テンシル国の章 ③ ~ルーリエ視点~
小さな子供の虐待の様子等が出てきます。不快に感じる場合はお読みになるのはお控え下さい。
腹違いの兄妹姉妹が楽しそうに話した内容に戦慄した。
――7年前から崩れかけの離宮に魔力無しの王女が放置されている。
「放置?なぜです?」
ルーリエは驚いて義兄の第二王子を問い詰めた。第二王子は側妃の子供でルーリエとは異母兄妹となる。第二王子は不快そうに顔を顰めると面倒くさそうに手を振るそぶりをしながら言った。
「生まれた時から魔力がゼロなんだそうだ。それで母上は処分を決めたんだが、当時の乳母が憐れに思って離宮で人知れず育てていたらしい」
ルーリエは絶句した。第二王子の義兄と同腹の妹ではないか。それをペットでも捨てたかのように嫌悪を露わにそんな事を言うなんて、しかも出産してすぐに、などと。乳母の母性に感謝せねばなるまい、どんな状況だとしてもまだ救えるかもしれないから。
「手を差し伸べようなんて思うんじゃない。母上の逆鱗に触れたくはないだろう?」
嫌らしい笑みを浮かべてルーリエを見る第二王子は醜悪そのものだった。
不快な笑い声を残して立ち去る第二王子を呆然と見送るルーリエは、一呼吸ののち己の頭を振って冷静さを取り戻した。
第二王子のいう母上とは、現王妃の事だ。逆らえば同じ目にあうだろう事は目に見えている。
捨てられた第四王女を隠し育てていた乳母は王女の目の前で舌を抜かれて王宮を追い出されたらしい。
おおよそ国母に相応しくない醜悪な所業は、国王陛下も知るところだとか。
海の女神に愛されるテンシル王国の王族とは思えない鬼畜の為せる業としか言いようがない。
――なんて罪深い人たちなの・・・!
ルーリエは足早に自室に戻ると専属侍女メイを連れ離宮に向かった。
メイド仲間からいろいろと聞き及んでいるメイは頑固に離宮行きを反対したが、ルーリエは頑なに行動を曲げず渋る侍女メイを伴って秘密裏に離宮に赴いた。
幽霊屋敷のような佇まいの離宮に慄きながらメイと共に奥に向かい、息を呑んだ。
黒い塊が動いている。小さく悲鳴を上げたメイを目線で黙らせ、その場に残る様に指示を出す。
ルーリエはゆっくりとその蠢いている小さな塊に近づいた。後ろで必死に止めるメイを手で制して慎重に塊に近づくと、塊が突然、振り向いた。
「・・・」
無言でルーリエ達を見つめる瞳は薄い水色のように見える。髪はひどく汚れてしまっているけれど、青っぽく見える。ルーリエはごくり、と喉を嚥下すると少女に問いかける。
「私はルーリエと言います。あなたの腹違いの姉になりますわね。あなたのお名前は?」
「・・・」
「? お名前を教えてくださらない? 私、姉だというのにあなたのお名前を知りませんの」
少女はじっとルーリエを見つめた後、首を傾げる。
ルーリエは指を自分に差し、「ルーリエ」と言い、少女を差し「名前は?」とゆっくり大きな声ではっきりと言葉にし、聞いた。
それでも少女は首を傾げたままだったので、ルーリエは少女に名前はないのだと覚り、ぐっと唇を嚙み締めた。
「・・・ではあなたは今から“リア”と呼びましょう。」
ルーリエは少女に指さし、「リア」と発音する。何度か繰り返すと、少女はニコッと笑った。
「ではリア、水浴びをしましょう。今日はお天気も良くて暖かいから気持ちいいですよ。」
最大限、優しく見える微笑みを作りながらルーリエは注意深くリアを促す。きょとんとした顔をしていたがルーリエが差し出した手を警戒しながらも握る。
ルーリエはほっとして、ゆっくりと手を引いて崩れかけた庭園に備え付けられた水場を目指した。
侍女のメイはおっかなびっくりとついてくる。周囲に人がいないか気が気ではないメイは少しでも自分の主人が見つからないように大きなシーツを翻しながら主人の後を追った。
ルーリエは驚いた。
水できれいに泥を洗い流すと、リオの髪はテンシルの群島諸国を囲む海と同じ深いエメラルドグリーンだった。
侍女のメイまでほう、と息をつめてしまう程に美しい色。瞳も水色で本当に美しい海そのものの少女だった。
リオは初めて受けた親切に嬉しそうに破顔した。その笑顔がとても可愛らしくてきゅんとしてしまう。
同時にこれほど愛らしい少女に鬼畜の所業の義兄姉、陛下や王妃に吐き気を覚える。
この日はきれいに水浴びし清めてあげ、パンと果物を与えてから本宮に戻った。
次に会うときは崩れかけの離宮から出してもう少し安全な建物に移動できるように宮を探そうと思っていた。
間をおかずリオに会いに行きたかったが、自身の婚約の話が持ち上がっていたところで慌ただしかった為、会いに行くのが遅れてしまった。
――その間に、義兄姉たちにリアが襲われた。
義姉の嫉妬から、八つ当たりのように暴力を奮われたリオ。
ルーリエの婚姻相手はかつての義姉王女の思い人だった。ファーヴァル王国の第三王子セイン・サン・ファーヴァル殿下。金髪碧眼で優しい目元が特徴の麗しいセイン殿下は諸国交流の際の式典で挨拶を交わして以来、義姉王女は懸想している。何度か国王に頼んで婚姻したいと伝えていたが、義姉はセイン殿下より4つも年上なので先方からやんわり辞退を告げられていたのだ。だがセイン殿下と同い年のルーリエに政略結婚の白羽の矢が立った。
姉王女はそれに憤慨し、ルーリエに暴力を奮えないので離宮に軟禁されたリオに憂さ晴らしをしたのだ。この義姉王女もまた、リオとは同腹の側妃の娘だった。
同腹の第二王子たちは便乗して虐待に加勢したのだとわかった。
――あの悪魔たち!!
侍女のメイから事の内容を聞いたルーリエは慌てて離宮に向かった。
心臓が早鐘を打つ。吐き気がこみあげてくる。
――リオ!!
駆け込んだ離宮にリオの姿がない。いつもの部屋は錆びた鉄のような臭いが立ち込めている。
臭いを嗅いで身震いした。嫌な予感が身体中に広がって呼吸がしにくい。
リオ!名を叫びながら裏庭に回って人がいるのを認めると小さく悲鳴を上げた。
フード付きのマントを着た少女が立っている。ゆっくり振り返った少女がフードを払うと、瑠璃色の髪が無造作に緩く括られてサイドに流れる前髪から頬を包むように後れ毛がカールしている。覗く金色と薄紫色のオッドアイが印象的で白い肌は真珠のようにきらめいて見える。とても綺麗な少女だった。
その少女の足元に不自然に盛り上がった地面に身体が震えた。
もしかして、そこにいるの?
声に出せずぶるぶると人差し指で地面を指す。
「もしかして・・・、死んでしまった・・・?」
瑠璃色の髪の少女の首肯にルーリエは己の愚を悟った。
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