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テンシル国の章 ⑤

【注意】女性を蔑視する表現があります。妊娠や出産に関しての不快な発言があります。気分を害する恐れのある方は閲覧を中止してください。

王宮内が騒めいている。


女性の悲鳴のような声が聞こえてきたり、男性の怒声が聞こえたり宮殿内は忙しなく神官や武官、文官が走り回っている。テンシル王国の王宮の奥深くにある王族の神殿が音もなく崩れ落ちた。


王宮神殿の神官長は戦慄した。神殿の女神像に亀裂が入ったと思ったら、神殿の壁面にも亀裂が入り音を立てて崩れ出したのだ。中で礼拝していた神官たちは慌てふためいて中から転がり出て九死に一生を得た。

神殿の中で女神像を祀ってあった泉は黒く澱み変色している。神官長は薄ら寒い空気の中、崩れ落ちた神殿の前に呆然と佇んでいた。



王宮神殿の神官長になって早10年。もう老年となり隠居して余生を安泰に暮らせるはずだったのに、どういう事だろうと頭を抱えた。8年ほど前から徐々に女神の加護に陰りが見え始めたが、真面目に祈りを捧げていれば加護も時期に戻ると信じて疑わなかった。ここ2,3年は魔力持ちの者から魔力が消えてしまったり、新たに生を受けた者にも魔力持ちは現れなくなった。


王族にいたっては最後の第四王女の魔力無しが生まれてから、子供の誕生すらない。

現国王陛下が新しい側室を娶っていたが全く懐妊の兆しもみえなかった。それは一種の呪いのようで、魔力無しの第四王女の呪いと陰では噂されていた。


――実際、あの王女が生まれてから国内から魔力無しが出る様になったのだ! もともと魔力のあった者まで魔力が消える始末。あの王女が諸悪の根源ではないか!


だから、排除してきた。

直接、手を下すと己自身が呪われるやもしれないから国王達は『放置』した。自然に自分から死んでくれるように何もしなかったのだ。


――しぶとかった。


何も与えず放置したにも関わらず、第四王女は生に貪欲だったのか11年も生きながらえている。

その間に失われた魔力持ちはどれほどいただろう。あの王女の存在がテンシル国に害悪を齎している。


――女神の泉を腐らせ、神殿までも崩れさせるとは! このままではこの国は終わる!



神官長は弱った足腰を奮い立たせ、国王に謁見するべく若い神官を伴って宮殿内に走る。

謁見の間の扉を大きく開くと大声で陳情した。



「国王様!! 王宮神殿の女神の泉が腐り果て、神殿が崩壊いたしました! このままではテンシル国は女神の加護を失ってしまいます!ご英断を・・・、国王様?」


勢いに任せて陳情した王宮神官長は国王の様子を見て訝しんだ。玉座に頭を抱えてぶつぶつと呟くテンシル国王の足元に王妃がすがっている。すすり泣きながら国王の膝にすがる王妃は身体中ぶるぶる震えていた。


「ど、どうしたのです・・・?」


神官長はごくりと唾を呑み、恐る恐る国王に話しかける。

頭を抱え込み、焦点の合っていない目が上目遣いに神官長を捉える。僅かに後ずさった神官長はもう一度、国王に話しかける。


「いかがいたしました? 王妃様までも、どうしたのです?」

国王は神官長を凝視しながら頭を抱える手の指先に力を込めた。低く、昏い声で言った。


「魔力がなくなった」

「・・・・は?」


「・・・っ、魔力がなくなったのだ!! 余の魔力がなくなったと言ったのだ!!!」


血走った目をギラギラさせ、怒鳴り声と共に立ち上がる国王に神官長は悲鳴を上げて尻もちをついた。

一緒に謁見の間にいた側近や若い神官もあまりの形相にただ震えるだけだった。


「あの子が奪ったのですわ!! だから早く処分しましょうと申し上げましたのに・・・。(わたくし)まで魔力が失われてしまったではありませんかっ」

激しく責め立てる王妃を国王は乱暴に振り払った。悲鳴を上げて王妃は床を転がった。

「貴様が生んだ娘ではないか!! 貴様が魔力無しなど生んだせいで女神の加護を失ったのだ!!着飾るばかりで使えない女は子供を産むだけしか能がないというに!!」

国王の心無い罵声に王妃は目を見開く。


「なんと言う事をおっしゃるのですか!!」


もはや夫婦の修羅場と化した謁見の間に神官長は盛大に舌打ちした。


「なんて事だ! 王族まで魔力無しになるとは・・・! あの王女の呪いのなんと恐ろしい事か」

「神官長!これは自然の成り行きに任せてしまうととんでもない事になるやもしれませんぞ」

「われらが腹を括らねば!」

「第四王女を」


――始末しましょう。


謁見の間に集まった王侯貴族、国の中枢を担う面々は最悪のカードを切る覚悟をした。

視線を交わすだけで、暗黙の了解を得る。テンシルの女神の加護を取り戻す為に、悪の根源を絶つ。




「本当に、悪魔みたいだね。」



 とても落ち着いた少女の声が阿鼻叫喚の謁見の間に響く。

神官長を始めとした額を突き合わせて最悪の決断をした面々が声のほうを向く。


 小柄な少女に見える。フードをすっぽり被っていて顔を確認できない。広間に控える騎士が静かに抜刀する。

ゆっくり歩いてくる少女の後ろにルーリエの姿がある。

神官長は目を細めてルーリエを見た。現在、王族の中でもっとも魔力が高いのは第三王女ルーリエだ。

王宮神殿で数年、修行させてはみたが魔力がそれ以上に高まる事はなかったため今は宮殿に戻っている。

 確か、ファーヴァル王国の第三王子セイン・サン・ファーヴァル殿下と婚約が整ったはずだ。じきに、かの国へは王子妃教育としてファーヴァル王宮に入ると聞いている。


「なんだ、お前は」

ぶっきらぼうに重臣の一人が吐き捨てる。


少女はくすっと小さく笑ったような気配がした。

国王は王妃との暴言の応酬を止め、少女を見る。王妃もまた顔を上げ、訝し気に少女を見た。


「ルーリエ、その娘はなんだ?」

 

 国王は怒気を孕んだ声音でルーリエに問う。ルーリエは能面のように表情を変えず国王に視線だけ送る。


 ルーリエの前をゆっくり歩く少女はフードを取る。

瑠璃色の髪がはらりと肩に落ち、サイドの髪が頬を包むように緩やかに内巻きになって揺れる。貴族の女性のように腰まで長い髪ではなく、背中までの長さしかない。平民か、と誰かが鼻で笑う。

閉じていた目をゆっくり開くと輝くような金色と薄紫の瞳が煌めいて揺れている。愛らしい頬は程よく丸みを帯びて、白い肌はほんのり赤みを差している。とても綺麗な少女だ。

若い神官や騎士達が少女を見て頬を染め、無意識に胸元の服をギュッと掴んで鼓動をやり過ごしている。


「もう、海の女神の加護はなくなったよ。」


 静かな声が告げる。よく通る声は広間に響いて、その言葉の意味に震えが起きる。


「なん、だと・・・?」


 国王はわなわなと唇を震わせながら立ち上がり、一歩一歩、少女の元へ足を引きずるように歩く。少女の目の前までふらふら進むと血走った目で睨みつけ、怒鳴った。


「何を根拠にそのような事をいうのか!? ここをどこだと思っているのだ!」

今にも掴みかからん勢いで少女に詰め寄る国王に、また冷えた声音で制止がかかる。


「陛下、お止めくださいませ」


 即座に振り返れば、能面のような顔のルーリエが国王を見据える。一瞬、怯むも我に返りルーリエに怒鳴った。


「ルーリエ! お前まで一体どうしたというのだ!?」

「どうもしておりません。ただ、テンシル王国は女神の加護を先ほど失ったと申し上げました。」

 周囲が騒めいて、皆が喉を引きつらせてルーリエを見つめる。


 この場に集まる貴族や騎士達はその出自ゆえに魔力を微力ながら宿していた。誰も口にしないが、自らの魔力が枯渇してしまっているのを皆、感じている。言葉にしてしまうと、それが真実だと認める事になるから黙っている。


「あれを・・・、あれを処分すれば加護は戻るのではないか?」

ぽつりと零れた声に弾かれたように国王は嬉々として顔を上げる。


「そうだ!第四王女を始末すれば女神の怒りも解けよう。女神は王族から魔力無しが生まれたのが許せなかったに違いない。我らとて幼子を処理するのは躊躇われ、人知れず放置するままにしておったが今は国の大事だ。

祭壇に王女を捧げれば女神も「救いようがないね」


 国王が言い終わらない内に被せる様に言葉を重ねて、耳障りな王の話を遮った。

少女は不快そうに顔を歪めて、金と薄紫色の瞳がすっと細まり国王を捉える。その視線に王は背筋に冷たい物が這ったような気がして口を閉じる。


「お前たちの悪魔のような心に、女神は愛想をつかしただけ。」


 低い声が王やこの場にいるすべての人間を威圧する。金色の瞳が揺らめいて光っているように見える。神秘的な輝きは冷たさを纏って場にいるものを威圧していく。――身体が動かない。国王は冷や汗を大量にかいていて、同時に寒気を覚えてがくがくと震え出した。


「あの子の色はこの国の海の色だったでしょう? 髪はテンシルの美しい海のエメラルドグリーン、瞳は深い、青い瞳をしていなかった?」


 忘れちゃった?と静かな声で少女は言う。ゆっくり首を傾げて国王と王妃、重臣たちを見る。


「あの子、リオは女神の愛し子だった。魔力はなくとも、在るだけでこの国に加護を与えていたの」


 そんな、と王妃がぶるぶると震えている。涙で濡れた顔は化粧も崩れどろどろになって醜く歪む。



「報いを受ける時がきたんだよ」


テンシル国の王族はクズばかりです!


最後までお読みくださりありがとうございます。

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