魔水晶の洞窟を抜けて
その後しばらく登山道を登ると、例の洞窟が見えてきた。
薄暗い穴の中からは、ひんやりとした冷気を感じる。
「うーん、洞窟ってちょっと怖いよね」
話ながら、ルチアはカバンから魔法のランプを取り出すと、明かりをともした。
「ひんやりしてて気持ちい〜! 一番乗りだ〜」
そう言って意気揚々と歩いていくエルサ。
アリウスとルチアは顔を見合わせた。
「他のみんなは大丈夫かな?」
辺りを見渡してみたが、他の生徒の気配はないようだ。
「まあ、先生は洞窟自体はそれほど長くないと言っていたんだ。危険は少ないはずだし、終点は近いはずだ」
アリウスは緩んだ鞄の肩紐を締めながら言った。
そして3人は、恐る恐る洞窟の中へ足を踏み入れた。
ランプの灯りで中を照らし出し、中の様子を注意深く観察してみる。
このフロアは広い空間で、地形は鍾乳洞になっており、天井からは水滴がぽたぽたと落ちてきていた。
行き先にはいくつもの穴があり、知識がなければ迷うところだろう。
しかし事前にレクチャーされた通りの道に見えた。
真っ直ぐ進むだけで良い。
生き物の気配は希薄で、むしろ静けさから厳粛な雰囲気を感じるほどだ。
鍾乳洞の大広間を超え、その先に続く狭いトンネルをしばらく歩き続けた。
3人の足音と息遣いだけが響き渡っていた。
トンネルを抜けると、その先では一気に景色が変わった。
「わあ、とっても綺麗! 宝石の壁みたい」ルチアは興奮して言った。
そこは、鉱石に囲まれた幻想的な景色の通路だった。
透き通ったガラスのような壁面に、光が乱反射してキラキラと輝いている。
それは、険しい道を乗り越えてここまで辿り着いたものしか見ることのできない絶景であった。
3人は息を呑んだ。
「これは……一面が鉱石でできた壁なのか?」
さすがのアリウスも絶景に圧倒され、しばらく立ち尽くしていた。
「あれ? ルチア、そのブレスレット光ってない?」
エルサに指摘され、幻獣石から出ている光に気づいた。
「ほんとうだ! なんだろう、鉱石に共鳴しているのかな。普段光ることはないんだけど」
ブレスレットの魔石から、淡い光が漏れている。
「ちょっと見せてくれ。これ、どういう物なんだ?」
そういってアリウスはルチアの手首を握ると、石をよく観察した。
なんだかエルサの表情がむくれているように感じた。ルチアは無性に背中がぞくぞくするのを感じながら説明を続けた。
「え、えーっと、街の行商人から買ったアイテムなんだけれど、幻獣を封印していた魔石のカケラみたい。魔力を蓄積して、強力な力を放つことができるものだって言っていたよ」
一刻も早く手を離してほしい、早口でまくしたてた。
「ふむ、ここの鉱石は魔力を秘めているのかもしれないな。湖の水も魔力を含むという話だから、長い年月を経てそれが結晶化したのかもしれない」
アリウスは手を離すと、次は壁の鉱石に触れながら言った。
「てか、さっきからお前なんかに怯えてない?」
ルチアはさっきから耐え難いプレッシャーを感じていたが、気のせいだと思うようにした。ぶるぶる。そもそもこの殺気を感じないなんてどれだけ鈍感なのかこの男子め、とすら思っていた。
「え…! そうかな。いやー、鉱石の力のせいかなあ、おかしいなあ、気のせいかなあ」
目を泳がせながら、あたふたと答えた。
周囲を見やると、ガラスの壁は妖艶な輝きを放っていた。
先の感想の半分は冗談とはいえ、なんとなく魔力を感じるのは事実だった。
幻獣石には、ぼんやりとした紫色の光が灯っている。
「そういう話なら、この先はやはり……」
その後も女子2人は幻想的な景色にうっとりと見惚れていたが、アリウスは違っていた。何かに勘づいたようだった。
「アリウス、ここはとっても綺麗だね! 来れてよかったね!」
エルサがにこにこしながら話しかけた。
「うーん、まあな」
考え事をしながらの割りと適当な返事に、エルサの口はまたむくっとなった。
そしてそのまま壁の方にむかって何やら呟き出した。
「もう、男子ってこういうの全然興味ないよね。こんなに綺麗なのに。ほんっとうにもう」
エルサは小声でぶつくさ言いながら、グーの拳で壁をぽこぽこ叩いて八つ当たりしていた。
「あっちゃあ〜」
遠くからは溜息をもらすルチア。
『もうちょっと愛想よくせい!』心のなかで叫ぶ。
「うーんまあ、仕方ないよ、男の子は宝石とかって興味ないじゃん、ね?」むくれた才女をやんわりなだめる。
ちなみにエルサの趣味は典型的な女子そのものであり、宝石から光り物まで大好きだ。今朝は、幻獣石のブレスレットについて色々と聞かれたのだった。
買った本人としては、アクセサリー要素は考えていなくて、もっぱら魔道具として購入した物だったが。何はともあれ機嫌をとりもどさねば。そしてぼやくようにつぶやいた。
「まったくー。アリウスくんも鈍いんだから。……でもさっきはあんなに興味もってたのに、どうしたのかな?」
しばらく絶景を堪能した3人(2人)は、そのまま出口を目指した。
洞窟はすぐに抜けられた。