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03 転生者の職業案内所

 いつからそこにいたのか、ふと気付けば理子(りこ)は廊下の長椅子に腰掛けていた。

 ここがどこかは知らない。真っ白な壁と床と天井に囲まれた廊下は無機質な印象だ。


(あれ、ここどこだろう? 予備校へ行く途中だったのに)


 確かコンビニ前を歩いていたはず。この辺りでよく見掛ける白い猫が視界の隅を掠めた気がして、一瞬足を止めた。まあ実際は単なる見間違いで、コンビニ袋が風に舞っていただけだったのだが。


 とりあえず現在地を調べるためにスマホを取り出そうとして、所持品が何もないことに気付く。

 驚いて思わず立ち上がると、すぐ近くの壁にドアが浮かび上がり、かちゃりと音を立てて開いた。


「次の方、お入りくださーい」

 部屋の中からのんびりした声がする。


(わたししかいないんだから、わたしのことだよね?)


 中を覗き込むと、白い服を着た面接官のような雰囲気の男性がデスクの前に座っていた。勧められるままデスク前に置かれたイスに腰を下ろす。


「いきなり見知らぬ場所にいて驚いたでしょう。まずはあなたの置かれている状況について説明しますね」


 男性の話によると、理子は次元が切り替わる瞬間に運悪く居合わせたらしい。次元のあちらとこちらにスッパリ体が切り離されて命を落としたそうだ。時々起こるトラブルらしく、どちらの次元にも残れず迷い出た魂はこの場所に回収されるのだとか。

 送り返しようもないので一旦ここで受け入れてから他の世界へ送り出すそうで、正規の転生とは別扱いになるため死亡時のデータをそのまま流用するそうな。


(あれ、これってもしかして異世界転生? でも、聞いてた話とはなんか違う)


 以前同じクラスの子にライトノベルを勧められたことがある。異世界へ転生した人の物語だそうで、布教だと言って作品について熱心に語っていた。

 その子の話によると、異世界に転生した主人公はたいていチート能力を得たり、若返ったり美少女になったりするはずなのだが。


「元のわたしのまま転生するんですか? なにか特別な能力を得たりとかは……」

「申し訳ないですが、よそから来たイレギュラーな存在にそこまでリソースを割けないんですよ。こちらで仕事を紹介しますので、なにかしらの職に就いて生計を立ててください。ああ、言語能力だけはつけますからご安心を。会話と読み書きができないと仕事するのも大変ですからね」


 どうやらここは神のような存在と邂逅する場所ではなく、転生者の職業案内所のようなところらしい。


(物語みたいに都合のいい話があるわけないか……。だけど、いきなり就職しろと言われても、なにも思い浮かばないよ)


 理子は小さい頃から弁護士になるよう母に言われて育った。弁護士事務所に勤める母が雇い主の弁護士・冴子先生を敬愛していて、冴子先生みたいになるよう育てたがったからだ。

 当然のように冴子先生と同じ大学の法学部を目指すように言われ、小学生の頃から進学塾に通い続けてたくさん勉強した。

 でも残念ながら理子にそこまでの学力はなく、大学受験は失敗。勉強に専念できるよう予備校の寮に入って予備校通いを始めたところだった。


「希望の職はありますか? 勤務形態の希望を言ってもらってもいいですよ。該当する職を紹介しますので」

「希望、ですか……」


 いつも母の言うことに従って生きてきた理子は、自分で選択することに慣れていない。自分の希望を口にすることも少なかったのに、突然目の前に無限とも思える選択肢を差し出されて戸惑っている。


(でも、選べるならしっかり選ばなくちゃ。自分で稼げって話だったもの)


 ただ、今までの人生で勉強とお稽古ごとしかしてこなかったので、自分に何ができるのかわからない。


「えっと、勤務形態というのに当たるかわかりませんけど、自由度が高めの仕事ってありますか? なにをするかある程度任せてもらえるような……自分がどんな職業に適性があるかわからないので、探りながら働いてみたいです」


「うーん、自由度ねぇ……。ああ、それならちょうどいいのがありますよ。“魔王の愛人”って仕事なんですけどね」

「あ、愛人!?」


 虫のいい話かなと思いつつリクエストしてみたら、意外なことにそんな都合のいい仕事が存在するらしい。しかし、喜んだのも束の間、提示されたのはまったく想像もしていない職業だった。


「ああ、心配なさらず。“愛人”というのは建前で、実際は魔王のドールハウスの住人になることだそうです」

「魔王……の、ドールハウス?」


 まったく似合わない組み合わせの言葉が並んでいたような気がするが、聞き違いではないらしい。男は求人内容について説明し始めた。


 一般的にドールハウスとは家のミニチュア模型の中にミニチュアの家具や調度などを配置し、観賞したり家の住人に見立てた人形で遊んだりして楽しむ工芸品だ。

 しかし、魔王のそれは単なる工芸品ではない。彼の手が加えられた歴とした魔道具で、ドールハウスの中に生きた人間を入れることが可能だという。

 魔王は彼のお手製のドールハウスの中で生きた人形(ドール)が暮らす様を眺めて楽しみたいのだそうだ。


「ですから、好きなように暮らしてもらっていいそうです。それこそ、昼寝をしようが本を読もうが、すべてあなたの自由ですよ」


 その時間を使って自分の適性を探ってみてはどうかと、男は提案した。

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