17 リコのルール
「ふう」
魔王への手紙を書き終えペンを置くと、リコは息を吐いた。
昨日は一日中、それこそ夜になっても窓の外を眺めて過ごしてしまった。魔王には好きなことをして過ごせと言われているけれど、昨日のうちに報告書を書くべきだったとリコは悔やんでいる。
しかも、今日は更にウサギのぬいぐるみにキッチンのテーブルとイスなど、新たにアイテムが追加されていた。このペースだとお礼も感想の報告も追い付かなくなるかもしれない。
この前の通達では褒めてもらえたのに、少し褒めたらすぐ怠けるやつだと雇用主の魔王に思われたくなかった。
書き上げた紙は五枚。
昨日今日の二日間の変化について感じたことを書き連ねたら、こんな枚数になってしまった。書きたいことが多すぎたので仕方ないと思う。
魔王は動画を見たいところだけ見てあとは飛ばすと副官は言っていた。報告書も必要なければ読み飛ばすだろう。
「五枚はさすがに多すぎると思うけど、お邪魔にならない範囲でこれからもお手紙を書きたいなぁ。周囲で起こったことや感じたことを書いて送るのは『あしながおじさん』みたいで楽しいもん」
この数日間で、リコはすっかり魔王と服やアイテムの製作者たちは自分を好意的に見守ってくれていると思い込んでいた。
そうでなければ、こんなに至れり尽くせりしてくれるわけがない。
さて。では、そうやって見守ってくれている人たちにリコが返せるものはと言えば、
「もちろん、わたしが楽しく過ごす様子を見てもらうことだよね」
そこで、リコなりにいろいろと考えて、いくつかルールを決めた。
一つ目は、日々の行動をルーチンワークにしないこと。
ドールハウスの中でできることは限られる。それでも、“いつもの流れ”で動画を見る魔王を飽きさせたくない。
理子はこれまで規則正しい生活をして生きてきたけれど、リコにはもう課された日常はないのだから。時には朝寝坊や夜更かしをしてもいいのだ。
二つ目は、毎日違う服に着替え、違う料理を食べること。
これも一つ目の理由と同じで、魔王を飽きさせたくないから。好きなものを選びがちになるとは思うけれど、なるべく視覚的な変化を提供したい。
ただ、好みは知らせた方が良さそうなので、苦手な服や料理があったらそれは避けるつもりでいる。
ぬいぐるみに苺柄の靴下やヘアピン、オムライスはデミグラスソースとホワイトソースのと、リコの好きなものが追加されてきていることからも、普段の行動から好みをチェックされている感じがするのだ。
三つ目は、ちゃんと体を動かし、勉強もすること。
副官の説明によると、ドールハウス内は一日一回寝ている間にリセットされているそうで、リコの体は健康面でも衛生面でも良い状態が維持されるという。
とは言っても、身体的には問題なくても感覚は衰えたりしないのかとリコは少し不安に思っている。なるべく歩き回って、体操やストレッチをしよう。
それに、せっかく書斎にはたくさんの本があるのだから、リコはいろんなジャンルの本を読むつもりでいる。受験と関係ない知識を得る楽しさを味わいたい。
そして四つ目。これは個人的な目標なのだけれど、ピアノの練習をすること。
成績が上がらなくて中学の途中でピアノのお稽古をやめたのをリコは残念に思っていた。高校時代は受験勉強が忙しくてほとんど弾いていない。
書斎にあるグランドピアノは音も出ないし鍵盤も動かない。でも、指を動かす練習くらいはできる。暗譜している曲がいくつかあるから練習しよう。
ピアノが好きだったから、弾いているつもりになるだけでもきっと楽しいに違いない。
リコが書斎のグランドピアノのイスに腰掛け、メロディーを口ずさみながら鍵盤の上で指を動かしている。
メヌエット、難易度が易しめの曲だ。でも、指が思うように動かなくて、下手になったなぁと苦笑する。
軽やかな音を思い出しながら、リコは何度も繰り返しメヌエットを練習した。
◇ ◇ ◇
『ハァ~、リコリコがかわいすぎてつらい』
『……同意……』
『お前たちは一体なにを言っているのだ……』
今夜も【まおはこ】の三人は作業通話しながら各自手を動かしている。
『なにって、リコリコとぬいぐるみの組み合わせが凶悪すぎるって言ってんの! “かわいい×かわいい”の威力やべえよ。小さいテーブルとイスのセットにクマ用のイスを足したオレ、天才すぎる』
『……ウーゴ、グッジョブ……』
『いや、最初にクマのぬいぐるみを作ったマリルーのお手柄だって。枕元にクマを置いたのがすべての始まりだろ? 本当に感謝してる』
(それには同意する)
『最初クマは書斎のソファーに移動って思ってたんだけど、キッチンにテーブル置くならリコリコの向かいにクマ置いたらよくね?って、ふと閃いちまってさ~。でも、リコリコってばオレの予想を軽く上回ってくんだもんなー。おやつ食べながらクマのぬいぐるみとおしゃべりを始めた時は、悶え死ぬかと思ったぜ』
『……尊死した……』
(“とおとし”とはなんなのだ……)




