12 魔王からの通達
そろそろ作業通話も終わりという時間になって、ふと思い出したように魔王がつぶやいた。
『そういえば、ドールが時折突っ立ったまま微動だにしなくなることがあっただろう? あれは何だと思う』
マリルーのワンピースを着て喜んでいたし、朝はフルーツサンド、昼はオムライスでおやつにパンケーキ、夜はハンバーガーとフライドポテトを食べて喜んでいたというのに。
今日もよくオーラを飛ばしていただけに、時々なにかを見つめるように突っ立っていたのが魔王はとても気になった。
『ああ、なんか正面向いてジッと立ってたなー。こっちからだと見えてねえけど、正面ってリコリコから見たら壁になってるんだろ? 朝晩にカーテンの開け閉めっぽい動きした時も固まってたけど、なんだったんだろうな』
『……壁……カーテン……。……窓……?』
◇ ◇ ◇
食事を終えたあと、リコは二階の書斎へ向かっていた。
階段を上り下りする時、いつも手すりに触れる。すべすべしていて手触りのいいこの手すりはリコのお気に入りだ。使い込まれている感じの風合いといい、細かい細工だなと毎回感心している。
階段を上がりながら、ふと思いついて振り返った。玄関ホールを見渡す。立派なドアがついているのは、外側から観賞していた時にはなかった壁だ。
(このドールハウスは魔術的に完結した空間で、こちらを覗き込む人の姿は見えないと副官さんが言っていたけど、本当なんだなぁ)
この壁の向こう側から魔王が見ている。常時でなくとも、撮影はされている。
悪いことはなにもしていないので、リコは特にプレッシャーを感じていない。両親に見守られて暮らしていた時とそう変わらない感覚だ。
副官は、ドールの話す言葉は外の人には意味不明の言語に聞こえる仕様になっているとも言っていた。他の人には何を言っているかわからないので、気にせず話しても大丈夫らしい。
リコは小さい頃から無駄口を叩かないようしつけられてきたが、雇用主の魔王は感情を露わにしろと言う。ドールハウスを初めて見た時、リコが一人で喋りまくっていても咎めなかった。
リコが口にしたことを理解する人も、たしなめる人もいない。
「なら、おしゃべりになってもいいのかな。全部独り言だけど」
思ったことをあえて口にしてみる。
まだ慣れない。だけど、学校のクラスメイトたちみたいに他愛ないおしゃべりをしてみたいと思っていた時期もあったのだ。
(一人なんだもん、胸の内で言うのも口に出して言うのも同じだよね。話さなくなると脳が衰えるっておばあちゃんが言ってたし、魔王様の希望でもあるんだから)
「よし、これからは積極的に口にしていこう!」
書斎へ入ると、ライティングデスクが淡い光に包まれていた。先日書いたお礼状は翌日消えていて、回収されたのは確認済みだ。魔王から通達がきているのかもしれない。
慌てて駆け寄り蓋を開けると、そこには淡い光を放つ一枚の紙があった。見るからに上等そうな紙で、金色の蔦のような装飾がなされている。
「わ! 魔王様からのお便りだ!」
リコの頭上に「!」が飛び出し、驚嘆のオーラがピコンと音を立てる。
手に取った途端、紙を包んでいた淡い光がスーッと消えたので、リコは急いで文を読み始めた。
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ドールのリコへ
礼状は受け取った。
担当の者に伝えたところ大変喜んでいた。
今後の製作のためにも、疑問や不足、要望などがあれば都度報告するように。
現状の暮らしぶりには概ね満足している。
今後も楽しむように。
魔王 エルメネヒルド
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「わああ……ッ!!!」
読み上げた途端、シャララ~ンという音と共に虹色の光が降ってきた。
「お礼状、ちゃんと読んでもらえたんだ! 喜んでいたって、魔王様も満足しているって! わーい! やった、やった~ッ!! テストで満点取った時よりうれし~い!!」
両手で紙を掲げたまま、リコは跳んで跳ねてクルクル回って喜んだ。
まだほんの数日だけれど、雇用主に働きぶりを評価してもらえたのが嬉しくて、とても誇らしい。
それに、“ドールのリコへ”と名前も書いてくれている。“リコ”という個人をきちんと認識してもらえていると思ったら、胸がポッと熱くなった。
「よーし、これからも頑張ってご期待に応えるぞ!」
“疑問や不足、要望などがあれば都度報告するように”とある以上、速やかに報告書を作成するべきだろう。
「不足というわけじゃないけど、せっかくこう言ってもらえたことだし、どうしてドールハウス内は朝昼夜がないんですかって聞いてみようかな。あと、窓の外はなにもないんですかっていうのと、景色が見れたらうれしいですって書いておこうっと」
リコはライティングデスクに向かうと、さらさらとペンを走らせた。




