14 魔王が一晩でやってくれました
────朝だ。
まだ目を開けていないのに、リコは朝だと思った。なんとなく、そんな気配を感じる。
(……あれ、時間での変化はないはずなのに、なんで朝だって思ったんだろう)
目をこすりながら起き上がる。まだベッドを降りていないのに、何故か室内が昨日までより少し明るく、カーテンの裏側が明るいように見える。
不思議に思い、様子を見るためにリコはベッドから降りた。なのに部屋は明るくならない。
(どうしたんだろう。停電? まさかね)
訝しがりながらリコがカーテンを開けると、真っ白だったはずの窓の外が一変していた。
「ふわああ、なにこれ──ッ!!?」
窓の外に、雲と空が遥か向こうまで広がっていた。
まるで絨毯のように白い雲が敷き詰められていて、その上には薄いオレンジ色から水色へと移っていく空が広がっている。
朝だ。朝の空だ。
今日一日が始まる、朝が来たんだ。
「……すごい! 昨日までなにもなかったのに! 魔王様がやったんだ……わたしの報告書を読んで、景色と時間ごとの光の変化を作り出してくれたんだ……。すごい、すごい!! さすが魔王様!!」
興奮のあまり、リコは大声を上げながら手をパチパチ叩いたり、跳んだり跳ねたりした。
さっきからオーラが出っぱなしで音が鳴りっぱなしだが、気にもならない。
着替えるのも忘れたまま、他のカーテンも開けてみる。やはり白い雲の絨毯と朝の空が広がっているのを見て、歓声を上げながら寝室を飛び出した。
玄関ホールの吹き抜けを見下ろす二階の廊下にある小さな窓からも、雲の絨毯と空が見える。
「わ、ここもだ!」
向かい側の書斎へ飛び込みカーテンを開けると、同じように雲と空が広がっていた。
「確定だ、このドールハウスに景色が付いたよ! やったー!」
リコは窓に向かってバンザイすると、窓を巡るツアーに出発した。次は一階だ!
食堂にはこのドールハウスで一番大きな掃き出し窓がある。そのカーテンを全開にすると、まるでスクリーンのように空と雲の景色が広がっていた。
「ふおお~~! すごい迫力! 解放感~っ!!」
リコは両手を大きく広げ、胸いっぱいに息を吸った。窓は開かない仕様なので外の空気は吸えないけれど、この光景を見ながらなら朝のひんやりした空気を吸っている気分に十分なれる。
リコはその日一日、家中の窓から外を眺めて過ごした。
合間に気付いて着替えと食事はしたし、書斎に移動した際に気付いた魔王からの通達書も読んだ。通達は寝室の照明の仕様変更についてで、ベッドに上がると照明が消える仕様は撤廃されたらしい。
それ以外はひたすら窓からの景色を眺めていた。
特に夕暮れ時の眺めは圧巻で、空だけでなく彼方まで広がる雲までもが真っ赤に染まっていくのは、息を呑むような美しさだった。
「アスファルトの地面じゃ、こうはならないもんなぁ……」
空の色をそのまま映す白い雲の絨毯。
幻想的なその光景を、リコは陶然として見続けた。
その美しい夕暮れ時が過ぎ、夜が訪れる。ヒヤシンスのような紫と青から、やがて空は濃い闇に染まった。そして星が瞬き出す。新月なのか、かなり暗い。
「夜ってこんなに暗かったんだなぁ。でも、星がすごくよく見える……」
リコは電気の明かりが灯らない夜を知らない。原初の闇に接するのはこれが初めてだ。深い闇に包まれるのは少し怖い。
それでも、クマのぬいぐるみを抱き締めて心細さを埋めながら、リコは星空を満喫したのだった。
◇ ◇ ◇
『……寝る時用のぬいぐるみできた……』
『お、ウサギかー。抱きやすそうだしかわいいな! オレはこれ。リコリコ、いつも食堂じゃなくてキッチンの作業台で飯食ってるから、キッチンに小さいテーブルとイス入れてやろうと思ってさー』
『……いいね……』
『マリルー、テーブルクロス作ってくれねえ?』
『……ん……、……この布でどう……?』
『おっ、赤いギンガムチェックか。かわいいな』
『……今すぐ作る……』
『んじゃオレ、テーブルとイス魔王に送っとくな』
『……わたしも後でぬいぐるみと一緒に送る……。……魔王、今日遅いね……』
ウーゴとマリルーがそんな会話を交わしているところへ、ようやく魔王がインしてきた。
普段からにこやかとは程遠い魔王だが、今夜は非常に疲労の色が濃く、険しい表情をしている。
『大儀……』
『ちょ! なんだよ魔王、その顔は』
『……どう見ても寝不足……。……徹夜で魔道具の設定をしてたと予想……』
『ふは、は……仕上げてやったぞ。俺に不可能はない……』
目の下に真っ黒な隈を作った魔王がニヤリと笑う。時を止めて作業したため、実質何日徹夜していたのか本人もわかっていない。
『はぁ!? 一晩で? 無茶しすぎだろ……って、おい魔王。ポーション飲めよ、ポーション!』
『副官と執事に取り上げられた……寝て治せ、だと。ふはは……魔王に向かって』
魔王は皮肉気に笑いながらそう言った。普段気安く作業通話しているウーゴとマリルーでも、思わずゾッとするほど凶悪な笑みを浮かべている。非常に怖い。
『けどよー、そんな顔してたら副官や執事が心配して怒るのも無理ねえって』
『……不健康なのはダメ……』
『ああ、反省している。さすがにやり過ぎた。だが後悔はしていない』
『リコリコ、喜んでたか』
『それはもう』
『……よかったね……おつかれ……』




