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序章 黒い影


 天地を貫かんとばかりにそびえ立つ、生命の依り代「世界樹」

 その内に秘められし力は、文字通り世界を掌握する程に強大だと伝えられていた。

 これは、その力を巡って繰り広げられた戦いの記憶。


 始まりを告げるのは、ある少女の記憶の断片。

 闇に墜ちた侵略者の猛攻に耐え、必死に抗う彼女の姿は強く、そして儚かった——。


          ◇ ◆ ◇

 

 深い闇がつくり出した夜の静寂(しじま)

 そこに鈍い衝撃音が響き渡ると、平穏は一瞬で乱された。


 大木の幹に体を打ち付けられ、血だらけの少女がそこにうなだれていた。

 空には、月が朦々と浮かんでいる。

 瀕死の少女は、息も絶え絶えに声を捻り出した。


「くっ……オーブは……絶対に、渡さない」

 

 ──耐えがたい苦痛に歪む口元。

 気迫だけで意識をつなぎ止めているものの、身体はとうに限界をむかえていた。


 世界樹の元へと続く長い一本道のうえに、影が揺らいだ。

 ふだんは参拝のために人々が行き交うその道には、誰の姿も無く、暗い。

 今は、漆黒の法衣を纏った痩身の男だけが歩いていた。


 その男は、知的な顔立ちの青年だった。

 眼鏡をかけており、その奥には鈍く輝くのは氷のように冷たい瞳が見え隠れする。

 口元には常に冷酷な笑みを浮かべており、貪欲そうで、飢えた獣を思わせるような風貌。

 何もかもがちぐはぐで、今にも壊れそうなほどにアンバランス。

 ──言い知れぬ恐ろしさだけが漂っていた。


 男はゆっくりと歩みを進めた。

 静けさに包まれた庭園に、コツ……コツ……と石畳を叩く革靴の足音が響き渡った。



 やがて2人の距離はだんだんと縮まっていく──。

 すると、男は飄々とした表情で呟き始めた。


「やれやれ……なんとまあ、強情な娘だ」


 なおも、互いの距離は近づく──。

 少女は生気なく世界樹の幹に身を預け、静かにうなだれていた。


 互いの表情が読み取れる程となった頃だった。

 こだまする足音に、消え入るような少女の声が入り交じった。


「約束……しました。だから……」


 少女は、小鳥の囀りのような美しい声をしていた。


 最後の抵抗とも言えるその言葉が、男の歩みを止めた。

 ……だが、少女に向けられた一瞬の猶予は、情けや慈悲の類いとは相異なる。

 男の顔には負の感情が沸き立ち、みるみるとおぞましき狂気を纏った。


「ほう。まだ歯向かう気力がありましたか。良いでしょう……」


「あなたが死んだ後、オーブをいただくだけのことです!」


 男が突如両腕を広げると、双方の手から、禍々しい闇の力が湧き昇る。

 それは、最早この世の魔法とは呼べぬ程に異形のものを形取っていた。


「直ぐ楽にしてあげますよ。ハハハハッ!」


 男は狂ったように声をあげながら両手を前にかざす。

 そして躊躇無くその魔法を打ち放った。

 闇色を纏った力が渦を巻き、負の波動は地を砕きながら少女に迫り来る。


「…………」


 少女の足は動かない。

 命を絶たれる瞬間──だが、とても落ち着いているように見えた。


 ただ静かに目を閉じて、何かに祈るように手を合わせているようだった。

 目の前に死が迫り来る瞬間、全てが閃光に包まれた──。


 その時、月夜の下で蝶が舞っていた。



          ◇ ◆ ◇


「では、本日の授業はここまでです」


 講義終了のチャイムが鳴り響き、1日の過程が終了したことを学園の人々に知らせている。

 赤い髪の少女は、パタリと本を閉じた。


 王立魔法学校、高等部の3年1組。

 地味で平凡、特に秀でた能力も持たない女子生徒。

 ルチア・ラ・フォンティーヌ、それがこの物語の主人公の名だ。

 ゆるふわセミロングの赤い髪に、青い瞳をしている。 


 学校の制服は、赤と黒ベースに金の差し色が入ったブレザー&スカート。

 女子は首元のリボンがアクセントだ。

 魔法使いだから、お決まりの黒のマントを羽織っている。

 

「よし、今日の授業終っわり〜。」


「ねえルチア、帰りに寄っていきたいところがあるんだけど、一緒にいこ!」


 後ろの席に座っている威勢の良い声の主は、親友のエルサ。

 ルチアとは3年間一緒のクラス。金色のロングヘアの元気で活発な女子だ。


 制服はルチアと一緒で、全校共通だが、彼女が着ると華やかで全然違う服のように映えた。

 スラリと伸びた足、いわゆるモデル体型なのだ。

 人柄はと言うと、豪放磊落(ごうほうらいらく)で大胆不敵。細かいことは大体気にしない。

 頼もしい友人。

 

「私は大丈夫だけど、どこに行く予定なの?」

 ふわりと赤い髪を揺らし、エルサに向かって答えた。


「もうちょっとで魔法省選抜試験じゃん? それに向けて道具を揃えたいなと思ってさ」


 エルサは人差し指を唇にあてながら言った。

 何か欲しいものがあるらしい。

 そんな様子を見るなりルチアは時計とにらめっこ。──そして快諾する。


「そうだね、私も少し興味あるし行きたいな」

「塾があって。ちょっと早めに帰らなきゃいけないんだけどネ。ゴメンね」


「全然平気だよ〜。じゃ、決まりだね! 急いで行こっ!」

 エルサは屈託ない笑みで、軽く拳を突き上げて意気込んだ。


 魔法省選抜試験というのは、いわゆる魔法界の公務員試験だ。

 由緒ある魔法省に合格すれば、魔法界で活躍するための第一歩になる。

 その試験が一ヶ月後に控えているのだった。


 ルチア達が勉強のために通っているのは、王立魔法学校。

 生徒である彼女らは、いわゆる魔法使いの卵だ。

 そして、住んでいる街の名は王都ヴェルクシュタット。

 煉瓦造りの白い壁と、赤い屋根の家が街にずらりと軒を連ねる、王国の首都であり、大都市だ。

 そんな家々が整然と立ち並ぶ中心には、途方もなく巨大な一本の樹「世界樹」がそびえ立つ。


 ──さて、物語はこの都市の魔法学校から始まる。


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