地下駐車場水没事件
オレは現在、新宿駅西口から見渡せる高層ビル群を散策している。散策というかパトロールだ。首刈り伊蔵の件もあるし、通り魔刺殺事件の件もある。この付近は要注意な地域であることは間違いない。時刻は午後十一時すぎ、何か事件が起きても不思議ではない頃合いだ。
散策を続けていると高層ビルの地下駐車場から一人のスーツ姿の紳士が出てきた。普段なら見過ごしてしまうようなシチュエーションであるのだが、オレは現在パトロール中、普段よりも洞察力が鋭くなっている。
「あの、新宿署の佐伯です。どうされましたか?」
オレはそう言ってその紳士に警察手帳を見せる。
「ああ、車を駐めたんだけどね。エレベーターの場所がわからなくなってね。車で入ってきたところから出てきたんですよ」
「そうですか⋯⋯。運転免許証って持ってますか?」
その紳士の顔が陰る。
「ああ、駐めてある車の中に置いてあるんだけど⋯⋯」
「そうですか。では、その車まで行って確認させてください」
オレの言葉にその紳士は目を見開く。
「いやいや、急いでいるので⋯⋯」
「大丈夫、確認するだけですから、それとも見せることができないとか⋯⋯」
オレの言葉を最後まで聞かずにその紳士は右手をオレに向けてきた。
「水牢!」
その言葉を最後まで聞けずにオレの身体は水の牢獄に囚われる。
苦しい⋯⋯。
息ができない。
天地光闇風雷火水土⋯⋯。
水!
オレは右の腕に思いっきり力を込める。オレの身体を取り囲んだ水がオレの右腕にギュルギュルっと音をたてて渦巻いていく。
「水神さまのお通りだ!」
オレの言葉を聞き、その紳士は呆気にとられたような顔で訊く。
「お前、何者だ!」
「おいおい、さっき新宿署の佐伯と名乗ったろ。今度はお前が名乗る番じゃねえか」
「警官が妖術など使えるか! 本当の名を名乗れ。拙者は石田三成!」
石田三成?
コイツも転生したのか⋯⋯。
突然、背後に鋭い踏み込みを感じて、剣を避けるためオレは宙を舞う。
「水龍弾!」
オレの右の腕から放たれた水の塊は轟音をたてて、背後の剣士の剣へと降り注いでいく。
「燕返し!」
剣士の声と同時に振り下ろされた剣が素早く振り上げられ、オレの水龍弾の勢いを相殺していく。
オレはそのまま振り上げられた剣先に着地する。
「お、お前、佐々木小次郎! お前も転生⋯⋯。その顔はどうした?」
「この身のこなし! お主、猿飛佐助!」
「小次郎! どこに行ってた。お前、用心棒だろ!」
石田三成の叱責が佐々木小次郎に飛ぶ。
「佐々木小次郎⋯⋯、新宿署の佐伯だ。銃刀法違反の現行犯で逮捕する」
オレはそう言って、ビショビショに濡れた警察手帳を佐々木小次郎に見せつける。
「あ、それから石田三成。さっきのは公務執行妨害だ。二人とも署まで同行願う」
そんなこと言ったって、言う事聞くとは思えんが⋯⋯。
「ほおぉ、二人相手にどうにかなるとでも⋯⋯」
石田三成はそう言って、右手を背後の地下駐車場に向ける。
「水牢!」
石田三成がそう言った瞬間、地下駐車場の出入口から大量の水とたくさんの車が噴き出してきた。オレは噴き出してきた水や車を避けるために大きく舞い上がり街路樹に飛びのった。
「それでは、いずれ会おう、猿飛佐助!」
石田三成は佐々木小次郎と一緒に逃げていった。
石田三成と佐々木小次郎を取り逃がした後、オレは白石警部に連絡を取った。
「白石警部、すいません。敵と会敵したのですが逃げられました。あ、それから地下駐車場が水没しました。現場まで急行お願いします」
オレは白石警部にそう言って電話を切り、地下駐車場の出入口へと歩き始める。ふと目をやると男が血相を変えてこちらに走り寄ってくる。
「コレ何があったんですか?」
オレは男に落ち着くようになだめた。
「ああ、ボクは新宿署の佐伯といいます。あなたは?」
そう言って、オレはまだビショビショの警察手帳を男に見せる。
「わ、わ、私はこの地下駐車場の管理者なんだ! ちょっとコンビニに行っている間にこんなんなっちゃって⋯⋯」
男の言葉を遮り、オレは話を進める。
「ここの防犯カメラって遠隔ですか?」
「ええ、本部に依頼すればすぐにでも⋯⋯。これって事件ですか?」
「雨も降っていないのに事故はないでしょ。それに水も引き始めていますから、排水装置の故障もないです。今、署に応援要請したので今しばらくお待ち下さい」
とりあえず民間人には悟られないようにしよう⋯⋯。
しばらくすると、白石警部が現場に駆けつけてきた。
「サスケ、例の報告は後で受けるとして、被害状況は?」
「人的被害は今のところ確認は取れていないです。物的被害は甚大ですね⋯⋯。おそらく排水設備に車がたくさん詰まってしまっていて、これ以上は水は引かないでしょうね。地下駐車場は四階構造なので⋯⋯。車内に人がいたとしても排水できない限りこちらからでは確認できないですね。それから地下駐車場の防犯カメラについては管理会社の本部に協力要請しておきました」
「つまり、大がかりな排水工事をしないとどうにもならんということだな」
白石警部の言葉にオレは頷く。
「わかった。後はこちらでやっておく。そうだな⋯⋯。とりあえずはお前は今日は帰れ。例の件は明日聞く。ここで聞いても対処のしようがない」
オレは頷いて、その日はそれで帰宅した。