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国王謁見① 悲しい記憶と王の後悔

 ──数日後


 病み上がりのルチアは王宮の謁見の間にいた。目の前には国王が玉座に座っている。横には軍師の男が姿勢良く佇んでいた。

 衛兵から情報が伝わったことで王宮に呼ばれたのだ。物々しい雰囲気で早く帰りたい気分でいっぱいだった。だがこうなったからには仕方ない。


「してルチアよ、そなたが世界樹のオーブを託されたという話を伝え聞いておるのだが」


「はい、世界樹の女神様から妖精を守って欲しいと頼まれ、そしてオーブを託されました。そして、それは私にしかできない事だとも告げられ、引き受けることにしたのです」


「ですが、選択したのは私自身の意思です」


 ──事の経緯を一から十まできっちりと報告した。


「ふむ……、よもや、そなたのような少女が巫女に選ばれるとは。重積かとは思うがよくぞ決断してくれた」


 どれほど軍事力を持っていたとしても、目の前の小娘を頼るしか術が無い。軍を動かして解決できる話では無いし、王としては頭が痛いのであろう。ルチアはそう思った。


「あ、あの……。恐れながら、よろしいですか?」


 怯えながら恐る恐る顔を上げ、目線を一国の主に向ける。

 大人2人に対面して萎縮していたルチアだったが、勇気を振り絞って質問したのだった。


 王が口を開いた。

「何なりと聞いてくれたまえ。我々はそなたの味方なのだ」

 そう言って少し姿勢を崩した。まだ敬語もおぼつかない若い少女を前に、年長者なりに気を使っての行動だった。


「正直なお話、私などに何ができるのか……。できれば巫女についてもう少し教えていただけませんか?」


「そうも自らを卑下することも無かろう。そなたはまだ若い故、無限の可能性を秘めておるのだ。おっといかんな、説教くさくなってしまって。さて、巫女についてだが、祝福の巫女は世界樹に選ばれし者のことだ。王国に伝わる伝承では──」


 世界が危機に瀕した時、世界樹の女神が願いを託す者、それが祝福の巫女だそうだ。伝承によれば、その巫女は精霊の加護を得て悪しき者を討ち、世界に平和をもたらすとされる。


「17年前、先代の巫女が命を賭して滅亡の危機を救ったのは有名な話だ」


 神妙な顔で頷くルチア。

 有名な話。よく知っている……。もっと言えば嫌と言う程に知っている。

 だってそれは……。生まれてから今まで目を逸らしてきた話のことなのだ。知っているのだ──。実の母マリアの死が、その『有名な話』と関係しているのは。


 話の大筋は、養父母から聞いたことがあった。だが恐くてそれ以上の話など聞いたことがない。それに聞きたくもなかった。

 突如、重い問題がのしかかってきた。また憂鬱だ。ルチアはますます帰りたくなった。


 王は当然、ルチアの生い立ちを調査済みだった。

 むしろ、その時に軍を派遣した張本人なのだ。負い目を感じているのか、遠い目をしながら話を続けた。


「あれは痛恨の極みであった。むざむざ巫女が命を落とすことではなかったのだ。大きな犠牲を払ったにもかかわらず、あの時完全に諸悪の根源を絶つことは叶わなかった。だからいずれ次の巫女が選ばれるのはわかっていたのだ。それがお主になろうとは……。ルチアよ、どうか恐れないでほしい。命を賭すことが巫女の使命ではない。次の巫女は生きて此処に帰って来るのだ」


「ありがとうございます。ご厚意、大変感謝いたします」

 そしてまたちらりと顔を上げて言った。その動きはさっきよりも少し機敏だった。


「正直に言います、私は命を賭けて世界を守る程の強い心は持っていません。ごめんなさい!」


 ルチアはペコリと頭を下げた。

 大事な使命を請け負っているのは分かる。

 中途半端な気持ちで何様かと言われてしまえばそうだ。

 だけど、揺るがない思いだってある。

 顔を上げ、真剣な眼差しで言った。


「ですが妖精のティアちゃんは絶対に守ります。私は彼女の願いに応えたいんです」


 王は少女のその目を見て、表情を緩めた。

「それでも構わないのだ。ルチアよ、恐ろしくなったら逃げても良い。助けを求めても良いのだよ」

 王はルチアのその眼差しを受け止めながら、しっかりとした息づかいで続けた。


「だが、悪しき者達の強大な力に対抗するには妖精が持つ真の力の覚醒が必要であろう。そなたが世界をめぐる必要があるのであれば、我々も全力で支援するとしよう」


「はい。ありがとうございます」

 一国の王としての決意を込めた言葉。そして思いの外優しい人物だった。


 ルチアは少し安堵した。

 だが懸案はまだまだ山程ある。それは国王も承知していた。

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