異変
──その翌日。
「皆さん、今日は実地訓練を行います」先生が課題の説明を始めた。
「世界樹の庭園はご存じですね。その水路に引いている水に濁りが出ています。水源は裏山の山頂にあります。皆さんはそこに向かい、原因の調査をしてください。
今回は2組と合同で授業です。班別行動で、3人で1チーム、いつもの座席順の編成とします」
このクラスは全部で5班あり、第4班はルチア、エルサ、アリウスの編成である。
アリウス・ローレンアッシュ。
気真面目な男子。爽やかなショートヘアで、茶色の髪をいつも綺麗にセットしている。
身だしなみも他の男子みたいに乱れていることがなく、几帳面な感じも伝わってくる。だからといって、必要以上に神経質な感じでもなく、女子2人ともうまくやっていた。
身長はそれほど高くないが、モデル体型のエルサよりはまだ低いようだ。
一通り道中のレクチャーがあった後、訓練開始となった。
「二人とも今日もよろしくね。それじゃあ、行こうか」
意気揚々と先陣を切ってくれるのは、活発で明るい性格のエルサ。
「2人は水源のことは何か知っているのか?」
アリウスがほうきを手に取りながら言った。
「登山道から山を少し登って、洞窟を抜けた先にある、神聖な湖だと本で読んだことがあるよ」
王国の中央にそびえる世界樹、これは世界の魔力の源泉となっていた。
ここに王都を構えているのは、大切な世界樹を守る結界を張り、平和を維持するための目的もあるのだった。
「世界樹っていうのは意思を持っているみたいで、悪い人は結界に入れないんだって」
「ルチア詳しいねえ」
また墓穴を掘った。あたふたと手を振ってごまかすルチア。
生徒達はそれぞれ自分のほうきにまたがり、魔力を込めた。3人も浮上し、マントをなびかせながら裏山に向かう。
そこでふと、近くを飛んでいる2組の班の会話が耳にはいる。
「道中には魔物も出るようだから、気をつけよう」
「聞いた?」エルサが言った。
「用心して進まないとな」アリウスの表情は緊張した面持ちに変化した。
「アリウスっていつもきっちりしてるよね。頼りにしてるよ〜」
エルサはにっこりっと微笑みながら言った。今日も上機嫌だ。
「危なくなったら自分たちでなんとかしてくれよ。だいたいお前、いつも緊張感ないんだよ」
アリウスは呆れ気味に言った。
「そんないじわる言わないでって〜、この前もピンチになったとき助けてくれたじゃん」
このあいだエルサが獣の魔物に追い回されていた時に、アリウスが助けたことがあった。
その一件があった後から、エルサのアリウスに対する態度がわずかに変わったとルチアは感じていた。
それはいつも一緒にいるからこそ気づくような変化だった。
それと、ルチアからみればエルサ本人も自覚ができてないような?……という気もしていた。
「アリウスって面倒見もいいよね」ルチアがストレートに言う。むしろお世辞などは言えない性格なのだ。
「ほめても何にも出ねーぞ」
アリウスはちょっと恥ずかしそうにいった。
ルチアは、この幼さを残した素直なところがかわいいなと思った。
それに加えてエルサとの掛け合いを見るのが好きだった。エルサのほうが一枚上手なところも可笑しいのだ。
「あれ〜? 照れてます、アリウスくん」
エルサがからかうように言う。
「まったくも〜! 今度何かあってもほんとに助けてやらんからな」
やれやれと困り顔になった。
このペアはいつもこんな感じだ。勿論ルチアは2人の仲に入るつもりはなく、
友達として優しく見守りたいなと思うのだった。
そういう意味では、実は一番のお姉さんポジションなのだ。
いつも通りの日常。そんな調子で3人は初夏の風を感じながら山を目指した。
◇ ◆ ◇
裏山に辿り着きしばらく進んでいくと、登山道が現れた。
道の淵には背の高い木々が生い茂っている。
先についている班や、後から次々に地上に降りてきた班もある。
木々に阻まれて大人数で飛行することもできないため、この先は歩いて進むしかない。
「ここは足元がかなり荒れているし、あまり管理はされていないみたいだな。最短ルートで行くぞ」
そう言いながら、アリウスは足元のツタを火の魔法で燃やした。
先陣をきってぐんぐんと進んでいく。
洞窟へのルートは様々だったが、足元は悪くとも最短コースを選択した。
「大事な水源だけど、普段から点検や見回りはしてないのかな?」
ルチアは疑問に思っていた。
先生はなんでこの場所を実地研修に選んだのだろうか。
まあ一石二鳥なところはあると思うが。と思考をめぐらせた。
「さすがにこんな山奥だし、簡単には来れないってことかもね」
「きゃっ、虫!?」びっくりしてエルサがルチアに飛びついた。
「大丈夫だよ、虫くらいほら」
そう言ってルチアは、エルサの背中についていたクモを手でつかんで茂みに放った。
虫も動物も好きだから臆することは全くないのだ。
「もーやだ、魔物も虫系だったりしたら最悪っ。ほんと勘弁して」
そう言った矢先、茂みの奥から何かの気配を感じた。
「気をつけろ……何かいるぞ!」
アリウスは警戒の構えを取った。女子2人も杖を構える。
次の瞬間、植物のツルのようなものが地面を這いながら迫ってきた。
「魔物だわ!」
エルサは咄嗟に杖から炎を放ち応戦する。
ツルが伸びてきた先に目線を向けると、その姿が認識できた。
予想通り、植物系の魔物アルラウネだった。
小型で数は5匹程度、群れのようだ。
「この程度ならなんてことないって、こいつらは小さいから足がらめくらいしかできないんだもん。それっ」
エルサは畳み掛けるように炎を打ち込む。ルチアも加勢した。
魔物は森の植物に擬態していてよく見えない。
手当たり次第に魔法を放った為に、2人は闇雲に魔力を消費していった。
だんだん息が切れてきた。
──そして次の瞬間、魔物の触手がエルサの足を捕らえる。
それは背後からの不意打ちだった。
「きゃっ! 後ろ?」
気がついたら囲まれていた。ほうきが使えないと魔法使いは無防備だ。
「突っ込みすぎだぞ、エルサ。周りをもっと見ろ」
アリウスは杖から真空の刃を放ち、それを阻止した。
「あれ? 助かった……みたい? さっすがアリウス!」
「手分けして対処しよう。私は後ろを見てるよ!」
ルチアは援護に回る。炎で触手を次々と焼き払った。
「エルサ、あの方角を狙え」
慎重に観察していたアリウスが敵の位置を指差した。
右前方の茂みの奥。大体の方角を掴めば、あとは吹き飛ばすだけだ。
「よーし、2人とも周りは任せた。最大火力で一気にいくよ〜」
エルサは魔力を杖に力を集中した。
大胆不敵ではあるが、仲間を信頼し切っているからこその行動。
攻撃に集中することでエルサの追撃は勢いを増した。
「それ、それ、それ! 隠れても無駄なんだから!」次々と炎を打ち込む。
さすが成績トップは戦闘でも心強い。生まれ持った魔力は一級品だ。
特大の火炎を放つたびに、まばゆい閃光が森の中を照らした。
そして火力で押し切る。次第に地上を這いつくばっていた触手からは生気が抜け、しおれていった。
最後の1匹を焼き払うまで、そう時間は掛からなかった。
殺傷能力の低い魔物はそれほど脅威ではない。獣系の魔物がいればまた別であるが。
そうして3人は魔物を撃破した。
「みんなお疲れ。ふう。魔物が虫じゃなくてよかった〜」
全くもって才女とは思えない気の抜けようである。
……ぴとっ。
「きゃ! 虫いいいいい! だめえええええええ」
「……エルサ、周りをよく見て!」
ビクビクしながらへたり込むその様子に、やれやれと苦笑いする2人だった。