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魔王の箱庭  作者: 恵比原ジル


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22 模様替えとピアノの魔道具

「ど、どうしたんですか。なにかありましたか?」


 突然の魔王の来訪に、リコはすっかり動転していた。

 ドールハウスの住人になるにあたっての説明では、基本的に雇用主である魔王との接触はないと聞かされていたのだ。

 通信の魔道具であるライティングデスクで通達を受ける以外に魔王と接点を持つ機会はない。まさか、魔王がドールハウスを訪れるとは思いもしなかった。

 そもそも、自分以外の誰かがこのドールハウスに入って来る可能性すら考えたことがなかったのだ。


「少々模様替えをしたので、様子を確認しに来た」

「模様替え、ですか」

「書斎からグランドピアノを出した」

「ええええっ!!?」


 リコは思わず声を上げた。ほぼ同時にサアーッという音と共に青い雫が降ってくる。

 ほとんど悲鳴のような声だったと言っていい。それくらいショックで、口に当てたリコの手は震えていた。今にも泣きそうだ。

 降り続ける青い雫とリコの様子を見てぎょっとした魔王は慌てて告げた。


「食堂に移しただけだ! 早とちりするな」

「しょくどう……?」

「お前は食堂を使わぬから長テーブルを撤去した。書斎では狭そうだと他の者が言うので、代わりにピアノをそこへ移したのだ」


 ようやく青い雫が止んだ。リコがホッとした顔で息を吐く。


「無事に設置できたか確認する。ついて来い」

「はい」


 魔王を先頭に食堂へ入る。魔王の言うとおり長テーブルは撤去され、グランドピアノが設置されていた。

 心なしか移動前よりつやが増しているようにリコは思ったが、突然の魔王の登場に完全に怖気づいていたので口にはしなかった。


 ピアノの他にも家具が追加されたようで、壁際にアンティーク風の優雅なソファとサイドテーブルが置かれている。


「今後、この部屋は食堂ではなくサロンと呼称する。覚えておけ」

「はい、わかりました」


 リコがおとなしく承知すると、少し沈黙が流れた。

 魔王は咳払いをしてピアノを指差す。


「弾けるように魔道具化した。弾いてみろ」

「……えっ?」

「音が出る。具合を知りたいから早く弾け」

「は、はいッ!!」


 ピコンと音がして、続いてシャララ~ンという音と共に虹色の光が粉雪のように降ってくる。

 ピアノが弾けると聞いてリコの胸は高鳴った。鍵盤が動いて、音が出るなんて夢みたいだ。


 すぐに弾こうとピアノに向かい、手を伸ばしたリコの動きがふと止まる。

 鍵盤蓋は既に開いていて、そこに書かれている文字を見てリコは固まった。

 スタインドルファーと読めるのだが、これはものすごく高級なピアノの名称ではなかったか。


(確かピアノの先生が「一度は弾いてみたいわね~。憧れるわ~」と言っていた、あのスタインドルファー? ……まさか、本物?)


 パッと魔王を見ると目が合った。眉間にしわが寄っている。

 早く弾かなくてはと思うものの、リコは戸惑った。


「……あのっ、このピアノ……すごく高級なピアノだったと思うんですが」

「それがどうした」

「そんな高級品、わたしが触っていいんでしょうか……」

「俺がいいと言っているのだ、問題ない」


 こちらの戸惑いをまったく斟酌しない魔王に、リコは勇気を振り絞って訴えた。


「で、でも! わたし、このピアノに見合うような腕じゃないんです」

「ならば問うが、俺に安物のピアノを調達しろと?」

「ッ!?」


 そう言われて、リコは自分の誤りに気付いた。

 このドールハウスは魔王の持ち物で、彼は魔界の王なのだ。


(わたしの腕前とか気持ちなんて魔王様には関係ない。魔王様の格に見合うものが置かれるのは当然なんだ)


 混乱しているリコは、魔王の手によってクマやウサギのぬいぐるみが配置されていることが頭から抜け落ちているのだが、それにはまったく気付かない。

 雇用主の要望に応えなければという使命感が及び腰になっていたリコを奮い立たせた。



 イスに腰掛け、鍵盤にそっと指を乗せる。

 ひとつゆっくり深呼吸すると、リコは静かに弾き始めた。


 G線上のアリア、リコの大好きな曲。

 ピアノの発表会用にたくさん練習した。

 練習し始めたのは昨日だから、まだまだ全然ぎこちない。でも。



(──気持ちいい──)



 ピアノの音色がリコを包む。

 その音に身も心も委ね、陶然としながらリコはピアノを弾いた。

 魔王の存在も、ここがドールハウスだということも忘れ、虹色の光が降り注いでいることも、自分が涙を流していることにすら気付かないまま、ただただピアノを引き続けた。



 曲が終わり、ほうと息を吐くと、リコはイスから降りて深々と魔王にお辞儀をした。


「魔王様、ありがとうございます。またピアノが弾けて、すごく、うれしいです」


 お礼を言うのが精いっぱいだったリコは、ぽたぽたと落ちる涙を手の甲で拭いながらしゃくりあげて泣いた。

 どうしてこんなに涙が出るのか、自分でもよくわからない。

 ただ、とてもうれしくて、心が温かいもので満たされたような心地だった。

模様替えを提案したのはウーゴ。

『なあ、書斎狭そうだし、いっそのこと食堂をピアノルームにしちまわねえ? 使わねえのに八人掛けのテーブルなんて置いといてもしょうがねえだろ』

『ふむ、ピアノの魔道具化のついでに配置を変えるか』

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