾を受けた瀕死の佐伯刑事が倒れていたという。犯人はそこにはいなかった。つまり、佐伯刑事を銃撃した後に密室で犯人は忽然と消え去ったのだ。
橘美穂は翌朝、その受け渡し場所で拘束された状態で発見された。彼女は別の場所に目隠しをされて拘束されていたが発見当日の朝にその場所に移動されたらしいとしか供述が取れていない。まあ、被害者なんだから強引に取り調べを行うわけにもいかないのだろう。佐伯刑事が殺害されて警戒線が張られた室内にどうやって彼女を置いたのか疑問が残るのだが⋯⋯。
凶器は佐伯刑事が携帯していた拳銃。三発の銃弾が使用された痕跡があった。拳銃のトリガーには佐伯刑事の指紋しか検出されなかった。
これが『アイドル誘拐事件』の概要らしい。何かがおかしい。犯人は本当に受け渡し場所にいたのかと疑ってしまうくらいだ。そうなると佐伯刑事の自作自演ということになってしまう。でも、それには無理がある。身代金の運搬役を犯人から指定されたとしても警察がそれに従うとも限らない。佐伯刑事が自作自演をするのであればもっと確実な状況を作り出せたはずだ。こんな行き当たりばったりの自作自演なんて⋯⋯。事件ファイルを読んだオレの印象はこんなところ。




