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魔王の箱庭  作者: 恵比原ジル


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39/40

39 願いと約束

 ドールハウスから出る。そんな時が来るなんて、リコは考えてもみなかった。

 俯きそうになるのを堪えながら魔王に尋ねる。


「わたし、クビになるんですか?」

「何故そうなる」


 思いもよらないことを聞かれ、疑問が先に立った魔王は否定をし損ねた。それが一層リコの不安を掻き立てるとも知らずに。


「不満があるなら言ってください。わたし、改善します。ご期待に応えられるように、もっともっと頑張りますから」

「おい」

「出て行きたくないです。ずっとここにいたいんです。わたしをここに置いてください!」

「待て待て! 落ち着かんか!」


 魔王が少し強めに声を上げるとリコはすぐに大人しくなった。委縮させてしまったかと、今度は落ち着いた声で諭すように話し掛ける。


「出て行けなどとひと言も言っておらん。好きなだけ俺のドールハウスに住めばいい。雇用期間はお前が辞めたいと言うまで、そういう契約だっただろう」

「でも、元の服を着るのは外へ出すためじゃ」

「お前が着ていかねばここのワードローブに残ってしまう。貴重な服なんだから、本拠地のワードローブにきちんとしまっておけという意味だ」


 ピコンと音がして「(感嘆符)」が飛ぶ。

 青い雫がようやく止んで、魔王は内心でホッと息を吐いた。


「普通の服ですけど、貴重なんですか?」

「外に出られる服はその一着だけなんだぞ。貴重だろうが」

「えっ!?」

「ワードローブの服は俺が魔道具化した空間でしか服として機能しない。ここではお前に合うサイズになっているが、外へ出ればドール用の小さな服だ」


 ピンと来てなさそうなリコの様子に魔王は頭が痛くなる。わかりやすくストレートに伝えるしかなさそうだ。


「つまりだな、今の服装でドールハウスの外へ出たら、お前は生まれたままの姿になってしまうのだ。外へ出ても服として機能するのは、お前がもともと着ていた服だけだ。ドールハウスのメンテナンスで外に出ることもある。その時に困るぞ」

「生まれたまま……、ッ!?」


 魔王が元の服を着ろと言った意味をリコが理解した途端、ポポポッと弾けるような音がして赤い小花が散った。


(羞恥のオーラだ)


 そう気付いた魔王もなにやら気恥ずかしくなる。


「わかったか馬鹿者。前回のピアノの移動の時もそうだったが、早とちりして勝手に悲観するな」

「……すみませんでした。気を付けます」

「俺はお前の働きに十分満足している。放り出す気などない。いつまでも、好きなだけ俺の作ったドールハウスに住んでいろ」

「はい。ありがとうございます」


 魔王に窘められてシュンとしたのか、一瞬青い雫が降ったがすぐに止んだ。嚙みしめるように礼を口にしたリコが静かに歓喜のオーラを放つ。

 それを見て、魔王はためらいつつもリコに尋ねた。


「しかし、本当にずっとここに住んでいていいのか? ここで、お前はずっと一人だ。寂しくはないのか」


 魔王は己のドールハウスに嬉々として住み、良い反応を見せてくれるリコを気に入っている。素直な気性のうえ、よこしまな欲望もなく愛人志望でもない。

 だが、本人も同意の上で雇用形態を取っているとはいえ、彼女をここに留め続ける現状は軟禁みたいなものではないのか。

 恐怖で魔界を治める魔王が軟弱なことをと思いつつも、己のドールハウスが歪な世界だったと自覚して以来、どこか後ろめたさを感じていた。


 そんな魔王の罪悪感を、リコは軽く一蹴する。


「ぬいぐるみたちと一緒だから寂しくありません。それに、魔王様がこうして時々訪ねてきてくれますし、お便りもくださいます。寂しくないです」


(ぐっ……!)


 にこっと笑って即答するリコを見て、魔王はつい「愛いやつ」と思ってしまった。

 前回の訪問時にときめきのオーラを放ったことを思い出して冷や汗をかく。

 あの後すぐにオーラの対象をドール一人に変更しておいてよかった。危うくまたトゥンクという音を聞く羽目になるところだった。


(だが、悪くない)


 魔王は面映ゆさを隠すように話題を変える。


「まあいい。ついでだから聞いておく。なにか要望はあるか」

「物じゃなくてもいいですか?」

「かまわん。言ってみろ」

「えっと、今度魔王様がいらっしゃる時に、お茶を一緒に飲みながらお話ができたらうれしいです。あ、魔王様が甘いもの苦手じゃなかったらお菓子も一緒にお願いします」

「(愛いやつめ……くっ、またか……!) いいだろう」

「約束ですよ? じゃあ指切りしてください」


 そう言って、リコが小指を差し出す。なんでも、リコのいた世界では約束を交わす時に小指を繋いで歌を歌う習わしがあるそうだ。

 魔王が小指を絡めると、指を繋いだ手を揺すりながらリコが歌い出す。


「♪指切りげーんまん 嘘ついたら針千本のーます 指切ーった!」




 魔王が約束してくれたと言って喜ぶリコに見送られながら、魔王はドールハウスを後にする。

 その背中には若干冷や汗が浮かんでいた。


(たかが口約束を破る程度で針を千本も飲ませるだと? 破る気など毛頭ないが、よくそんな恐ろしい罰を思いつくものだ。リコもジローも人畜無害そうに見えて意外と冷酷な民族なのかもしれん。扱いには気を付けよう……)

次で一旦完結となります。明日の夜までには投稿できると思うので、チェックお願いします!

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