大学生カップル、人気テレビゲームの“略称”をめぐって大喧嘩する
大学二年生の熱波純一はゲーム好きということ以外、これといった特徴はない青年だったが、このたび彼女ができた。
相手は寒河江弥生。背中にかかるほどの長い黒髪で、白いセーターとジーンズがよく似合う、落ち着いた雰囲気と快活さを兼ね備えた女子大生だった。
二人は同じ学部学科であった。講義でたまたま隣同士になり「この教授の話眠くなるよね」というような雑談から、なんとなく一緒に学食に通うようになり、共通する趣味にゲームがあることが分かった。純一が思い切って告白してみたらめでたく交際の運びとなった。
秋も深まってきたある日。キャンパス内の植木も赤みを帯びる中、純一と弥生はいつも以上に盛り上がっていた。
「バイト代出たし、買っちゃったよ。『フレイムアドベンチャー』の新作!」
「お~、やるぅ~!」
弥生がパチパチと拍手の真似事をする。
『フレイムアドベンチャー』は、炎使いの少年フレイと氷使いの少女レームの二人が主人公の人気RPGシリーズである。
ナンバリング作品は純一が買った新作で10作目となり、日本を代表するゲームシリーズの一角として挙げられる。
初期作は純粋なコマンド式RPGだったが、近年はグラフィックも進化し、アクション的な要素も取り入れられている。ただし、初期作に熱烈なファンがいることでも有名である。
そして、このシリーズの特徴としては一人プレイも可能だが、フレイとレームをそれぞれ別の人間が操作する協力プレイも可能である。息が合った二人なら、一人でやるよりも遥かに効率よくゲームを進めることもできる。
純一は「小学校の頃は女の子のレームを使うのが嫌で、友達とどっちがフレイを操作するか揉めたなぁ」などと振り返る。
弥生も「初めてこのゲームやった時はレームが年上だったのに、今は年下になっちゃった」と懐かしむ。
純一の家は大学の近くにあるアパート。距離は歩いて15分といったところ。
「じゃあさっそく家で一緒にやらない?」
「うん、やろう!」
「俺たちなら今日中にクリアしちゃったりしてな」
「さすがにそれは無理でしょ。ネットじゃクリアまで50時間ぐらいかかるって書いてあったし」
「最近の“FA”のボリューム凄いからな」
「昔の“フレアド”とは大違いだよね」
「ん?」
「ん?」
ここで二人は気づく。
互いの『フレイムアドベンチャー』の“略称”が違うことに。
「ちょっと待てよ、なんだよ今のフレアドって」
「そっちこそ何よ。FAって」
「FAは『フレイムアドベンチャー』のことだろ。フレイムのFとアドベンチャーのAを取ってFA」
「え~? なんか味気なくない?」
純一はむっとする。
「そんなことないだろ。それよりフレアドって?」
「決まってるじゃない。フレイムのフレとアドベンチャーのアド、略してフレアド」
「安直すぎないか?」
弥生の頬がにわかに引きつる。
「安直? どこが?」
「例えばだけど、田中健太さんって人がいたとしてその人のあだ名を“タナケン”にするみたいな。まんますぎるというか」
「略称なんて安直、というか分かりやすいぐらいがいいでしょ。そっちこそFAってなんなのよ。フリーエージェント? ファンアート? ファイナルアンサー?」
「だから『フレイムアドベンチャー』の略だよ!」
「無駄にアルファベット使うから、分かりにくくなるのよ」
「無駄じゃねえよ!」
つい声量が大きくなる。睨み合う純一と弥生。
「言っとくけどさ、地元じゃフレアドなんて略してる奴、一人もいなかったぜ。みんなFAだった」
「こっちだってみんなフレアドだったわよ」
「なんつうか、お前の地元はみんな単純だったんだな。お前、あだ名は寒河江だからサガちゃんとか、ヤヨちゃんとか呼ばれてたろ?」
弥生はギクリとする。
「なんで分かるの……!」
「安直だからだよ。なんていうか捻りがないんだよな。工夫やオシャレさが足りない」
「そっちこそ、苗字が熱波だから、“ホットウェーブ”なんて呼ばれてたりして」
純一は目を丸くする。
「なんで分かるんだ……!」
「ほら当たった。無駄に英語にしちゃって。いわゆる中二病の人が多かったんじゃない?」
「中二病じゃねえよ!」
「でもあんた、ノートにオリジナルの必殺技とか書いてたタイプでしょ。竜王魔神撃、とかさ」
「そ、それの何が悪いんだよ!」
図星だった。
「ほら~、やっぱり!」
「ぐ……! だけどお前だって、ゲームのキャラとかに勝手に愛称つけるタイプだろ。『フレイムアドベンチャー』のフレイなら、フレ君とかよ」
「べ、別にいいじゃない!」
これまた図星だった。
人間、いくら平静を装っていても図星を突かれるとその鎧はたちまち剥がれる。
言い合いになってしまう。
「あー、もう分かった! フレアドなんて略す奴とゲームやれねえわ!」
「こっちこそ無理! なによFAって! 私もフレアドは自分で買う!」
「そうしてくれ! じゃあな!」
「じゃあね!」
売り言葉に買い言葉。ぷりぷりと怒った二人はそのまま喧嘩別れした。
***
アパートに戻った純一はさっそくゲームを始める。
コントローラーで主人公の少年フレイを操作し、NPCとして動く少女レームとともに敵を倒していく。
人気ゲームの最新作だけあって楽しい。夢中になってプレイできる。
純一は一時間ほどで最初のボスを見事撃破してみせた。
だが、NPCのレームは序盤なこともあり、いまいち頼りなく、相棒としては物足りなかった。
(あいつとプレイしてれば、もっと楽しかったかもな……)
こんな思いが芽生える。
気づいたら、スマホで電話をかけていた。電話は繋がってくれた。
「さっきはごめん……。よかったら一緒にゲームやらない?」
『……実は連絡待ってたの』
「そ、そうなんだ」
『まだ大学にいたから、今から行くね』
「菓子用意して待ってるよ!」
まもなくアパートに弥生がやってきた。
純一はフレイを操作し、弥生はレームを操る。
息ピッタリのコンビネーションでボスを一体、二体と倒していく。とても楽しいひと時だった。
「略称なんて関係ないよな。ゲームは楽しくやれればそれでいいんだ」
「そうそう。それが好きな人とだったらなおさらね」
二人は見つめ合い、そして笑い合った。
先ほどの喧嘩が嘘のような光景であった。
まるで、ゲーム内に登場する少年少女フレイとレームのような――
おわり
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