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さる❖とび  作者: 杉山薫
プロローグ
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プロローグ

 時は1615年5月、場所は大坂。戦国乱世最後の一戦が行われた。徳川家康による豊臣勢力排除の集大成、大坂夏の陣である。最後の一戦のラストは壮絶なもので徳川家康に切腹を覚悟させた真田幸村隊の突撃があった。しかし、この物語の始まりは真田丸のシーンでもなければ最後の突撃のシーンでもない。


 最後の突撃を押しかえされた真田幸村隊は松平忠直の越前勢によって壊滅された。その後、大坂城の側にある林の中、二人の侍の姿があった。


「幸村さま、生きてますかぁ?」


「フッ、こんな時でも陽気だな。サスケ」


「死ぬ時は死ぬんですよ。今がその時だってことです。幸村さま、生まれ変わってもお仕えさせてください」


「あ⋯⋯⋯⋯」


どうやら真田幸村は事切れたようだ。


さて、オレも追うか⋯⋯。


そう思って、オレは自らの首筋に刀を突き立てた。


グニャリとオレの視界が歪んでいく。



「佐伯、佐伯。大丈夫か?」


誰だよ。

人が死のうとしている時に。

そんなに強く肩揺すったら⋯⋯大丈夫じゃねえよ。

それにオレは佐伯じゃねえし⋯⋯。


ぐはあ。


口の中に血の味が広がる。どうやらオレは血を吐いたようだ。辺りに血の臭いが充満していく。そして、オレの意識は遠のいていった。


 次にオレが目覚めた時は高床式の床の上だった。どうやら十日ほど眠っていたらしい。なんか頭の上にチカチカ光る物がある。しかも、腕に管のような⋯⋯。


「ああああああ、佐伯さん。引っ張っちゃ駄目でしょ」


なんか白いオバサンにえらい剣幕で怒られた。しばらくすると、白石という男がやってきた。


「どうだ、佐伯。気分は?」


佐伯じゃねえし⋯⋯。


「貴殿は?」


「何言ってんだ。お前の上司の白石だろ。頭でも打ったのか?」


「拙者の上司は真田幸村さま。他にありえん。で、ここは?」


「まあいい。おそらく記憶の混濁が起きているんだろ。ここは病院といって傷を治すところだよ。で、なんと呼べばいい?」


白石の言葉にオレは頷く。


「拙者は真田幸村隊の猿飛佐助。サスケでいい」


「オッケー、サスケ。しばらくここで寝ることになるが何かご所望は?」


「白石殿、お気づかい痛み入る。では、この世界の言葉が知りたい。拙者の知っている言葉とは少し違うようだ」


オレの言葉に白石は少し考え込む。


「わかった。では『国語辞典』を用意させる。まあ、しばらくゆっくりしろ。あ、それからこれ。お前のスマホだ。充電器も用意した」


白石はそう言って何かを穴に差し込んでいる。良しと言って、オレの枕元に置いた。


「ミホさんにも連絡しておいたから、使い方はミホさんに訊いてくれ」


「何から何までかたじけない」


オレがそう言うと白石は苦笑いをして部屋を出ていった。


 しばらくすると、『国語辞典』と『日本史』という書物がオレのもとに届いた。忍者というと戦闘向きの脳筋というイメージがあるが実はインテリでもある。そりゃ、そうだろう。少なくても読み書きができなければ指令書も読めないし報告書も書けない。いちいちアジトに戻って指示を聞いたり報告してたら時間の無駄だし、潜入任務にしても読み書きができなゃ何が書いてあるかすらわからない。内容についても精通していないとどうにもならない。


どうやら今は2026年5月、場所は東京都新宿区というところらしい。スマホというものにそう書いてある。しかし、このスマホというもの、頻繁に振動を起こすし、何か点滅している。なんだろう。

そして、この男の名は佐伯隆。24歳。ベットに付けてあるネームプレートというものにそう書いてある。

まだ『日本史』までは読んでいない。『国語辞典』を読み終えたので『日本史』の方も読む時間があるのだが、なんだろう。怖いのだ。あの後どうなったのかを知るのが⋯⋯。


 その翌日、見知らぬ女がオレを訪ねてきた。なんだろ、この女。破廉恥な恰好をして。ヘソが出ているぞ。ヘソが! こんな恰好、色仕掛け任務をしているくノ一だってしないぞ。さっさと立ち去ってほしい。目のやり場に困る。


「あのさ、タカシ。ライン見てる?」


ライン?

ああ、SNSというものか。

それがどうしたと言うんだ。


オレが黙り込んでいると、その女はツカツカとコチラに歩いてきて、スマホを掴み取る。


近くで見ると、さらに破廉恥な恰好だ。香の臭いもキツイ。本当、早く帰ってくれ。


「ほら、アタシのメッセ来てんじゃない。なんでシカトすんのよ。何? アタシと別れたいの? タカシのクセに生意気ね」


なんだ。

この失礼な女は!


「失礼、貴殿は?」


「はあ? アンタの彼女だろ。何フザケてるんだよ!」


彼女?


オレはすかさず『国語辞典』を開き『彼女』を調べる。


恋人のことか⋯⋯。


「失礼した。それで貴殿の名は?」


オレの言葉に彼女は苛立つ。


「橘美穂よ。ひょっとしてアンタ記憶喪失?」


「記憶喪失ではなく、別人だ。拙者の名は猿飛佐助。真田幸村隊の猿飛佐助だ!」


橘美穂は黙って頷くだけ。


ん、なんだ?

その反応⋯⋯。


「ということは、ここに運ばれる前の記憶は覚えてないの?」


オレは首を横に振る。


「真田幸村さまとともに大坂城近くの林⋯⋯」


橘美穂はオレの言葉を手で制止する。


「そっちじゃなくて、佐伯隆としての記憶のほう」


「あるわけねえだろ。別人なんだから」


オレは思いっきり首を横に振る。


「ふうううん、じゃあいいわ。そういうことにしておいてあげる。ところで職場復帰はいつなの?」


「さあ?」


「アンタ、自分の仕事でしょ。しっかりしなさいよ。苛つくわね」


もう本当に帰ってほしい⋯⋯。


橘美穂はそれから小一時間ほど居座って帰っていった。


橘美穂によると、オレは警視庁新宿署の新人刑事。どうやらゆっくり寝ている身分でないらしい。

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