暗躍する者
祠を出た途端、世界樹の影から人が現れた。
「ルチアさん、よくやりましたね。オーブを手に入れたんですか?」
遠くに佇む黒いローブを着た男。その姿を見てすぐに思い出した。
「あなたは、あの時の商人の方? こんな真夜中に何をしているのですか?」
そのときルチアの頭の中にかすかに声が聞こえた。
『気をつけてください』
「女神様の声? この人が……もしそうなら」
「ルチアさん、あなたの持っているオーブを渡してください」
男は平然とした足取りでにじりよってくる。
「なぁに、ご心配はいりません。この世界樹は私が守って差し上げますよ」
「すみませんが、私が頼まれて引き受けたことです。あなたの助けは要りません」
「そう言わずに。未熟な学生のあなたでは、世界樹を守ることなどできはしません。ひどい苦労をするくらいならば、私に任せた方が楽ですよ?」
……頑なにオーブを渡せと言ってくる。絶対に信用できない。
「結構です。私はお家に帰らないといけません。それに、あなたを信用することもできません」
「そうですか、仕方ありませんね。ですが、あなたは家に帰る事などできませんよ……なぜなら、ここで死んでしまうのですからねえ!」
禍々しいオーラが周囲を満たす。
「うう……なんて重圧? こんなに強い魔法使い、見たことない」
「さて、始めましょうか。デスゲームの幕開けですよ」
視線の先に黒い魔法陣が展開し、闇の魔法が飛んでくる。
ルチアはほうきに乗って全速力で回避を試みた。
「早い!」大きく弧を描くように旋回し、一撃目はなんとか避けた。
しかし、次の瞬間。
「今のは挨拶代わりです、次はかわせますか?」
男は闇の魔法をさらに連続して打ち出した。
黒い闇の魔法が幾重にも軌跡を描き、湾曲した軌道で迫り来る。
「複雑な軌道! これは避けきれない。防ぎ切れるとは思えないけどっ!」
ルチアは咄嗟に防御魔法を展開した。
「え? これって?」
魔法陣が浮かび上がる。
予想していなかったのは、幾重にも重ねて発動して多重防御壁を作り出したことだ。
それらが次々と迫り来る闇の魔法を受け止める。
キィン!という振動音と共に、ガラスの割れるような音を立てて1枚目が弾け飛ぶ。破壊された反動によって、激しい衝撃が体を貫く。──まだ終わらない。
「くっ、うううううう!」
2、3、4、5、6枚目……木っ端微塵に消し飛んだ。
激突するエネルギーで衝撃波が響き渡り、地面を揺らす。
凄まじい威力を受けたにも関わらず、防御壁はまだ3枚残っていた。
──ゴオオオッと地の底から唸るような地鳴りが体を揺する。それと共に砂煙が舞い上がっている。
男は眼鏡に手をかけ、くいと持ち上げた。
同時に、口元が不気味につり上がるのが見えた。
「なんとまあ、大した防御力ですね。私の攻撃を正面から受け止め切るとは」
「今のは私の魔法じゃ無い。でもいったいこれは……オーブの力なの?」
唖然として口が塞がらないルチア。
その時、オーブから声が伝わってきた。
「ルチア…オーブの力、つかう。世界樹の精霊たちの声、聞く」
「ティアちゃん、それってどういうこと?」
「精霊たちの助けで、強い力でる。……声を聞く」
確かに今とんでもない力を発揮したが、自分でもどうやればいいかわからない。
「それって、どうやれば?」
「世界樹に、想い…刻む」
ルチアには意味が理解できなかった。
そして思考する余裕などは到底与えられない。
「突っ立っているいるだけですか? つまらないですねえ!」
男は魔法陣を展開し、またも強力な攻撃を繰り出してきた。
「くっ!」ルチアはまた防御魔法を展開して防ぐ。
そして次は反撃に出る。
「仕方ない。あまり戦いは好きではないのだけど。行きなさい!」
闇には光。白の魔法陣を展開すると、輝く光線を打ち出した。
それはまばゆい閃光を放ち、太い一筋の光線となって飛んでいった。
「ほう、受け止めてさしあげますよ」正面に防御魔法が展開する。
閃光がその魔法陣の盾を打ち付ける。
そして尚勢いを強め、盾を貫通して対消滅した。
キイイイイイイイイイイ ──高周波の共振が発生し、甲高い音が鳴り響いて消えていった。
「すさまじい威力だ。オーブの力、なんと素晴らしい!」
男は肩を揺らして笑っている。
「これでもまだ余裕だなんて。私なんかじゃ勝てる気がしない……」
手応えがなかったことで、ルチアは不安を感じていた。
「さて、小手調べもここまでにしましょうか。ほんの少しまともにやりましょう」
溢れ出る負の力は尚も増してゆく。ルチアの表情が曇る。
「うっ……さっきよりも空気が重たい。あれ以上の威力なんて耐えられるの?」
「さあ、もっと楽しませてください! ハハハハッ!」
男の両手から特大の瘴気が放たれる。
ルチアは、禍々しいその姿に足が震えた。
強力なプレッシャーと共に、黒い瘴気が目の前に迫り来る。
「怖い。だれか……たすけて!」
防御の魔法陣を展開する。
幾重にも連なる防御壁は次々に打ち破られ、砕け散っていく。
「だめだ、直撃!?」
肉体に強い衝撃を感じた。
体が容易く弾かれ、大木の幹に体を打ち付けられてずり落ちた。