END3「何のために」
王子さえ殺せばこの国は良い方向に向かうはずだ。そう信じて、彼の胸に真っ直ぐ短剣を突き刺した。彼の服がじわりと赤く染まっていく。
「私は、この時のために、生かされてきたんだ。正義を成すために。正しい、ことなんだよ……!」
「なら……泣かないで」
「泣いてなんかない……! 苦しくなんかない! だって正しいんだから!」
目を袖で拭き、彼を睨みつける。正義だと信じていなければどうにかなってしまいそうだった。
「あなたの、リュシアンのせいよ! あなたがもっとクズなら良かった! 死んで当然だと思えたら良かった! あなたは王子として生まれただけの普通の男の子で、人並みに悩みがあって……! 知らなければ良かった! 好きにならなければ良かったのに!」
「初めて、好きって……言ってもらえた……」
彼の声はどんどん小さくなっていく。私の服が血を吸って重くなるのと呼応するように、私の心も深く沈み込んでいく。
死なないで。死なないでなんて言える立場じゃない。だって私が殺したんだから。正義のために。みんなのために一人を殺したんだ。
「僕は、君に会えて、良かったと、思ってるんだ。君に会うために、生きていたって」
彼は息も絶え絶えになりながらも続ける
「最期に……君と過ごせて良かった」
彼は微笑みを浮かべると、彼はゆっくりと目を閉じた。
革命の後、王や貴族たちは公開処刑された。王子の処刑がなかったのは革命の最中に命を落としたからだと報道された。王子が見せしめにされなかったのは私が願ったからだ。他にもたくさんの王侯貴族たちが捕えられていたため、王子一人減ったところで気にしない人は多かった。彼の亡骸は教会の共同墓地に入れて貰った。王族が代々眠る墓に入れると荒らされてしまうかもしれないから。
革命を成し遂げた平民議会は国民議会へと名を改め、国を動かす立場となった。元々国を運営していた人たちはほとんど処刑されてしまったため、かなり苦労しているようだが、それでも自分たちの国をやっと持てたと喜ぶ人の方が多いようだ。でもそれはおそらく修羅の道になるのだろう。腐っていたとしても、王族は何年もこの国を動かしてきた。そのノウハウなく国を運営するのは難しいだろう。
議会の構成員となるのは組織を動かした経験がある商人や善良だった元貴族たちが多いそうだ。しかし王侯貴族も平民も人間。今は良くとも何年か経てば議会だって腐るかもしれない。つまり、支配者が貴族から商人へと変わるだけ。ならば、彼が死んだのは何のためだったのだろうか。
あんなに成し遂げたかった革命が成し得ても、達成感はなかった。私は革命の功労者として議会に参加する権利を得ていたが、全く気が乗らず、権利を兄に譲渡した。父も女の私より兄の方が議会への影響力が強まると喜んでいた。
惰性で商会を手伝っていたが、私はもうこの国に――この世界に未練がなかった。そして、彼を殺して得た世界が穢れてしまうのも見たくなかった。
私は首都を一望できる場所から飛び降りた。