20 書斎と本棚
リコは毎日朝と夜の二回、書斎を覗く。
時間やタイミングは日によってまちまちだが、ライティングデスクが光ってないかチェックしている。
副官からは一日一回と言われたけれど、リコは魔王から通達が届いていたらなるべく早く読みたかったので、自主的に朝晩見ていた。
今回もライティングデスクは光っていなかった。少しがっかりするものの、ライティングデスクのせいじゃない。落ち着いたダークブラウンで、使い込まれた感じのつやが美しい素敵な家具だとリコは思う。
書斎は他の部屋とはやや趣が違い、男性的な雰囲気のインテリアだ。
特にソファーは総革張りで、座面や背もたれ部分が鋲打ちやボタン止めが施されており、とても重厚感がある。
このソファーとよく似たものがリコの父の仕事部屋にあった。
ダンディーな高級ソファーは父の大のお気に入りで、「男の城だから」と奮発して購入したそうだ。リモート会議の時はいつもそのソファーに座っていた。
父の仕事部屋を思い起こさせるそのソファーのおかげか、男性的で重厚感のある雰囲気ながらも、リコはこの書斎でくつろいで過ごしている。
「ただ、この書斎、他の部屋と比べてちょっと狭いよね。やっぱりピアノのせいかなぁ」
書斎を眺めながらリコがつぶやく。
部屋が狭いというより、家具間の距離が近くて窮屈というべきか。グランドピアノを無理矢理部屋に押し込んだ感がある。
リコはそのピアノと本棚の間の狭いスペースをカニのように横移動し、本棚の前に立った。
「さて、今日はなにを読もうかな?」
本棚は魔道具になっていて、どんな本を読みたいかを口にすれば該当する本の背表紙が光ると副官に説明された。
初めて本を選んだ時、リコが「小説はありますか?」と聞いたら、本棚に並んでいる本の七割近くの背表紙が光って驚いたものだ。
どうやらこのドールハウスでは、本は退屈しのぎの娯楽としての役割がメインらしい。
これまでのリコの読書量はお世辞にも豊富とは言えない。
小学校の頃は読解力を鍛えるためにと、児童文学や世界の名作文学を与えられたが、中学以降は教科書と読書感想文で読んだ文豪の作品くらいだ。
娯楽小説やマンガなどは母の教育方針で与えられなかった。
なので、初めて読むジャンルの本をリコはとても楽しんで読んだ。
初めてミステリーを読んだ時は続きが気になって気になって、寝る時間になっても読むのをやめられず、結局ベッドにまで本を持ち込んで寝落ちするまで読み続けたくらいだ。
おかげで毎日読書を楽しんでいるし、退屈などはしていない。
仕事するには読み書きができないと困るという理由だったけれど、職業案内所で言語能力をつけてもらえて良かったとリコはしみじみ思っている。
ただ、今日は小説以外を読むつもりだ。自分で決めたルールに、勉強もすると入れた。いろんな知識を身に付けたい。
「えーと、まずは、小説以外!」
さっそくリクエストしてみる。本棚の三割くらいの背表紙が光る中から、更に絞り込む。
といっても、リコは読書経験が少なく、本のジャンルをよく知らない。本屋の棚はどんな分け方をしてあったかを思い出しながら口にしていく。
「文学……あ、小説以外もあるんだ。詩とかエッセイとかかな。歴史書、図鑑、事典……。あとは学術的な専門書とかビジネス書とか。だいたいこんな感じかな。マンガ……はさすがにないか」
思い付くまま口にすると、その度に該当の本の背表紙が光る。小説以外の本は少量ながらも、それなりに種類は揃っているようだ。
「う~ん、じゃあ、スキルが身に付く本は?」
数冊光った。それを一冊ずつ取り出してはカニ移動でソファー前のローテーブルに積んでいく。
スケールの影響か、本はリコが胸に抱えるほど大きく、結構重い。まるで百科事典だ。
「よいしょっと。さて中身は……おお~、料理の本だ! こっちはお菓子かー」
他は刺繍、編み物、園芸、資格取得なんてものもあった。資格取得の本は『文官試験突破!必勝☆過去問題集』というタイトルで、どうやら魔界の公務員試験のようなものの問題集らしい。
「いつまでここで暮らせるかわからないし、これで勉強しておくといいかもね。でも、今日は料理の本から!」
リコの料理経験は学校の調理実習と自然体験学習時のカレー作りのみ。お菓子作りの経験は皆無だ。
母はリコに健康的な食生活を送らせようととても熱心に食事を作ってくれていて、でもリコには勉強していなさいと手伝いはさせなかった。
だからリコは、おいしいものを生み出す調理や製菓というものに憧れと興味を抱いている。
残念ながら、ドールハウスのキッチンにあるコンロやオーブンはただのオブジェで、魔道具としての機能はない。なのでチャレンジはできないけれど、挿し絵付きのレシピ本を読むのは擬似体験でもしているようでとても楽しい。
「料理って熱による変化と浸透圧を利用する感じなのかな。お父さんが料理は化学だって言ってたなぁ」
世界が狭かったリコにとっては、レシピ本も未知の知識が詰まっていてとても勉強になるようだ。




