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05 ドールハウスの中へ

 淡い光の柱から出た理子は魔王の後について別の部屋へ移動した。

 歩きながら魔王の背中を見つめる。魔王はゴージャスな衣装を着た偉丈夫で、いかにも魔王といった風格と威厳があった。銀髪なんてリアルで見たのは初めてだ。


(体が大きくて迫力すごいし厳しい口調だけど、思ってたより怖い感じの人じゃないかも……)


 移動先の部屋は先程の広くてゴージャスな執務室と比べると狭く、雑然としていた。棚や中央の大きなテーブルにはいろんなものがごちゃごちゃと載っている。

 部屋が散らかっていても理子は気にならない。部屋に入ってすぐ、壁際の一角に目が吸い寄せられたからだ。

 そこには美しい意匠が施された大きな作り付けの棚があり、サイズの異なる二つのドールハウスが鎮座していた。


「うわぁ……!」


 魔王に促されてドールハウスの前に立った理子の口から感嘆の声が漏れた。慌てて両手で口を押さえる。


(すごい。12分の1スケール、本式のドールハウスだよ。こっちは24分の1スケール? どっちもアンティーク調の細かい細工が……すごい!)


 顔を寄せて覗き込む。白い壁に黒い柱や梁、筋交いが美しい模様を作り出すドールハウスの中に、細かい装飾が施された家具や調度品が飾られている。

 うっとりと見とれていた理子は、背後から声を掛けられて飛び上がりそうになった。


「なぜ口を押さえる。感じたことをそのまま口に出せ」


 振り返ると、腕を組んだ魔王が見下ろしている。言われるままに口を開いたものの、理子は咄嗟に言葉を紡げなかった。

 幼い頃から少し騒がしくすると母に「静かにしなさい」と言われ、興奮したり感嘆の声を上げたりすると「落ち着きなさい」とたしなめられて育った理子は、自分の思いや考えを口にするのが苦手だった。

 思ったことを言葉にする前に、つい周囲の顔色を見たりTPOを考えたりしてしまう。


 魔王は黙って理子を見つめたまま、彼女が言葉を発するのを待っている。

 職業案内所の男はできるだけ雇用主の意図を汲み、積極的に活動する人員を求めていると言っていた。


(感じたことを言葉にしてご希望に応えなきゃ。わたし、絶対このドールハウスに住みたいもん!)


 知識がないから大したことは語れない。だけど、どこがどう好きかくらいなら理子にだって語れる。

「家具や調度もすごく凝ってて、すごく素敵だと思います。この部屋の壁紙、花柄がかわいくて好きです」


 名前を知らない家具や調度もあるので、魔王に伝わりやすいよう、指差しながらぽつぽつと語っていく。

「これ、引き出し開くんですね。こんなに小さいのにすごいなぁ。ドールのワンピースもかわいい……。あ、ブーツ履いてる。おしゃれ~」


 最初は魔王に感想を伝えるつもりで言葉にしていた理子だったが、じっくり観賞しているうちにだんだん夢中になってしまった。

 無理もない。理子はかわいいものが大好きで、なのにこれまでの人生でこんなに間近でかわいいものに接したことなどほとんどなかったのだから。

 興奮のあまり、しまいにはほとんど独り言のようになっていた。


「ぬいぐるみかわいい! リボンしてる~、いいなぁ。わあ、食器棚のティーカップ、全部柄が違う。素敵……。えっ、このグランドピアノ、弦まで張ってある! すごい……音は鳴るのかな」

「そこまで」

「ひゃっ!?」


 突然背後から声が掛かり、理子は今度こそ飛び上がってしまった。恐る恐る後ろを振り返ると、魔王が眉間にしわを寄せて理子を見下ろしている。


「す、すみません! 一人でベラベラしゃべって」

「……気に入ったか」

「えっ、はい。もちろんです」

「ならばさっさと入ってもらおう」

「はいっ! ありがとうございます! あの、わたしが住むのはどっちでしょうか」

「24分の1スケールの方だ」

「じゃあわたし、こんなに小さくなるんですね」


 中にいるドールを指差しながら、嬉しそうに理子が言う。無邪気な笑顔を浮かべる彼女に、魔王の眉間のしわが更に深くなった。

 不機嫌そうな顔のまま、魔王が魔道具を仕込んである家具を指差しながら使い方を説明していく。それが終われば準備完了だ。ドールハウス内から仮置きのドールを取り出し、脇へ置く。


「今からお前がこのドールハウスの住人だ。こちらが見たいのは我がドールハウスでのびのびと暮らすドールの姿。感情は露わである程いい。好きなことをして楽しむように」


 再度念押しすると、魔王は転移陣で理子をドールハウスの中へと送り込んだ。



  ◇  ◇  ◇



 自分を包む淡い光が消えると、理子はまたもや違う場所にいた。

 いや、もう理子じゃない。リコだ。


 彼女は職業案内所で契約書類を整える中で、自分の名前を“リコ”とした。

 転生先の世界では苗字がどんな扱いなのか、漢字があるかもわからない。だったらもう、ただの“リコ”で生きていこうと決めたのだ。



 光が消え、リコの目に映ったのは、白い漆喰の壁に囲まれた吹き抜けと二階へ続く階段。ここはドールハウスの一階、玄関ホール部分らしい。


(さっき見てたドールハウスと同じ……。わたし、本当にドールハウスに入ったんだ)


 嬉しい。飛び上がって喜びたい気持ちがこみ上げてくる。

 たしなめる人はいない。雇用主の魔王は感情を露わにしろと言った。



「……やった~~ッ!!!」



 慣れないなりに、ジャンプしながら思い切りバンザイして声を上げる。

 その途端、頭上でシャララ~ンというハープのような音がして、キラキラと光る虹色の粉雪のようなものが降ってきた。

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