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魔王の箱庭  作者: 恵比原ジル


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27 花のある生活

 ガーベラの盛り籠が飾られた翌日。

 今度は一階のサロンに花が追加されていることにリコは気付いた。優雅なカウチソファーの脇のサイドテーブルの上に、チューリップの一輪挿しが飾られている。


「うわぁ、素敵……!!」


 チューリップもリコの好きな花だ。幼稚園児でも絵に描けるくらいにわかりやすいフォルム。厚みのある花びらに葉。茎がまっすぐで太くて元気なところもいい。

 ガーベラもそうだが、リコはこういう単純な形で元気な花が好きだった。おそらく、知っている花の種類が少ないせいもあるだろうが。

 でも、飾られているチューリップは、リコの知っている幼稚園児が絵に描いたようなものとは全然違っていた。


 深みのあるワインレッドの、すらりとしたチューリップ。

 ガラスの細長い花瓶に、すっと伸びた緑の茎が映える。

 上品で、スレンダーで、非常に大人っぽい。スタインドルファーの部屋に飾るのに、実にふさわしい。


 サロンは白を基調とした部屋で、中央に黒いグランドピアノが置かれている。

 そこに深い赤と緑が加わり、コントラストに彩りを添えていた。


「ほわぁ……」


 リコは感嘆のため息を吐いた。いつの間にか両手を口元へ添えていて、うっとりとチューリップの一輪挿しを見つめている。


(素敵。こんな大人っぽいチューリップがあるんだ……。凛としていて、一輪なのにすごく存在感があって。どうしよう、わたしもいつかこんな風になりたい)


 なんだかドキドキしてきて、さっきからずっとトゥンクと音が鳴っている。


「よし、着替えよう!」


 桃色の泡を飛ばしながらリコはサロンから飛び出し、階段を駆け上がって寝室へ飛び込むとワードローブの前に立った。

 そして、自分には似合わないかと思って今まで着ていなかった、クラシカルなベロアのワンピースに着替える。色はワインレッド。チューリップと同じ色だ。

 おまかせコーデにしたら、赤いベルベットリボンのカチューシャがついてきた。

 足元はリボンのついた黒いパンプス。低いけれどヒールがある。


 本人比でいつもより大人っぽく仕上がった自分を鏡で見て満足したリコは、お嬢様になった気分でしずしずと歩いてサロンへ向かう。

 そして、もう一度チューリップの一輪挿しを眺めると、ピアノを弾き始めた。


(優雅に、上品に、感情を込めて)


 高級ピアノに見合わない腕前だとか、上手に弾かなきゃとか、魔王に満足してもらえるようにとか、そういうことは考えずに。

 ただ、大好きな曲を大好きなピアノで弾く。素敵な服を着た、いつもよりちょっと特別なわたしで。

 シチュエーションだけならピアノの発表会と似ているものの、他人の視線がないからかリラックスできる。


 弾き終えて、たぶん今までで一番良く弾けたとリコは思った。上手ではないかもしれないけれど、今までより情感たっぷりに弾けた気がする。

 気持ちって大事だな、とリコは思った。

 チューリップのおかげで今まで着なかった服に挑戦できた。素敵な服のおかげで気分が高まり、表現豊かに演奏できた。

 花も洋服も自分の気持ちを引き立ててくれる、素敵な応援団だ。




 午後は書斎で読書。リコは今日も植物図鑑を見ている。

 魔王はどんな庭になるかはまだ決まっていないと言っていた。でも、どんな植物が植えられるかを想像するのは楽しい。

 なにしろ、植物図鑑を見る限り、花の種類はものすごく多い。そしてきれいだ。

 多彩な色、形。見ていて飽きない。


「よくこんなにたくさんの種類に進化できたなぁ。すごいよ」


 積極的に品種改良が行われたのもあるだろうが、それにしたってすごい。

 そんなことを考えながら、リコは視線を本からガーベラの盛り籠へ移した。見ているうちに、だんだんと顔が笑顔になってくる。


「お花っていいね。そこに飾ってあるだけでうれしい気持ちになるもん」


 癒し効果があるのは知っていた。でも、あんな風に活力が湧いてくるとは思わなかったと、午前中のことを思い出す。

 花にこんなパワーがあるなんて。母が装飾の類いを好まないため、リコの家では花やグリーンが飾られることはほとんどなく、植物を眺めて楽しむ機会は少なかった。

 でも、こうして花が飾られたおかげで、花は一気に身近な存在になった。


「魔王様に花は好きかと聞かれた時は、きれいと思いますとしか答えられなかったけど、今同じことを聞かれたら、間違いなく好きです!って即答しちゃうな~」



 ドールハウス内は一日一回リセットするので、花がしおれたり、花瓶の水が臭くなったりすることはない。

 水を変えるなどの世話をしなくていいのは楽だけれど、リコはもう少し花に関わりたい気持ちが湧いてきていた。


「お庭ができて、自分で育てたりするようになったらもっと好きになるかな。えへへ、楽しみ~。よし、園芸の勉強も頑張ろっと!」


 植物図鑑を閉じると、リコは園芸の本を取りに本棚へ向かった。

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