31 リザードマンの族長の娘
※抑えめですが身体欠損の描写があります。ご注意ください。
『ハーイ、皆さんごきげんよう! このロレンソ、今日から正式に作業通話に参加させていただきますぞ~』
ロレンソが正式に【まおはこ】メンバーとなり、初めて自室から作業通話に参加したその日。
最後にインしてきた魔王の顔を見て、「ごきげんよう」と言い掛けたロレンソは思わず挨拶を引っ込めた。魔王は面接時も厳めしい表情をしていたが、今日は明らかに険悪な雰囲気を漂わせている。
『なんか機嫌悪そうだけど、話せる範囲の愚痴なら聞くぞ?』
『……例の鬱陶しい女が、デッドラインを踏み越えやがったのでブチ切れた』
ウーゴとマリルーはその女の話を何度か聞いているが、初めて聞いたロレンソは驚いた。
何でも、リザードマンの族長の娘が魔王に馴れ馴れしく付き纏っていて、何度注意をしても一向に態度を改めないらしい。族長にも再三注意しているのだが、娘は魔王に想いを寄せているのだ、情けを掛けてやってくれと懇願してくる始末。
『鬱陶しい相手からの好意なんて迷惑以外の何物でもないのになー』
『それ以前に、その娘も族長も不敬が過ぎますぞ。魔王もさっさと手打ちにすればよろしいのに』
『まったくだぜ。んで、デッドライン越えたって、なにやったんだよその女は』
その時のことを思い出したのか、凶悪な顔になった魔王が低い声で吐き捨てるように言った。
『許してもおらぬのに、俺を名で呼びやがった』
『……ッ!!!……』
『はぁ!? なんだそいつ!』
『許せませんな!』
あまりの不敬に魔王以外の三人も激しく反応した。ウーゴなど、思わずイスを倒して立ち上がったほどだ。
しかも魔王の名を口にする前には、魔王に愛人がいるというのは本当なのか、自分の想いを知りながら酷いと騒ぎ立てていたという。
予算確保のためとはいえ、愛人枠の使用は魔王にとって非常に不本意な選択だったが、だからと言って誰かに咎められる筋合いはない。
『そのような愚か者、ブラッディーカーニバルが妥当ですぞ』
『コストに見合わん』
ブラッディ―カーニバルとは文字通り血祭りだ。魔界最大のイベントで、皆が開催を心待ちにしている。だが、今回の場合だと処刑の対象は連座を適用してもせいぜい数十人。参加者に行き渡らない規模では却って不満を招く。
第一、魔王は恐怖で魔界を治めているが暴君ではない。己に対する不敬だけでブラッディ―カーニバルを開催するほど狭量ではないのだ。
『とりあえず魔法で尾をぶった切ってやった』
『リザードマンって尻尾切っても生えてくるんじゃねえの?』
『……それは迷信……』
『ですが、リザードマン的には相当な恥ですな。ざまあですぞ』
女が魔王の名を呼んだ瞬間、魔王は魔法を放った。ブワッと風が舞うと同時に娘の悲鳴が廊下に響き渡る。一瞬で刃物と化した空気が叩きつけられ、娘の尾を断ち切ったという。
リザードマン一族の登城禁止を命じ、後処理を副官に任せて魔王は執務室に戻ったのだが、心底うんざりして今日の執務は終了としてしまったそうだ。
『そっか、災難だったな。けど、そのわりに魔王そこまで不機嫌じゃなくね?』
(この険悪な顔でそこまで不機嫌でないとは驚きですぞ……。どおりでウーゴもマリルーちゃんも平然と挨拶していたわけですな)
『ジローから報告があってな。スクショとやらが実装できたというのだ』
『マジで!? やったぜ!』
『ちょうどリコから報告書が届いていたので、それをジローに見せてスクショさせた。お前たちにも見せてやる』
『いつもみたいに読み上げるんじゃねえのか』
『それがな、フフッ、絵が描いてあったのだ。まあ、見てみろ』
魔王の操作により各々の魔ディスプレイの脇にもうひとつ画面が現れ、手紙の一部が映し出された。リコの署名の横に二つ描かれた花の絵がアップになっている。
『……きゃわわっ……!!!』
『手紙に花描いて寄越すとかかわいすぎだろ! そりゃこんなの見たらニヤけちまうわな。魔王の機嫌も収まるわけだ』
『ば、馬鹿を言うな! スクショの実装で気分が上向いただけだ』
『おおお、これはチューリップですかな!?』
『お前の目は節穴か! クロッカスの鉢植えを見ての報告書なのだ、クロッカスに決まっているだろう。読み上げてやるからよく聞いていろ』
魔王が読み上げたリコの報告書には、クロッカスの鉢植えを与えられた喜びと感謝、そして栽培の楽しさが込められており、自分の作品をドールが喜んでいるという事実にロレンソはいたく感動していた。
魔王たちも通ってきた道なのでよくわかる。
スクショの取説は【まおはこ】の共有フォルダにアップされている。
さっそく試したいとのことで、作業通話は早々にお開きになった。
◇ ◇ ◇
──魔王城某所──
「セベリノさん! 例の女が我が主に不敬を働いたって聞きましたけど、どうなりましたか!?」
「ティト殿……。寛大な我が君は、令嬢の尾を切り落としリザードマン族の登城禁止を申し渡されました」
「たったのそれだけ!?」
「リザードマンは古参の一族ですから、我が君はこれまでも寛大な処置を取ってこられました。ですが、さすがにこれが最後かと」
族長の娘には、副官もこれまで散々馴れ馴れしい態度を改めるよう厳重注意をしてきた。にもかかわらず、一向に改めない本人はもちろん、諫められない族長も配下どもも、リザードマン族は無能ばかりか。
御名を口にするなど言語道断。万死に値する。この女を領地から出すな、次はないぞとお付きの護衛と侍女に伝えて城から蹴り出したが、副官の腹の虫は治まらない。
「もしブラッディ―カーニバルが開催されたら、僕、絶対参加しますから」
「私もです」
魔王に忠誠を誓う副官と執事は、顔を見合わせて頷き合った。
少し不穏ですが、殺伐とした魔界なのでこれがデフォです。




