不思議な魔石との出会い
「いらっしゃい」
お店のドアを開けると、カランカランと鈴の音が鳴った。
ショーケースにはいろんな魔道具が陳列されて売り出されている。
多種多様な杖やほうき、何に使うかわからない水晶玉、サーペントの牙、謎の十字架なんかの怪しげなアイテムまで——。
『目玉商品!』と書かれたバジリスクの干物を見るや、エルサは苦い表情で舌を出した。
もちろんルチアは興味津々。かぶりつくように観察した。
「ところでさ、エルサは何を探しているの?」
「実技試験にむけて、魔力の上がる装備品がほしいなって」
そう言って棚に置いてあった三角帽子を手に取り、すっぽりとかぶった。
「ほら、やっぱり勝負は力の差がものをいうでしょ? いえい!」
調子に乗ってポーズを決めてみせる。
その姿をみて思わずニッコリ、ウンウンと頷くルチアだった。
──と、そこで目的を思い出して我に返る。
格好はさておき、タグに書いてある売り文句が目に入った。
「なになに? 『この帽子で集中力を高めれば、攻撃力アップ間違いなし!』 ……そんな単純かなぁ?」
「ゴリッゴリのゴリ押しが私のポリシーだかんね〜。これ良いと思う?」
中腰になって帽子を見せつけてアピールするエルサだった。圧がすごい。
ルチアはよく知っているが、ちょっとエルサの戦い方は特殊で、彼女なりに美学があるらしい。火属性魔法にこだわっている。ちなみに、そこらの学生の火属性とは別格なのはよくわかる。
「……。まあこの帽子が効くかどうかはちょっと疑問だよ、やめとこうよ」
ルチアは顔面に迫り来る帽子をスポッと脱がすと、本人に渡した。
エルサはつやつやの金髪をさっと整えてから、帽子をしげしげとチェックして棚に戻した。
「ん?どうしたの? そんなにまじまじ見て」
「呪いの装備じゃないかなって。へへっ」
怪しいものは何も着いていないはずだが……。
「お店の奴だし大丈夫じゃ無いかな?」
「そっか〜、残念!」
「え!?」
残念とは何事ぞ!? びっくりして目を丸くするルチア。
とりあえずスルーして話題を修正。
「最終試験は実技試験だし火力は大事だよね、それも対人戦闘。私が苦手なやつ」
ルチアはどんよりした。争いごとは好きでは無いのだ。
魔法使い同士の戦闘は実力だけで決まるものでは無い。得意な属性、環境、戦略、運。しかし学生同士の試合となれば実力差など高が知れている。
シンプルに装備の良し悪しがものを言うのは明白だった。とはいえ試験に持ち込めるものには種類や数の制限もある。
「私も何か秀でたものがあればいいんだけどね」
ルチアもどんな対策をしようか悩んでいたのだった。
「必殺技とか考えてみたらどうよ?」
「え、魔法でそんなことできる?」
「術式をちょちょいのちょい、やで!」エルサはおどけてみせた。
「何それ?」
ルチアは思わず笑ってしまった。天才の感覚で言えば本気なのかもしれないけどちょっと想像が及ばない。
魔法は決まった術式がある。魔力と自然界の物質を触媒とし、術式に応じた魔法が発動する。
それをアレンジすることができるのは相当な実力者か、熟練者、あとは天賦の才を持つ者に限られるのだ。きっと目の前の天才はその部類。
術式を……? ルチアなりに色々想像してみたが、サッパリだった。何とも言えずにポリポリと頭を掻いた。
「そしたらさ〜、ルチアも何か買ってみたら? これとか」
そういって差し出したのは魔力を貯めて放つことができる精霊石だった。『お値段ご相談!』のタグが付いている。
「これなら一発逆転の一撃必殺できるかもよ?」
さすが才女は鋭い。良いものを選び抜いてくれた。
「たしかに! すごいね」これだと思い、店員に質問する。
「あの、これってどれくらいの魔力を貯められるんですか?」
店長に尋ねてみると。
「そうだね、大きな魔物を一撃で吹き飛ばすくらいの性能はあるよ、ただし膨大な力がいる。霊媒の変換効率が悪いんだ」
「たとえば一般人が1日かけて魔力を込めたとしても、通常魔法と同じくらいにしかならないよ。ちなみに値段は」
金貨1枚分だとか。手持ちの銀貨10枚の10倍の値段だ。世の中そう簡単にはいかないようだ。
「うええ、バイトしても半年はかかる」購入は諦めた。
その後しばらく店内を見て回っていると、カランカランと鈴の音が鳴った。
「いらっしゃい」
誰だろうと思い入り口に視線を向けると……。
女子1人と男子2人が談笑しながら入店してきた。
その女子のことはよく知っている。
エルネスタ・グランシュタイン。
金色の長い髪に、背丈はルチアと同じくらい。スカートの丈も短め。どこかの誰かさんと似たようで派手な格好だが、スタイルの違いからくるのか、なんだかちぐはぐな印象。
彼女はルチア達を一瞥すると——。
「……チッ」
聞こえない位の音量で舌打ち。一瞬で笑顔が消えてしまい、取り巻きの男子二人はバツの悪そうな表情。それでも買い物を続けるようだ。
「マスター、注文の品は?」
「はいよ、ちょっと待ってね」
そう言って店主は、店の奥に引っ込んでいった。
エルサがぼそっと呟く。
「うわっ、アイツじゃん」
金髪の少女、エルネスタのことはエルサもよく知っていた。
さすがのエルサもすっかりテンションが落ちてしまっていた。
ルチアはなんだか申し訳なくて、肩を落とした。
何故かと言えば、エルネスタはやたらとルチアに突っかかってくるからだ。
彼女のことを嫌っている訳でも何でも無いのだが……。
ツンとした態度で腕を組んで待っていた金髪の女子は、ふてくされた様子で、誰に向かってでもなくこう言い捨てた。
「はぁあ、誰かと思ったら……気分わっるい。優等生とひっついて。いい気なもんね」
矛先が誰に向いているかは明白だ。
ルチアが何も言い出せずにいると、しびれを切らしたエルサが反撃した。
「後から入ってきたのはそっちじゃん。嫌なら出てきなよ」
拳に紅蓮の光が凝縮されているのは誰もが感じ取れた。
そこで店長が奥から帰ってきて、何やら鉱石のような物をレジの台に置いた。
「へい、お待ち!」
「…………」
店内に険悪な雰囲気が漂う。
店長もそれを感じ取ったのか、双方の顔色をうかがってから店長がなだめに入った。
「まあまあ、お嬢ちゃん達仲良くし──」
「はい、これ代金!」
ドカッと金貨の入った袋を置くなり、エルサをにらみつける。
そして、ふんっとそっぽを向いて店を出て行った。
「やりづらいなぁ……」
そう言ってルチアはため息をついた。
「エルサ、ごめんね」
「なんでルチアが謝るの。もう、アイツ何なんだろうね〜。誰と戦ってるんだか?」
そのあと店内を見て回ったが、結局エルサも目当てのものは見当たらなかったようだ。
やたら呪い呪いとうるさかったが……。
そして塾へ向かうためエルサとは別れた。
塾への道中──。
「お嬢さん、よかったら見ていかないか? 強力な魔道具があるよ」
怪しげな商人に声をかけられた。
見たところ商人ではあるが、魔法使いのような格好に思えた。
胡散臭く感じたが、このタイミングで言われると思わず立ち止まってしまった。
ルチアはころっとひっかかったのだった。事情を説明する。
「実は── ということで、良い物が無いかとさがしているのですが」
「それなら、この幻獣石の腕輪がおすすめだよ。最後の1個、安くしておくよ」
金色のブレスレット、植物のレリーフが施されて赤い魔石がはめ込まれている。
どうやら幻獣を封じてあった魔石のかけららしく、魔力を精霊石より3500倍早く貯めることが可能だという。
要は数分で莫大な破壊力を得ることができる。ただし2回撃つと砕けるという。
「銀貨10枚で売ってもらえませんか?」
「お嬢さん上手だね。いいよ、大サービスだからね」
あまり見慣れない魔道具だが、試験でちょっと使うだけだしピッタリだと思い購入したのだった。
「あ!まずい、塾のこと忘れてた。遅刻しちゃう! ありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀をして駆け出した。
その後ろ姿をみて、魔導士風の商人は呟いた。
「さて、祝福の巫女の力とはどれほどのものか……ご活躍に期待しましょう」