平和薬
ある博士が完璧な薬を開発した。
「これを平和薬と名付けよう」
そう言って嬉々として王に報告した。
賢明なる王は博士の発明した薬の効果を聞いて大層喜んだ。
「素晴らしい。君はまさしくこの国の救世主だ」
そう言うとただちに王はその薬を量産する体制を整えた。
さて、この平和薬。
どのような効果があるというのか。
実際に例を見ていこう。
つい先日、捕らえられた手の付けられない乱暴者が博士の前に連れてこられた。
彼の体は鎖で何重にも縛られており、どれだけ彼が力が強くとも決して抜け出すことは出来なかった。
しかし、そこは乱暴者の意地とでも言おうか。
彼は口だけを使い聞くに堪えないほどの悪口を博士や王に投げかけていた。
「博士。薬を頼む」
「かしこまりました」
賢明なる王に言われ、博士は平和薬を乱暴者の腕に注射で打つ。
すると、あら不思議。
男はすぐに大人しくなり、それどころか国のために仕えたいとまで言い出した。
王は兵士達に命じて乱暴者を解放してやると、すぐさま彼に仕事を命じた。
乱暴者は自身が口にした通り誠心誠意国のために尽くして働き始めたが、一か月もすると薬の効果が切れ始めて再び辺りに暴力を振るうようになった。
そこで王はまたも乱暴者を捕らえて博士に命じて平和薬を打たせた。
するとまたも乱暴者は国のために尽くしたが、今度は三週間ほどでまた暴れだすようになった。
三度、平和薬を博士は打つ。
すると今度は乱暴者は二週間で暴れだした。
それどころか叫びながら言うのだ。
「あの薬を打て! 打ってくれ! 頼むから!」
その様を見ながら賢明なる王は言う。
「事前に聞いていた通りだな」
「はい。この薬の効果は劇的なものですが中毒性が高いのです」
「そして、打つたびに効果が落ちていく」
「さようでございます」
そんな二人の話を聞いていた兵士が思わず問いかけた。
「それでは平和薬はいずれ効かなくなってしまうということになりませんか?」
王と博士は示し合わせたように同時に頷いた。
「その通りだ」
「仰る通りです」
「では、効かなくなってしまった乱暴者はどうなるのです? いくら薬を求めようともそもそも薬が効かないのですから、もう止めることは出来なくなりますよ」
毎回毎回必死になりながら乱暴者を捕らえる兵士の悲痛な訴えであったが、王と博士はやはり同時に頷いた。
「国に仇を成す者の末路など一つです」
博士はそう言うと指を立てて首の端から端へとなぞるジェスチャーをした。
「平和薬を飲んでも尚、粗暴な性格が治らないのであれば最早打つ手なし。そしてそんな人間など生きる価値もなし」
その言葉を聞いて兵士は呆然とする。
「害成す者は排除すべき。これで世界は平和になります」
博士の言葉に王もまた頷く。
「粗暴な者など生きている価値などないのだからな。全く素晴らしい発明だ」
博士と王が天寿を全うした後、この薬は直ちに封印された。
「あまりにも非人道的行為だ!」
父の所業に打ち震えながら王子は叫んだ。
「父上は何故このような薬を作らせたのだ! 理解に苦しむ!」
王と博士こそが大罪人だと国民に大々的に宣言しながら配下に命じた。
「直ちに全て封印せよ!」
王国を継いだ王子の言葉は国中の者達から評価され、待ち望んだ素晴らしき指導者の到来に人々は歓喜の声をあげていた。
多くの人々が真に平和な時代が訪れると信じて心から王子を祝福した。
王子の宣言が『破棄』ではなく『封印』であることを気にするものはほとんどいなかった。
故に、王子の秘密兵器は今も王国の地下深くに封印され続けている。
王子が必要だと判断するその時まで。