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世界樹の願い

「なんて速さだろう。私、追いつけるかな」

 まだ頭がぼんやりしている。

 光は思ったより速く飛んでいき、見失いそうになった。さながら鳥のようだ。


 その時、街で聞いた話が脳裏をよぎった。

「もしかして世界樹の幽霊ってこれかな?」

 予想通りだった。光は世界樹の庭園めがけて降りていった。

 ルチアはほうきの勢いを速めて追いかけた。


「ここに降りたはずなんだけど…」


 庭園の広場に降りると、立ち入り禁止になっている方向に光が見えた。

 さらに追うと、だいぶ光に近づいてきた。

 それは、初めて見たときと違い、なんだか柔らかな光に変わっていた。


「あれは……蝶なのかな? 白くて光ってる。あんなに綺麗な蝶がいるなんて!」

 蝶はひらひらと舞いながら、世界樹の前を通り越し、さらに奥に飛んでいく。

 月明かりに照らされる世界樹と白く輝く蝶。神秘的な光景だった。


「あそこは……世界樹の祠? そっか、水位が下がってるから道ができてるんだね」

 庭園の奥には、普段は中に見ることも入ることもできない祭事用の祠があった。

 普段は入り口の前に滝が落ちてきており、近づく事は不可能だ。

 だが、この瞬間はそれがぽっかりと口を開けていた。


 祠は10年に一度の女神の復活祭の時しか開く事がなく、王族しか中に入ることを許されない神聖な場所だ。

 蝶の羽ばたきは段々と弱々しくなっていっているように見られ、舞い落ちるように祠の中へ吸い込まれていった。

 ルチアは蝶に呼ばれているような気持ちがして、その後を追った。


 神殿に足を踏み入れると、そこは古びた教会のようになっており、奥には祭壇が見える。蝶はその祭壇に向かっていった。ルチアはそれを追いかけていき、祭壇の前に立った。

 その瞬間、まばゆい光が目に飛び込んできた。


「きゃあっ!」まともに見ることはできず両手で目を覆った。

 その光が少し引いていったので目を開けると、目の前にはとても小さな女の子が横たわっていた。女の子は手のひらと同じくらいの大きさだった。


「よ、妖精??」


 神話で聞いたことがあるが、実在するなんて信じられない。

 心臓の鼓動が高鳴った。ふと、目の前の妖精は目を開けた。


 エメラルドのように透きとおった緑色の目をしており、髪の毛は赤茶色で、背中には蝶の羽が生えている。全身がキラキラと輝いていた。


「うう……ん? 人間……」

 

 とても女の子は目をこすりながら呟いた。


「そうですけど……あなたは、妖精さん?」


「ティア、世界樹の使徒。妖精といわれることもある」

 そう言って小さくあくびをした。子供のような幼い口調だった。


「うーん、難しい。妖精でも合ってるのかな? あなたはティアちゃんっていうの?」


 その時、別の声が聞こえた。


「ルチア、ここまで来てくれてありがとうございます」


「だ、誰ですか?」

 びっくりしてあたりを見渡した。しかし誰もいない。


「私は世界樹の意識、あなたたちが祭祀にて女神として祀っている者」

 

 声だけが聞こえてくる。とても優しい声だった。


「世界樹の……女神様、なのですか。信じられない」


「私たちから、あなたにお願い事があります。そのために此処にお呼びしました」


「女神様が?私にお願い?」

 神様が人間にお願いを? ルチアは戸惑っていた。


「先日、あなた方は私を救ってくださいました。しかし、あれは不吉の前兆なのです。あなたは『永遠の冬』のことを知っておいでですね?」

 学校で習ったことがある。というか、この国の人なら皆知っていることだ。


「聞いたことがあります。いにしえの戦乱で季節が巡らないほどに世界が荒廃したことがあると」


「はい。今、この世界樹を壊し、やがては世界の平穏を乱そうとする良からぬ者が暗躍しています。かの者たちは再び戦乱を起こし、世界を再び『永遠の冬』にしようと画策しているのです」


「この世界から魔力が消えてしまえば、その脅威に抗う術は無くなるのです。ですから、あなたに私たちを護っていただきたいのです」


 ルチアは、自分にそんな大それた力があるわけではないと思った。

「ちょっと待ってください、なぜ私が? それなら王様に頼んで、王国軍にやってもらった方がいいじゃないですか」


「───それでは駄目なのです。ティアはあなたを選びました」


「あなたのような聡明で優しい心の持ち主でなければ、成し遂げられないことなのです。そして、選ばれたあなたを頼りにする他ありえないのです」


 自分が選ばれる訳が理解できなかった。だが、言われるままに話を聞き続けた。


「それに、この子は生まれたばかりで力がありません。このままでは彼女も生命を狙われる運命にあります。


一緒に世界を巡り、彼女の真の力を目覚めさせいただきたいのです。それが世界樹を護る唯一の手段です」


「この子が狙われている?」


 目の前の妖精に目を向ける。華奢でとても小さくて、ガラス細工のように繊細。少し触れただけですぐに壊れてしまいそうだ。

「でも、急に言われたって私には……」


「彼女は命懸けであなたを探し、やっと見つけだす事ができたのです。ルチア、この子の思いに応えてやっていただけませんか?」


 助けを求めて夜の街を飛び回り、私を見つけた末に此処まで導いてきたのはこの子がやったことなのか。命懸けで。

 こんな小さな女の子の魂の叫び、そんなの断ることはできないじゃないか。でも……私なんかじゃ世界樹までは無理かもしれない。

 それでもこの子は守ってあげなくては。──そして決心した。


「世界樹さんはともかく、ティアちゃんは放って置けません。私が引き受けます」


「ありがとう。今はそれだけでも十分です。ティアをよろしくお願いしますね」

 声の主は安堵し、とても喜んでいるように感じた。

「では、これは私からのささやかなお礼です」


 ルチアの目の前にキラキラとした光が集まっていき、それらが凝縮していくと1つの宝石が姿を現した。


「それは精霊のオーブ、世界樹が持つ力の結晶体です。それをあなたに託します。受け取ってください」

 水晶のように透き通ったオーブと呼ばれる丸い宝玉。

 目の前に浮いているそれは、自然とルチアの手の中に納まった。


「ちょ、ちょっとまって。私がこんな大事なものを持っていたって何にもできませんよ」


「今、詳しい説明はできませんが、オーブの力があなたを守ってくれるはずです。そして時がくればオーブの力が目覚め、あなたも全ての意味を理解することになります」


「私がお伝えできるのはここまでです。私たちの願いを受け止めていただきありがとう。では、ルチア、ティアのことを頼みますね」


 そう言い残して声は聞こえなくなった。祠の中は静寂に包まれた。


「お母さん……いっちゃった」

 小さな妖精は、少し寂しそうに呟いた。薄闇のなかで体はぼんやり光っている。


「ティアちゃん、私が一緒だよ。心配しないでね。私はルチア。これからよろしくね」ルチアは優しく微笑みかけた。


「ティアだよ。ルチア」

 無邪気な笑顔でそういってから、また小さなあくびをした。

「ティア、たくさん飛び回って疲れた。ちょっとおやすみする」


 小さな妖精は光の蝶に変身すると、オーブと呼ばれた宝石の中に吸い込まれていき、キラッと一瞬輝いた後に姿が消えた。


「妖精って疲れるんだ?」案外自由なんだものだなと思ったのだっった。


「やれやれ、一体なんだったんだろう……信じられないことだらけだ。とりあえず外にでなくちゃ」

 怒涛の展開に付いていけなかったが、このような場所に長居は無用だ。


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