虎穴
オレは歌舞伎町の例のラブホテルの前にいる。白石警部が捜査令状を請求してもまったく反応しない状態なのだ。何か大きな力が動いていることは否めない。となれば、客としてラブホテルを利用するしかないのだが、佐伯隆の恋人の橘美穂はアイドル活動が忙しくて、現在は全国ツアーの真っ最中らしい。
仕方ない。
一人で入るか⋯⋯。
オレがそう思いながら腕組みをしていると、誰かがオレの肩を叩く。
「サスケ様、何してんですか?」
例のハレンチくノ一がオレに声を掛ける。
「なんだ。またお前か⋯⋯。オレは忙しいんだから、また今度な」
「サスケ様、ラブホ入りたいんですか?」
「そうなんだけどな。一人じゃ入りづらいんだよ」
オレがそう言うと、ハレンチくノ一は自分の顔を指差す。
「一応、佐伯隆という男には恋人がいる設定らしいんだ。全国を飛び回っていてまったく会えない恋人なんだけどね。だから、君とラブホテルに入ると浮気になるから⋯⋯」
オレがそう言うとハレンチくノ一はハレンチなことを言う。
「だったら、浮気しちゃえばいいじゃないですか?」
本当、ハレンチなくノ一だ!
まあ、入るだけならいいか⋯⋯。
コイツがシャワーを浴びている間に全部調べて出てくればいい。
「じゃあ、入るだけだぞ」
オレはそう言ってラブホテルの入口に足を踏み入れた。都合よく3階の道路寄りの部屋が空いていたのでオレはハレンチくノ一と一緒にチェックインした。
「じゃあ、君からシャワーを浴びなよ」
オレはハレンチくノ一にシャワーを促しながら部屋を見渡す。
道路側にはベットがあるのか。
ひょっとして捜査令状を請求している間に模様替えをしたのか⋯⋯。
「あたしは別に気にしないからシャワーはいいよ」
「ぼ、僕が気にすんだよ」
さっさとバスルームに行けよ、ハレンチくノ一!
ハレンチくノ一は渋々バスルームに向かう。オレは素早くベットを横に回転扉が回る程度にズラす。そして、回転扉に手を当てる。
アレ、回転しない。
やっぱり捜査令状を請求している間に改装工事をされてしまったのか⋯⋯。
オレは数秒考え込む。
逆?
オレはさっきと逆側を強く押した。
その瞬間、回転扉が静かに回る。
おかしい。
前回、向こう側から押したのとは逆だ。
やっぱり改装工事をしているのかもしれない。
念のため慎重にいこう。
オレはスマホのライトを点けて中に入る。
なんだ?
何か向こうから強烈なプレッシャーを感じる。
行きたくない⋯⋯。
そんな気持ちを押さえてオレは隠し通路をスマホの灯りを頼りに歩いていく。
何事もなくオレは向こう側の回転扉にたどり着いた。オレは意を決して回転扉を強く押した。回転扉は静かに回った。
やはり、何かいる。
オレが部屋に入ると一人の男がいた。
「遅かったな。猿飛佐助」
その男がオレの名を呼ぶ。
オレはすかさずスマホのライトをその男に向ける。
見覚えがない。
「どなたでしょうか?」
「猿飛殿は拙者の顔をお忘れか?」
その男の顔を再度見てオレは首を横に振る。
「加藤だ!」
「その加藤さんが僕にどのようなご用件でしょうか?」
「石田のことなんだが⋯⋯」
「石田?」
オレがすっとぼけると加藤は眼光鋭くオレに迫る。
「三成のことを追っていると聞いている。猿飛佐助、お前今回はどっちの味方なんだ?」
「加藤さんって、ひょっとして清正さんでしょうか?」
オレの言動に苛立つ加藤清正。
「加藤清正さんほどの有名人であればお会いしてれば覚えているはずですよ」
「もういい⋯。猿飛佐助、もう一度だけ訊く。お前は今回、徳川方か? 豊臣方か?」
答えによっては殺し合いということか⋯⋯。
「昨日も徳川様とお会いした時に僕の記憶について話題になったんですよ」
「それで?」
加藤清正は今にも斬り掛かってきそうな空気を纏っている。実際には刀は持っていないのだが⋯⋯。
「僕の猿飛佐助の記憶は沼田城で療養しているところから始まっているんです。ひょっとしたら僕は猿飛佐助という忍びではないかもしれない⋯⋯」
「小山で徳川家康を暗殺したのも忘れたか?」
加藤清正の言葉に僕は頷く。
「俄には信じがたい話だ。しかし、真田昌幸と幸村の父子はお前を猿飛佐助と認識したんだろ。だったら、お前は猿飛佐助だ。一つ試してやる! 虎穴!」
加藤清正のそう唱えるとはさらなる暗闇に包まれる。
「ここは歌舞伎町ではない。存分に戦うといい」
加藤清正がそう言うと奥から何か凶暴な気配がこちらに近づいてくる。
オレが鳥肌を立っている。
そう思った瞬間、ソイツはオレの目の前に現れた。
虎!
確かに加藤清正といえば虎退治だけど、ここで虎かよ。
どうするか⋯⋯。
加藤清正の言葉を鵜呑みにすれば大技で一気に虎退治をすれば終わりだが、まだ歌舞伎町の部屋にいるという可能性も捨てきれない。
天地光闇風雷火水土⋯⋯。
死!
死ってなんだ?
オレがそう考えていると左腕に激痛が走る。
激しい血しぶき!
血の匂いがオレの鼻腔に飛び込んでくる。
オレの左腕に虎の顔が⋯⋯。
いや、オレの左腕が虎に喰われている。
「ぐわああああああ!」
激痛に耐えきれずオレは悲鳴を上げる。虎はそのままオレを頭から一飲みした。
「そんなもんか⋯⋯。やはり、猿飛佐助ではなかったのか。期待させやがって!」
加藤清正の呟きが虎穴に響き渡る。
「グオオオオオオオ!」
虎が急に苦しみだすと、虎の背中から何やら手のようなものが飛び出してきた。そして、虎の断末魔とともに何やら人の頭のようなもの、そして両腕で虎の背中を引き裂いて人が出てきた。
「死神さまのお通りだ⋯⋯」
「お前は猿飛佐助!」
加藤清正は目を見開きそう言った。
「なんだ。清正か⋯⋯。おい、言われた通り徳川家康は殺したぜ。約束は果たしてもらうぞ」
「それは無理だ」
猿飛佐助の言葉に加藤清正は即座に答える。
「徳川家康を暗殺すれば甲斐信濃を武田家にと約束したのはお前だよな。今さら無理とはオレを謀るのか。返答によってはお前の命で償ってもらうぞ!」
「もう我ら武家の時代ではない。どうにもならぬのだ!」
加藤清正はそう言って後ずさる。
「こちらは約束を守ったのだ。お前も約束を守れ」
猿飛佐助の言葉に加藤清正は黙り込む。
「仕方あるまい。では、命で償え!」
猿飛佐助はそう言うと加藤清正に歩み寄っていくと加藤清正は倒れこんだ。
「起きて! 起きて! 起きて!」
ん?
目を覚ますとハレンチくノ一がオレの肩を思いっきり揺すっている。
「あれ? ユキ殿、加藤清正は?」
「加藤清正? 何よ、それ。それよりなんでこんなところに隠し通路があるの?」
オレは部屋の中をキョロキョロと見まわす。
おかしい。
虎もいないし、血の跡も一つもない。
「どうやら夢でも見てたのかもしれない」
オレの言葉にハレンチくノ一は首を傾げる。




