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泉の魔物と魔石の力


 洞窟を抜けるとすぐに湖が現れた。

 遠くから見ても水は透き通っているようには見えなかった。


 道中の美しい鉱石から想像していた、美しい水をたたえた湖はそこには無かった。

 水量も減っているようで、岩肌が露出している。


「これは何かおかしいんだろうな。調べてみるぞ」


「そうだね、世界樹の庭の水とは全然違うって思うな」

 エルサが言った次の瞬間──。


 ゴゴゴゴ……突如地鳴りがした。

 鳥達が一斉に飛び去っていく。


「待ち構えていたってわけか。調べる手間は省けたな」


 その次の瞬間、巨大な魔物が姿を露わにした。

 見た目から植物系の魔物とわかる──。

 しかし、前のものより相当に凶暴な姿だった。

 その巨体は高さにして5メートルはある。


 瞬時に目に飛び込んできたのは、口のように組み合わさった2枚貝のような葉だ。

 先端には牙のように棘が無数についていて、明らかに獲物を捕食するための形状に見える。


 本体に生えている花のような部分からは、得体の知れない液体がだらりと滴り落ちていた。


「こんなの聞いてないよ、私たちでなんとかなるの?」


 その巨大さに慌てながら、ルチアが杖を構える。


「……予想はしていたがこれ程とは。気をつけろ、泉の魔力を吸って巨大化した魔物に違いない!」


「ま、勝てなければ逃げるまで……って、きゃあ!」


 魔物は間髪入れずに襲いかかってきた。

 地中から突如触手が現れ、エルサの足の自由を奪う。

 

「エルサ!」叫びながらルチアは杖から真空の刃を放った。


 その刃は足元の触手を断ち切った。

 しかし、更に無数の触手がのびてきてまた捕獲されてしまう。


「離しなさいって、こいつ!」

 もがいてみるものの、足がびくとも動かない。


「チッ。相当腹を空かせているようだな。もう戦うっきゃなくなったぞ」


「それなら本体を狙うまで、それ!」

 拘束されながらも杖を器用に動かし、真正面に特大の火球を打ち出す。

 近接距離での最大火力。その炎は魔物に直撃してまばゆい閃光を放った。

 しかし、魔物は分厚い葉を盾にして防御していた。


「エルサの攻撃がまるで効いてない……。あの触手、魔力を吸収しているのか?」

 さすがにアリウスもたじろいだ。


「他の属性なら。これで、どうっ!」


 ルチアは無数の氷の刃を浮かべ、敵めがけて打ち出した。

 氷塊が敵に命中し、熱を奪い細胞を破壊する。

 

 ──はずであったが、どうやら植物は寒さに強いようだ。

 耐寒性。なんらかの方法でエルサを解放し、その隙に逃げなければ……。


 ルチアはあらゆる手段をシミュレーションした。


 倒すことはできない。せめて動きを止めさえすれば……そうか!


「アリウスくん! 幻獣石の力で地面ごと凍らせてみるよ。

その隙に助けよう。そうでなくちゃエルサも傷つけちゃう」


 この場で使うのは惜しいが、幻獣石は強力な魔法を2回までなら使える。

 ……出し惜しみはしない。

 強大な魔力を込めて作り出す特大の氷塊であれば、

 いくら耐寒性といえども足止め程度は可能と判断した。


 幸いなことに、湖が近いし地下水脈は豊富。条件としては好都合だ。


「わかった。だが、時間がかかるんだろ?」


「うん。だからしばらく魔物を引きつけてくれないかな」アリウスは頷いた。


 魔物はエルサを捕食しようと夢中になっているようだ。


「デカくなっても単純さは変わらないようだな」

 

 アリウスはそれを逆手にとり、触手を次々に切り刻んだ。

 これで膠着状態は維持できる。

 加勢できず歯がゆいが、ルチアはその隙に幻獣石に魔力を込める。


 防御を解き、ブレスレットに手を当てて魔力を流し込んだ。

 その間にも切っては巻かれてを繰り返し、

 エルサの体はどんどん触手に巻きつかれ、あられもない姿勢になってしまった。


「え、ちょっと、両脚にからみついて……ひゃっ!」

 エルサの着衣がずりずりと捲られ、

 スカートの先から真っ白い太ももあらわになる。


「あわわわ、これはいけない、いけないことだ〜」


 魔力を溜めていたルチアは、もう色々とパニックになってきていた。


 とてもいけない状況に、思わず女子二人が声を揃えて叫んだ。


「アリウス(くん)、見ちゃ、だめええええええ!」


 渦中の男子生徒は、同級生のきわどい太ももを見せつけられて心臓の鼓動が高まっていた。


 頭の中で理性と本能がせめぎ合い、ぶつかり合い、アリウスの顔はみるみる赤くなっていた。


「そんなこと言ったって、食べられるぞお前」


 それでも冷静かつ、正論すぎるほどにド正論なアリウス節が炸裂した! ……いや、体裁をよそおったに違いなかった。


「だめぇ! みないようにしてなんとかしなさい、この変態野郎!」


 ??? え、それは言い過ぎでは? とルチアは思った。


「そんな器用なことできるか! ていうかそんなこと気にしてる場合か! くそっ、卑怯な魔物め」


 赤面した少年は唇を噛んだ。いまの心境を例えるなら、脳内で色々な絵の具が複雑に混じり合っているような状況だ。

 もう頭が爆発しそうだった。地獄(天国)だった。


「くっそおおおお」もはや、やぶれかぶれに刃を飛ばすしかない。


「もう、なんなのこれ? アリウスくんしっかり! こうなったらあなたがこれに魔力をこめて!」

 ルチアはそう言ってブレスレットをぶん投げた。


「えぇ?」


 アリウスは音速で飛んでくるその殺人的なブーメランをびっくりしながらキャッチ。


「おりゃー! 大体残り30%だからなんとかしろおおお」

 

 色々と面倒臭くなったルチアは、怒りに任せて触手を斬りまくっている。

 鬼のような剣幕に押されて、魔物も心なしかひるんでいるようだ。


「ついでに、こっちもおおおお!」


 マントを脱ぎ捨て、エルサの方へ魔法で吹っ飛ばした。

 物理法則を無視して飛んでいったそれは、次の瞬間にふわりと広がり、いけない部分をうまく隠した。


 女に言わせれば、この状況を解決するなんて簡単な事なのだった。

 ついでにで済ませられる程に簡単なこと。

 男子ってのはもう……。と、ルチアはあきれ顔。


「え、待って。なんかうまくいってそう? ……てか、ルチアせんせーが完全にキレちゃってない?」


 ルチアの奮戦が功を奏し、更にアリウスが平静を取り戻したこともあって作戦はうまく進んでいた……。


 ──ように見えた矢先。

 

「……今なら!」


 アリウスはエルサを救い出すべく、魔物の懐に飛び込んでいった。

 だが、焦りが隙を生んでしまう。


「アリウスくん! まだ早いよ!」咄嗟にルチアが叫ぶが、遅かった。


 魔物は大きな葉を叩き付け、アリウスが弾き飛ばされた。


「ぐっ!」地面に叩き付けられ、倒れ込むアリウス。


 更に魔物の攻勢は止まらなかった。次々と再生してくる触手が2人の脚に絡みつく。

 もうだめかと思ったその瞬間──。


「相変わらずだわね、これだから鈍くさい奴は!」


 声と共に熱波と閃光が駆け抜けた。

 長い金色の髪を靡かせ、杖を構える鋭い眼差しの少女。


 ……そこには、エルネスタが立っていた。


 彼女の攻撃に、引き連れている2人の生徒も加勢する。

 炎の魔法を一斉に放つと、魔物の攻撃を食い止めてみせた。


「エルちゃん!」


 安堵の表情を見せるルチアに、すかさず罵声が飛んでくる。


「油断してんじゃないっての! とっとと終わらせなさい!」


 口は悪いが最高のタイミング。渡りに船とはこのことだ。


「応援か、助かった。準備はできたぞ! ルチア」


 ブレスレットはまたブーメランのように飛んでゆき、ルチアの元に返ってきた。


「ありがとう!」

 

 片手で受け止める。

 腕に通すとキラリと輝き、体から赤い光が溢れ出てくる。


「では……、いきますっ!」


 深く呼吸をして——。

 ルチアは目を閉じ、杖を構るとアニマに語りかけた。


「……我、此処にちぎりを結ぶ。冷厳たる大地の神よ、其の氷結の鎖にてよこしまなる者を戒めよ」


 辺り一面に大きな魔法陣が浮かび上がる。


「……!」

 目を見開き、杖に集結した力を一気に解き放つ──。


「氷漬けになりなさいっ! アブソリュート・ゼロ!」


 次の瞬間、幻獣石から解放された魔力が衝撃波となり周囲に吹き抜けた。

 その刹那の後、堰を切ったように氷柱が地表面を貫き、更に次々と地面を砕きながら出現する。


 氷柱は砂埃を巻き上げながら際限なく姿を現し、次第に魔物を飲み込み、螺旋状に広がりながら辺りを凍結させてゆく。


「うっ……ぐううううう……っ!」

 ルチアは衝撃で吹き飛びそうにながらも踏ん張り、全エネルギーを燃やし尽くす。


 ──強大な威力の魔法によって、魔物の動きは完全に停止した。


「……やったのか?」


 アリウスは即座にエルサの救出に向かう。


「はあ、はあ、っ! 今のうちだよ」

 

 頬を汗が流れ落ちる。もう魔力は空っぽだ。

 エルネスタ達は、エルサを宙吊りにしていた触手を切断した。


 拘束されていた身体が落下し、すかさずアリウスが受け止める。


「無事か?」問いかけにエルサは無言で頷く。

 相当に体力を消耗しているようだった。


「2人も無事で……よかった。ありがとね」

 ルチアはその声を聞き、目尻に涙を浮かべてうなずいた──。


 打開は成功したものの、まだ油断できない。

「ほら、早く逃げないとマズいわよ、あんた達動ける?」エルネスタが声を掛ける。   


 エルサの様子からそれは難しいように見えた。だが……。


「なあ、これは足止めしたというより、もう倒してしまっているんじゃないか?」


 魔物の様子を調べていた男子生徒が言った。

 巨大な氷に飲み込まれており、動き出す気配はない。

 足元どころか、全身を完全に封じたようだ。


「うう……頭痛い。え?? そんなに威力があったの……かな?」

 よろけたルチアを支えながら、アリウスが答える。


「どうやらそのようだ。凄まじい威力だが、この魔物は冷気に強いようにも見えた。

 油断はできないし、早めに逃げたほうがいいのかもしないな」


 と、その時──。

「皆さん、よくやりましたね。あとは大丈夫です」

 気がつくと後ろには先生が立っていた。

「皆さんの戦いぶりを見せてもらいました。これ程凶暴化した魔物を倒してしまうなんて素晴らしかったですよ」


 どうやら最後まで授業の一環だったようだ。

 6人は安堵の表情を浮かべたが、とんでもない苦労をさせられて怒りが大爆発。

 先生はどこか抜けているところがあり、生徒達に詰め寄られることは日常茶飯事なのだった。


「先生、ちょっと無茶だと思います、これ」

 と、さすがのルチアも不満を吐露。エルサもたたみかける。


「点数めっちゃはずんでくださいね! 私大変だったんだから」そう、女子は色々大変だったのだ。

 少年は色々思い出してしまったのか、またも顔を真っ赤に染めた。

 それを見て……、

「思い出すなっ! へんたいっ!」間髪入れずにツッコミが入ると、3人に笑顔が戻った。


「ったく、ウスノロの面倒見るのも疲れるわ」

 呆れた様子で肩をすぼめるエルネスタだった。


 ルチアは彼女の元へ駆け寄って行くなり、少し間を置いてから口を開いた。

「……エルちゃん、ありがとう。もう駄目かと思った。本当に助かったよ」


 エルネスタは目を合わせること無く答えた。


「勘違いしないで。アタシはアンタのことを助けたくて動いた訳じゃ無いんだから。たまたま他の生徒に混じってアンタがいたってだけの話。……つまり、そこら辺の石ころと一緒なのよ!」

 

 そう吐き捨てると、足早に離れて行った。


「そ、そうなのかな。とにかくありがとう、エルちゃん!」


 ルチアはぺこりとお辞儀をして見送った。


 実は、ルチアとエルネスタはあだ名で呼び合うほど仲の良い関係だったことがある。

 最近はそんなそぶりは全く無くなってしまっていたのだが——。


 その後、他の生徒たちも追いついて到着した。皆んな巨大な魔物の氷漬けに驚いていた。


 一行はその後学校へ帰還した。

 ちなみに後で話を聞いたところ、先生も予想外の大物だったようだ。


 魔物はその後、王国軍によって後始末されたらしい。世界樹の庭の水もこれで綺麗になるだろう。


 そして──。戦いを見ていた人物は、もう一人いたのだった。


「ふむ。想像以上の力です。……私の見込んだ通りですね」


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