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「こんばんは。あれ? もう寝てる? ……良かった、起きてるみたいだね」
枕を構え、いつでも殴れるように準備をしていると、彼は「いつも通りだから」と言って近くの椅子に座った。
夜遅いからと身構えていたが、彼にはそういうつもりはないらしい。
「今日は勉強が難しくていつもの時間に来れなかったんだ」
彼は控えめに笑って「ごめんね」と言った。
「……勉強?」
「……! そう! 国を動かすためのお勉強。歴史とか地理とか数学とか……。隣国の言葉も話せるようにならないといけないんだ」
私が聞き返すと、彼はとても嬉しそうに話した。
「でも、僕は優秀じゃないから時間もかかっちゃって……。特に苦手なのは数学。何度も同じところで引っかかっちゃうんだ。速度も遅くて……ってごめんね、こんなこと聞かせたくなかったな」
彼は自嘲気味にそう言った。
「どこで、躓いたの?」
「それは――」
私は初めて彼と会話をして、彼は案外普通の男の子だということを知った。
私は父が商人だったというのもあって計算は得意な方だったから、彼に計算のコツを教えた。父の同僚の息子と一緒に勉強した時に「女が勉強できても意味ねえのに」と言われたことを思い出し、怖くなってしまったが、彼はただ感謝を述べただけだった。
――忘れないで、私。王子は――リュシアンは――倒すべき王侯貴族の一員だということを。
私の冷静な部分がそう呼びかける。大丈夫、まだ大丈夫……。
城に軟禁されてからどれくらいの時間が経ったのだろう。ある日、彼はプレゼントだと言って小さな箱を渡してきた。そして「ドレスを着て欲しい」とお願いした。
城に軟禁された当初、実はドレスを着せられていたが、浪費を防ぐために勇気を振り絞って「動きやすい庶民の服を着たいです」と言って以来、ドレスを着せられたことはなかった。
だが、お願いをされてしまった以上、諦める他ないだろう。
まず箱を開けてみた。中身は大ぶりな宝石がついたネックレスだった。このアクセサリーの値段を考えるとくらりとしてしまう。
私は彼が連れてきた使用人たちによって、ドレス姿に仕立て上げられる。以前に着せられたものより上等なもののようで、とても凝られた美しいデザインだった。最後に先ほどのネックレスを身につけさせられる。
鏡を見て驚く。別人のようになった私が映っていたからだ。化粧もされていたのだろう。たった一人に見せるだけなのにたいそうなことだ。
私はこの姿で彼の隣に立つことを想像して――すぐに頭から消した。この思考が出てくる時点で彼に毒されてしまっているのかもしれない。
「僕の見立て通りだ。とても似合っているよ」
彼が私を褒める言葉は右から左へと流れていく。このコーデ一式を作るのにどれだけの費用がかかっているのだろう。これを作るお金で家族が何人暮らせるのだろう。
しばらくして、場が静寂に包まれていると気がつく。なるほど、このドレスのお礼をしろということか。
「素敵なドレスですね。私には勿体無いものです」
作り笑いを浮かべてそう言った。
ドレスを着せられた日の夜、寝巻きとして用意された服に着替えようとすると、元々着ていた服から紙切れが出てきた。
「七日夜革命。机の引き出し」
あの場にいた何者かからのメッセージだろうか。とりあえず机の引き出しを見てみる。
そこには短剣が入っていた。私でも扱えそうなサイズ。
紙切れに書かれていた「革命」という言葉は平民議会で良く使われていた言葉だ。そして支持された場所に入っていた短剣。これが意味することは――。
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